↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/61

60

 黒いセーラー服の少女が姿を見せた。


 寝台の上のミラは、目を丸くする。


「え、誰」


 少女は部屋を見回さず、ミラに目を向けた。


「再検査です」


 それだけ言って、部屋の中へ入ってくる。


「面会は続けて構いません」


 私たちの返事を待つ声ではない。板を抱える腕も、硝子器具を支える指も、決められた位置へ寸分違わず収まる。


「ねえ」


 呼びかけても、歩みは変わらない。


「あなた」


 黒髪が揺れただけで、顔はこちらを向かない。


 何と呼べば振り返るかは、知っていた。ノエティアが、目を覚ましたばかりの少女へ押しつけた番号。


 唇を噛み、息を吐く。


「……一号」


 少女が足を止める。

 黒い瞳が、まっすぐ私へ向いた。


 呼んだ私のほうが、先に目をそらしたくなる視線。番号を口にした舌が苦い。


「その呼び方、嫌じゃないの」


「そう呼ばれています」


「名前じゃないよ」


 彼女は答えなかった。

 ミラが私と一号を交互に見る。


「知り合い?」


「……知ってはいる」


「一号です。大賢者ノエティア様の助手をしています」


「助手?」


 ミラは眉を寄せ、私へ説明を求める目を向けた。


 一号は寝台の足元に立ち、薄い板を胸の前へ構える。


「本日はノエティア様に指示を受け、足の状態と治療後の変化を確認しに来ました」


 ミラの手が掛布を掴む。指に力が入り、布が膝の上で細く寄った。


「私の変化?」


「はい」


「何を調べるの?」


 一号は板へ目を落とす。


「足の状態と治療後の変化です」


 ただそれを繰り返した。それ以上は言わない。


 私はミラと一号との間へ一歩踏み込む。


「ミラを観察対象にしないで」


 一号の視線が私へ移る。


「必要な確認です」


 見慣れた自分の姿から出る声には、怒りもためらいも混じっていなかった。


 一号は私の横を通り、持っていた器具を机へ置く。底に青い光が灯った。

 淡い輪が寝台の縁を越え、ミラの右足首の上で細く縮まる。踝から少し上まで、肌へ触れずに一度だけなぞっていく。


 ミラの肩が跳ねる。掛布を掴んだ手は固まったままだ。


「痛くありません」


 一号が言った。


「記録するだけです」


「そう言われても怖いよ」


 ミラの震えた声に、一号の手が止まる。


「怖い」


 ミラの言葉を、小さく繰り返した。

 一号の視線はミラの足にも向いていない。空を見たまま唇へ載せた一語の先が途切れていた。


「怖い、は」


 黒い瞳の奥を、青い文字が走る。細かな列が横切り、読めるほど留まらずに消えた。


「不安反応として記録します」


「一号」


 呼びたくない名前で呼んだ。


 一号は止まらず、手元にある板へ文字を書き込んでいく。

 ノエティアの助手として動いていた。


 その指が板へ書き込んでいる途中、一号の目が机の端へ動いた。

 そこには、開いたままの干し肉の包みが置かれている。


「……食べたいの?」


 一号は答えない。


 私は包みから、干し肉を一つ指で持ち上げた。


「食べたい?」


 もう一度訊いた。一号の喉が動く。

 

「不要です」


「本当に?」


「業務中です」


「食べたいかどうかを聞いてるんだけど」


「……判断不能」


 声は小さかった。

 それでも、いらないとは言わなかった。

 

 私は干し肉を差し出した。

 一号は、泣きそうな顔で受け取った。


「一号? 大丈夫?」


「記録外行動」


 一号は干し肉を握ったまま、呟いた。


 青い文字が、瞳の奥で強く光る。指が干し肉へ食い込み、乾いた表面が折れた。


「訂正。栄養補給。これは業務継続のためです」


 先に選んだ行動へ、あとから理由をつけていた。

 私がよくするやり方だった。


「……この子も干し肉好きなんだ」


 ミラが一号の横顔を見つめたまま、ぽつりと言った。


 好みか、記憶か、体に残った反応か、それはわからない。

 

 一号は食べ終えると、部屋に入った来たときと同じ顔に戻っていた。


「検査を続行します」


 板を持ち直し、ミラの足首へ視線を戻す。


「一号」


 もう一度呼んでも、今度は止まらなかった。


 決められた言葉にも、瞳を横切る青い文字にも、ノエティアが定めた形は残っている。


 『まずは知ること』


 ベルザリアの言葉が、頭に響いた。


 ミラに何をしたのか。

 同じものが、どこまで広がっているのか。

 一号の中に、何が残っているのか。


 答えはまだ見えない。


 ただ、一号は、差し出した干し肉を受け取った。理由をつけて、受け取った。


 私は干し肉の包みを握り、黒髪の私の横顔を、見続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。