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SF因習村 ~宇宙で遭難したはずなのに、辿り着いたのは謎の因習が残る村でした~  作者: 澤田慎梧


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第八話「畑作」

 トーマとリカルドの二人が大神村に逗留し始めて、早五日目の朝がやってきた。

 村長から許された滞在期間は、宇宙船の修理が終わるまで。それもあと九日ほどで完了する。そうなれば、二人は早々に大神村から退去しなければならない。

 平時ならば交渉の余地もあったのだろうが、ゴサクが「オオカミさまのお怒り」によって殺された後だ。村長は掟を厳格に守ろうとするだろう。


 今日は朝からリカルドとナビが村長と共に往診に出かけてしまったので、トーマは独り暇を持て余していた。

 フランシス・ドラケ号の中ならば暇つぶしの娯楽には事欠かない。映像アーカイブや電子書籍、音楽、VRを利用したトレーニング機器もある。

 しかし、この村には何もない。古い映写機と映画のフィルムはあるらしいが、残念ながら年に数回しか出番がないらしく、招かれざる客人であるトーマが勝手に観る訳にもいかない。

 生まれてこの方、常にせわしなく動き回っていたトーマにとって、本当の意味で「何もやることがない」時間は、初めてだった。


(ホタルさんとも、あと十日足らずでお別れか……)


 あてがわれた離れの木戸を全開にし、玄関口に座ってボケっと空を眺めながら、あの愛らしい少女のことを思い浮かべる。

 初めてと言えば、こんなにも一人の異性に心を奪われるのも、初めてだ。

 トーマとて年頃の、二十一歳の青年だ。恋の一つや二つしたことはある。だが、今までの恋心がろうそくの炎だとすれば、今トーマの心に灯る恋の炎は燃え盛る活火山だった。


 こんなド田舎の、しかもかなり年下の少女に、どうしてここまで惹かれてしまうのか?

 太古の科学者は一目惚れのことを「脳の錯覚」と断じたらしいが、ナノマシンによって健全に維持された脳も、そんな錯覚を起こすものだろうか。


「きっとそいつは、恋を知らなかったんだろうな……」


 誰にともなく呟く。リカルドが聞いていれば、「おやおや、トーマは詩人だねぇ」等と茶化してきたことだろう。

 「あいつがいなくて良かった」と、トーマが伸びをした、その時。


「あの……トーマさん?」

「――っ!? ホ、ホタルさん!?」


 いつの間にやらホタルが近くまで来ていたことに、ようやく気付いた。

 「まさか今の聞かれてた!?」とアワアワしながら身構えるも、ホタルの頬が薄紅色に染まっていることに気付き、トーマは全てが手遅れであったことを察した。


「え、ええと……いい天気だね」

「そう、ですね……」


 大神村の空は常に曇天で青空は見えない。だが、曇り空にも濃淡があるようで、今日は日の光が強い日だった。ほぼ晴れと言ってもいい。

 だから、「いい天気」ではあるのだが、それにしても年頃の男女がする話題でもない。

 ――と。


「あれ? ホタルさん、いつもと恰好が違うね」

「ええ。今日は農作業を手伝う日なので」


 今日のホタルは、いつもの上等そうな着物姿ではなく、もっとラフな恰好をしていた。

 「もんぺ」と言っただろうか、ズボン状のボトムスを穿いていて、上着も動きやすそうなものになっている。長く艶やかかな髪も丁寧に三つ編みにされていて、なんともアクティブな印象を受ける。


「農作業かぁ……やっぱり、段々畑に?」

「はい。あの……良かったら、トーマさんも一緒にいかがですか」

「俺が? 農作業を? ――出来るかなぁ?」

「トーマさんならきっと大丈夫ですよ!」


 「むん!」と両手でガッツポーズのような仕草をするホタル。

 謎の頼もしさを感じるそのポーズに背中を押されて、トーマは人生初の農作業に挑むことになった。


   ***


 段々畑は村長宅と村の、ちょうど中間地点辺りに広がっている。

 耕作面積はそれほど広くない。村全員分の作物を賄えるのかと不安になるが、種類だけは豊富らしく、見慣れたものから見慣れぬものまで、様々な作物が実っていた。


「おはようございます」

「あらホタルちゃん、おはよう。あらあらあら、今日は宇宙人のお兄さんも一緒なのね」

「う、宇宙人って……」


 いかにも「オバちゃん」と言った感じの中年女性にいじられて、トーマは思わず苦笑いした。けれども、決して嫌な感じはしない。嫌味なニュアンスが全くないのだ。

 畑には、中年から初老くらいの人々が十人ほど集まっていた。若者や、高齢の人の姿はない。


「……若い衆はいないんっすね」

「そうなのよ! ほら、ゴサクさんがあんなことになっちゃったでしょう? 若い子達には、『俺がゴサクさんの後を継ぐんだ!』って言い張ってる子が多くてね。みんな、地道な農作業より狩りの方がいいんだって。オバちゃん分からないわぁ~」


