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黒いセーラー服の少女が姿を見せた。
寝台の上のミラは、目を丸くする。
「え、誰」
少女は部屋を見回さず、ミラに目を向けた。
「再検査です」
それだけ言って、部屋の中へ入ってくる。
「面会は続けて構いません」
私たちの返事を待つ声ではない。板を抱える腕も、硝子器具を支える指も、決められた位置へ寸分違わず収まる。
「ねえ」
呼びかけても、歩みは変わらない。
「あなた」
黒髪が揺れただけで、顔はこちらを向かない。
何と呼べば振り返るかは、知っていた。ノエティアが、目を覚ましたばかりの少女へ押しつけた番号。
唇を噛み、息を吐く。
「……一号」
少女が足を止める。
黒い瞳が、まっすぐ私へ向いた。
呼んだ私のほうが、先に目をそらしたくなる視線。番号を口にした舌が苦い。
「その呼び方、嫌じゃないの」
「そう呼ばれています」
「名前じゃないよ」
彼女は答えなかった。
ミラが私と一号を交互に見る。
「知り合い?」
「……知ってはいる」
「一号です。大賢者ノエティア様の助手をしています」
「助手?」
ミラは眉を寄せ、私へ説明を求める目を向けた。
一号は寝台の足元に立ち、薄い板を胸の前へ構える。
「本日はノエティア様に指示を受け、足の状態と治療後の変化を確認しに来ました」
ミラの手が掛布を掴む。指に力が入り、布が膝の上で細く寄った。
「私の変化?」
「はい」
「何を調べるの?」
一号は板へ目を落とす。
「足の状態と治療後の変化です」
ただそれを繰り返した。それ以上は言わない。
私はミラと一号との間へ一歩踏み込む。
「ミラを観察対象にしないで」
一号の視線が私へ移る。
「必要な確認です」
見慣れた自分の姿から出る声には、怒りもためらいも混じっていなかった。
一号は私の横を通り、持っていた器具を机へ置く。底に青い光が灯った。
淡い輪が寝台の縁を越え、ミラの右足首の上で細く縮まる。踝から少し上まで、肌へ触れずに一度だけなぞっていく。
ミラの肩が跳ねる。掛布を掴んだ手は固まったままだ。
「痛くありません」
一号が言った。
「記録するだけです」
「そう言われても怖いよ」
ミラの震えた声に、一号の手が止まる。
「怖い」
ミラの言葉を、小さく繰り返した。
一号の視線はミラの足にも向いていない。空を見たまま唇へ載せた一語の先が途切れていた。
「怖い、は」
黒い瞳の奥を、青い文字が走る。細かな列が横切り、読めるほど留まらずに消えた。
「不安反応として記録します」
「一号」
呼びたくない名前で呼んだ。
一号は止まらず、手元にある板へ文字を書き込んでいく。
ノエティアの助手として動いていた。
その指が板へ書き込んでいる途中、一号の目が机の端へ動いた。
そこには、開いたままの干し肉の包みが置かれている。
「……食べたいの?」
一号は答えない。
私は包みから、干し肉を一つ指で持ち上げた。
「食べたい?」
もう一度訊いた。一号の喉が動く。
「不要です」
「本当に?」
「業務中です」
「食べたいかどうかを聞いてるんだけど」
「……判断不能」
声は小さかった。
それでも、いらないとは言わなかった。
私は干し肉を差し出した。
一号は、泣きそうな顔で受け取った。
「一号? 大丈夫?」
「記録外行動」
一号は干し肉を握ったまま、呟いた。
青い文字が、瞳の奥で強く光る。指が干し肉へ食い込み、乾いた表面が折れた。
「訂正。栄養補給。これは業務継続のためです」
先に選んだ行動へ、あとから理由をつけていた。
私がよくするやり方だった。
「……この子も干し肉好きなんだ」
ミラが一号の横顔を見つめたまま、ぽつりと言った。
好みか、記憶か、体に残った反応か、それはわからない。
一号は食べ終えると、部屋に入った来たときと同じ顔に戻っていた。
「検査を続行します」
板を持ち直し、ミラの足首へ視線を戻す。
「一号」
もう一度呼んでも、今度は止まらなかった。
決められた言葉にも、瞳を横切る青い文字にも、ノエティアが定めた形は残っている。
『まずは知ること』
ベルザリアの言葉が、頭に響いた。
ミラに何をしたのか。
同じものが、どこまで広がっているのか。
一号の中に、何が残っているのか。
答えはまだ見えない。
ただ、一号は、差し出した干し肉を受け取った。理由をつけて、受け取った。
私は干し肉の包みを握り、黒髪の私の横顔を、見続けた。




