第九話「溺死」(1)
適当に理由を付け段々畑を離れると、トーマはナビと共に水死体が上がったという現場へと向かった。場所は、例の桟橋の辺りだという。
「ナビ、ホタルさん達には伝えなくてよかったのか?」
『はい。村長とリカルドの判断で、まずは最少人数を集めようということになりました』
「そらまた、なんでさ?」
『現場に不審な点がある為、検証が必要だとの判断からです。大人数が集まれば、それだけ現場が踏み荒らされますから』
「不審な点、だと? どういう状況なんだ」
『私が今説明するよりも、現場を見ていただいた方が早いと思います』
要約などが得意なAIらしからぬナビの答えに、トーマは思わず首を傾げた。
そんなに複雑な状況になっているのだろうか――?
***
桟橋に辿り着いて、トーマはナビの言わんとすることをおぼろげに理解した。
「こいつぁ……一体何がどうなってるんだ?」
まず目に付いたのは、例の「はやにえ」だ。一目で分かる異変が起こっていた。
遺体の着ている着物が、明らかに変わっていたのだ。
――より正確に言えば、元に戻っていた。
「来たねトーマ。……見てくれ」
先に現場に来ていたリカルドに手招きされて、桟橋の方へと歩いていく。
そこには既に村長とトウリ、その他、初日の宴会で顔を合わせた男衆の何人かが集まっていて、神妙な顔で足元にあるソレに目を落としていた――水死体だ。
男衆の列に加わり、トーマも恐る恐る死体に目を落とす。
――青白く変色した手足。
――ぐっしょりと濡れた着物。
――苦悶の表情のまま固まった顔。
死体の主は、トーマもよく知っている青年だった。
「なんてこった……マンタじゃないか」
そう。水死体の正体は、人形作りの名人である、あのマンタだった。
途端、トーマの口の中にすっぱいものがこみあげてくる。先程食べたおにぎりが出てしまいそうな勢いだ。
「それだけじゃないんだ。トーマ、桟橋を見てごらん」
「ああ、分かってるよ。舟が戻ってきてるんだな」
「うん。桟橋に近くに漂っていたのを、僕と村長とで係留しておいた。とんでもないオマケが付いてきたけどね」
水死体から目を離し、桟橋に目を向ける。
そこには、ゴサクが「はやにえ」となったあの日から、行方知れずになっていた小舟が係留されていた。しかも、小舟の上では何者かが器用にブリッジを披露している。
「……あれは、もしかしなくてもゴサクさんの遺体か?」
恐る恐る尋ねたトーマに、リカルドが頷いて見せる。
トーマの言う通り、舟の上に鎮座しているのは、大木の突端に突き刺さっていたはずのゴサクの遺体だった。
「ってことは、今『はやにえ』になってるのは」
「最初の日に見た、マンタお手製の人形の方って訳だね」
「……マンタの遺体は、最初からここに?」
「いや。最初は桟橋の近くに浮かんでいたんだ。僕と村長と、村人の何人かで引き上げたんだよ」
――つまり、現場の状況を整理すると、こうなる。
桟橋には、消えたはずの小舟が戻ってきていた。
小舟の上には、「はやにえ」になっていたはずのゴサクの遺体が乗っていた。
木の突端には、ゴサクの遺体と入れ替わりに人形が戻ってきていた。
桟橋の近くには、マンタの水死体が浮いていた――。
「一体全体、何がどうなればこんな状況になるんだ!?」
「それを今から調べようって話さ。――村長、それぞれの遺体を確認しますが、よろしいですね?」
「今、この場にいる医者は君だけだ。致し方あるまい」
「では……念の為、村側の証人としてトウリにも立ち会ってもらっても?」
「ご配慮、痛み入る。トウリ、仲間の遺体を検めるのは辛いだろうが、頼む」
「……分かりました」
流石のトウリも顔色が真っ青だ。それも無理からぬことだろう。
ゴサクに続いて、今度は弟分のマンタまで無残な姿になってしまったのだ。
――そこから数十分をかけて、リカルドは二つの遺体の検分を進めた。
とはいえ、医療器具を何も持っていないので、触診と目視、更にはナビによる簡易スキャンが中心だ。分かることは多くないだろう。
村人達は村長の指示で、村の中から遺体の周囲が見えないように壁になって、リカルドの検死を見守っている。トーマもその中の一人だ。
トウリは懸命にリカルドの検死に立ち会っていたが、必死に吐き気を我慢しているようだった。
――そして。
「終わりました。機材がないのではっきりしたことは言えませんが……やはり、マンタは溺死のようです。毒物その他の痕跡は今のところ見受けられませんし、外傷も見当たりません」
「ゴサクの方はどうかね?」
「死後二日ほど経っているのでなんともですが……腹に空いた穴以外に目立った外傷は見受けられません。しかし、この表情を見てください」
リカルドがゴサクの顔を指し示す。
ゴサクの顔は、恐怖と苦痛に満ちたそれで固まっていた。目は見開かれ、既に白く濁っている。
「凄まじい表情です、恐らく、相当の恐怖と痛みの中で亡くなったのだと思います」
「つまり……どういうことかね?」
「腹の穴を致命傷と考えると、ゴサクさんは生きたまま木の突端に貫かれたのだと思います」
リカルドの言葉に、その場の全員が戦慄した。
拷問のようなその死に様もそうであるし、大の男を生きたまま木の突端で刺し殺す等という人知を超えた所業にである。
「まさに……オオカミさまのなせる業、か」
村長が苦渋に満ちた表情で呟く。
――と。
「何がオオカミさまだ!」
そんな村長に食って掛かる者がいた。トウリだ。
トウリは村長の胸ぐらを掴み上げると、溜まっていたものをぶちまけるようにまくし立て始めた。
「ゴサクさんはまだ分かる! 禁を破って対岸に渡って、バチが当たったんだろうよ! でもな、マンタはどうだ? 何もしてねぇ! 死体の人形作って喜ぶような奴だったが、虫も殺せねぇ奴だぞ! 何がどうして、オオカミさまの罰が下るってんだよ!」
「お、おいトウリ、落ち着けよ!」
「うるせぇ余所者は黙ってろ!」
慌ててトーマが宥めようとするが、取り付く島もない。
一方の村長は、苦渋の表情のまま一言もしゃべらない。
怒りを抑えているようにも見えるし、痛みに耐えているようにも見える。感情が読めなかった。




