第十話「内偵」(2)
そのまま、午前中いっぱいを農作業に費やし、お弁当を食べてからトーマはオバちゃんたちに別れを告げた。
どうやら卒なく農作業をこなせていたようだが、トーマにその記憶はない。オバちゃんの「自業自得」という言葉が耳から離れなかったのだ。
宇宙時代を生きるトーマにとって、「しきたり」を破ったら殺されるのが当たり前、等という価値観は受け入れがたいものだ。だが、この村ではそれが常識なのだという。
トウリのように古いしきたりに異を唱える若者の方が、ここでは異端なのだ。
(本当に、普通の人達なのにな)
無言のまま、ホタルと一緒に帰路に就く。
ホタルはトーマの様子がおかしいことに気付いているのか、しずしずと傍らを歩くのみ。
――それとも、ホタルもまたオバちゃんの発言に違和感を持っている側なのか。
それを確かめる勇気は、今のトーマにはなかった。
村長宅へと戻ると、母屋の方から何か賑やかな声が響いてきた。
お題目でも唱えるように、みんなで同じ言葉を繰り返している。
「あれは?」
「村の子ども達――と言っても、私と同年代の子もいるんですけど、その人たちに読み書きを教えているんです」
「なるほど。学校か塾かってところか」
「学校……? ああ、学び舎ですね。映画で見たことがあります。みんなで同じ服を着て、規律正しく過ごすんですよね?」
「同じ服……ああ、制服か。そうだね、お堅い学校だとまだ制服もあるかな」
「そうか、この村では学校というモノも物語の中でしかお目にかかれないのか」と今更気付き、トーマは大神村が特殊な環境であることを思い知った。
銀河連邦下では、どんな寒村にも教育機関が設置されるのが普通だ。この村も連邦法の下にあるのは変わらないのだから、連邦からの指導が入ってもおかしくないはずなのだが――。
「おやおや、お二人さん。今日も仲が良いな」
――と、母屋からトーマとホタルを茶化すような声がした。
見れば、なんとトウリが顔を出していた。
「トウリ。なんだ、トウリもここで勉強か?」
「おいおいおい、トーマさん。それは流石に馬鹿にし過ぎじゃないか? 俺が先生役だよ」
「へぇ、トウリが先生かぁ」
「お、その顔は疑ってるな? こう見えても読み書きは得意なんだぜ? なあ、みんな」
トウリが屋内にいる少年少女達に呼びかける。
彼らの年齢層はバラバラで、十歳くらいまでの子どもはやはり極端に少ない。ホタルと同年代と思しき十代半ばくらいの子達が殆どだ。
「ええ~? トウリさんの教え方は大雑把だけどなぁ」
「そうそう。マンタお兄ちゃんの方が分かりやすくて丁寧だよ」
「今日はマンタ兄ちゃんはどうしたの?」
途端、子ども達から異論反論とマンタの名が出て、トウリの表情が凍る。どうやらヤブヘビだったらしい。
――マンタの死は、まだ子ども達や年少の村人には伝えられていない。マンタは人気者だったので、ショックが大きいと判断された為だ。
折を見て伝えると村長は言っていたが、「村の禁を破って湖に落ちて死んだ」と正直に伝えるのだろうか?
「……マンタはお休みなんだ。悪いな。――つーかトーマさん! そういうアンタはどうなんだ? いくら都会の生まれ育ちだからっつっても、勉強が得意そうには見えねぇけど?」
「お、言ったな? よしよしよし、じゃあここはトーマ先生の名授業を聞かせてやろうじゃないか」
場の雰囲気を変えようとしたのだろう、トウリの挑発にトーマも乗ることにした。
なんだかんだでこの二人は、息がぴったりらしい。
***
「――ってな感じだ。銀河標準語は、法則さえ覚えちまえば後は簡単だ。読み方や綴りで苦労することもなくなるぞ」
『は~い!』
生徒達の元気な声が母屋の一室に響く。
トーマの「授業」は意外にも分かりやすく好評となった。何故かトウリとホタルも生徒側に交じって拍手を送っている。
――ちなみに、銀河標準語は地球時代の幾つかの言語をベースとした共通言語で、文字はアルファベットベースである。
「ひぇえ、こいつは完敗だぜトーマさん。てっきり、頭脳労働はリカルドさんの専門だと思ってた」
「ははっ、その認識は別に間違っちゃいないよ。リカルドは複数の博士号持ちだしな。俺はな、出来の悪い学生だったから沢山勉強したのさ。『出来ない奴』向けの勉強法ならお手の物ってこと」