 オバちゃんが早口でまくし立てるが、責めるようなニュアンスはない。どちらかと言うと、狩りに傾倒する若者達を心配している風だ。


「あの子達ったら、大事な牛さんも『食べる用にも育てたら?』なんて言うのよ? 牛さんは畑を耕すのを手伝ってくれたり、糞は熟成させて肥料になったり、農作物を育てる大切な仲間なのにねぇ」

「あ、牛とかいるんですね」


 そういえば朝方、鶏の声に交じって牛の声が聞こえた気がしたが、どうやら農耕牛を飼っているらしい。

 オバちゃんの口ぶりでは、牛は農作業のパートナーであり、食用では無いようだ。

 ――トーマは、自分の好物が牛丼であることは明かさないようにしようと心に決めた。


「まっ、今日は牛さんの出番はなしね! 人間さんの手で、あっちの畑を丁寧に耕すのよ。お兄さん、ええと……」

「トーマです」

「トーマちゃん! ほら、鍬もって」

「ク、クワ? ……ああ、土を耕す、あれか」


 オバちゃんから、やけに使い込まれた鍬を手渡される。途端、トーマの腕にずしりとした感触が伝わってきた。

 実際の重さだけではない、長年使いこまれた重みのようなものを感じた。


 ――そうして、オバちゃんとホタルの指導の下、トーマは初めて畑というものを耕した。

 力には自信があったのだが、普段は使わない筋肉を使うし、思ったよりも丁寧な動作が求められるしで、一時間も経たない内に体のあちこちから悲鳴が上がった。


 そこから更に、肥料を混ぜたり、土を寄せて畝と呼ばれる段差を作ったり、そこに種をまいたりと――作業が終わる頃には、数時間が経っていた。

 太陽が見えないので正確な時刻は分からないが、とっくに昼は回っているだろう。


「ひゃ~! トーマちゃんのお陰で思ったより早く終わったよ! ありがとね~!」

「足を引っ張っただけな気もするけど」

「とんでもない! 初めてにしては上出来だよ! アンタ、このままホタルちゃんの婿にでもなって、村に住みなさいよ」

「あ、あはは……」


 軽口なのかトーマの恋心を見抜かれているのか、オバちゃんの言葉にトーマは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「皆さん、少し遅くなりましたけどお昼にしましょう。今日はおにぎりを作ってきたんです」


 オバちゃんの軽口が聞こえていたのか、ホタルが少し咳払いをしてから持ってきた重箱のふたを開ける。

 中には、キレイな三角に握られたおにぎりが所狭しと並んでいた。


「トーマさんは、おにぎりは食べられますか?」

「もちろん。大好物ですよ。具は何ですか?」

「山菜の佃煮と、梅干しです」

「梅干し! この村では梅干しも作ってるんですか? 助かるなぁ」


 何を隠そう、梅干しのおにぎりはトーマの好物の一つだ。

 日本をモデルにしているとはいえ、梅干しまで作っているとは驚きだった。もっとも、海がないからか、海苔はないようだが――。


「あらあら、トーマちゃんは梅干しが好きなんかい? 宇宙人ってのは、梅干しも食べるの?」

「銀河連邦では、地球の食文化を受け継いでるんすよ。もっとも、俺の場合はご先祖が日本人なんで、食い物の好みが日本食に偏ってるってのもあるんすが」

「へぇ、日本人! なら、アタシらと同じだねぇ。この村の住人の殆どはね、日本人の末裔なんだよ」

「あ、やっぱり」


 その点はトーマも薄々気付いていたところだった。

 村のモデルが日本の山村ということだけなく、人々の顔立ちや名前もどこか近しいものを感じていたのだ。


「村の人達の名前もね、普段は共通語で書くんだけど、正式には漢字をあてるんだよ」

「へぇ。じゃあ、ホタルさんはやっぱり、あの光る蛍?」

「はい。実物を見たことはありませんが」


 ホタルが恥ずかしそうに首肯する。

 なるほど、どこか儚げな美しさを持つホタルには似合いの名前だとトーマは思った。


「実は、俺の名前にも漢字があるんだ」

「ええっ? そうなんですか。どんな字をあてるんでしょう」

「『冬の馬』って書いて、トーマって読ませるんだ」

「……冬の馬、冬馬。ふふ、素敵なお名前だと思います」


 ホタルと二人、ニッコリと笑いあう。

 とてもつい先日、あんな凄惨な事件が起こったとは信じられないくらいの穏やかさだった。


『出来れば少しでも長く、この穏やかさが続いてほしい』


 そう願うトーマだったが――現実は残酷だった。


『ニャア』

「あら、ナビさんだわ」


 いつの間にか、ナビがホタルの傍らに姿を現していた。

 他の村人もいるので、あくまでも普通の猫でござい、といった風情でホタルの膝に頬をすりすりしている。

 だが――。


『トーマ、一大事です』


 その裏で、トーマに通信を送ってきた。どうやら何か、他の村人には聞かせられないことがあったようだ。

 トーマは他の村人に気付かれぬよう、平静を装いながらナビに目で続きを促す。


『リカルド達が、とんでもないものを発見しました――今度は、水死体です』


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