「なるほどねぇ。苦労した分、得意になったってことか。……ホタルよぅ、トーマさんは思ったよりもデキる男みたいだぜ? 嫁にしてもらったらどうだ」
「ちょっ、トウリ兄さん! 子ども達の前で何を」
「お、子ども達の前じゃなきゃいいのか?」
「もう……知りません!」
ホタルにしては珍しく、子どもっぽく頬を膨らませている。
その表情がまた可愛くて、トーマは「それが冗談じゃなくなればいいのに」と口には出さず思った。
――と。
「なにやら賑やかだな」
そこへ村長が姿を現すと、賑やかな雰囲気は一変、皆が静まり返った。
「よう村長。今日はな、お客人が授業を手伝ってくれて、えらく好評だったんだぜ」
「ほう、トーマ殿が。これはかたじけない」
「いや、俺は教材の内容を分かりやすく説明しただけですから」
「謙遜すんなよ、トーマさん。――村長もトーマさんの授業、受けてみたらどうっすか? 色々気付くことがあると思うぜ」
「……機会があれば、な」
トウリの皮肉をさらりと躱すと、村長は仏頂面のまま姿を消した。
途端、場の緊張感が一気に和らぐ。どうやら、少年少女達にもトウリと村長の間に漂う剣呑な雰囲気は伝わっていたらしい。
「トウリ、お前なぁ」
「分かってるよトーマさん。自分でも大人げないって。みんなもびっくりしただろう? ごめんな。ちょっとした親子喧嘩みたいなものだから、勘弁してくれ」
一同に深々と頭を下げるトウリ。
その姿を、ホタルが複雑そうな眼差しで見つめていた。
***
その夜、トーマ達は離れに戻ると、今日一日で分かったこと等を報告し合った。
トーマは、オバちゃん達がオオカミさまを信じ村のしきたりを尊重していることを伝えた。
「ふむふむ、まあ、こういう閉鎖的なコミュニティだとよくある話だね。その昔はロシアって国でね――」
「リカルド、歴史の講釈はいいから、報告」
「おっとごめんよ。僕の方は収穫は無しだ。村長は殆ど自宅にいてね。動きらしい動きはなかった。でもね、ナビの方から幾つか報告があるよ」
「ほう」
話を振られると、ナビはハチワレ黒白猫擬態したまま奇麗に「おすわり」し、口を開いた。
『リカルドから指示されて、本日村の周囲と村長宅のスキャンを試みましたので、その結果をお伝えします。まず、村全体についてですが、鳥居付近の地下にスキャン不可能領域を発見しました。恐らく下水処理施設だと思われます』
「ん? スキャン不可領域ってのは、どういうことだ」
『言葉の意味そのままです。スキャンを阻害する何かの要因があり、何も見えませんでした』
「つまり、スキャンを阻害する人工的な何かが働いているってことさ。ナビ、続けて?」
『はい。湖と、村を包む霧状の現象についても、同じくスキャン不可でした。小舟に付着した水分を簡易分析しましたが、結果はただの水。しかし、極端に微生物の痕跡が少なく、湖の中には生物が殆どいないと推測されます』
つまり、村長が最初の日に言っていたことが証明された形になる。
生物のいない湖というのは他の惑星にもあるが、成分がただの水というところが気になった。つまり、水質以外の要因があるということだ。
『次に、村長宅の周辺のスキャン結果をお伝えします。結果として、母屋の地中部分にかなり大きなスキャン不可能領域を発見しました。発電施設だけの大きさとも思えません』
「へぇ。なんだなんだ? 地下に大工場でも埋まってんのか?」
『若干の振動は検知出来ましたが、それ以上は』
「つまり、『何かある』程度の情報しか得られなかった、ということだね。その端末じゃスキャン性能にも限界があるしね。……それにしても、霧もスキャン不可か。母船との通信は良好なんだよね?」
『はい。フランシス・ドラケ号との通信は問題ありません。ですが、大島と小島以外の場所へのスキャンが阻害されています』
「島の外は探るなってことか。スキャンを邪魔しているのも、村長の仕業って考えるのが自然か」
ナビからの報告を聞き終えると、トーマは板の間にゴロンと仰向けに寝転がった。
考えるべきことは多い。だが、情報が少なすぎた。
――と、その時。
「失礼。お客人、起きているか?」
「そ、村長!?」
木戸が軽く叩かれ、外から村長の声が響いてきた。
警戒しつつリカルドがそっと木戸を開くと、陶器製の酒瓶が顔を覗かせた。
「ゴサクとマンタを偲んで一杯やろうと思うのだが、付き合ってくれんか?」
完結まで毎日更新予定です。




