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第八章 ねじ巻きとスイーツ(1)

 ルビチェックと名乗る声にバハラムが驚く中、もはやバハラムを無視して、リリアの声がエルンに語りかけてくる。

 

「エルン、どうして私を待たずに出撃してしまうの? 前に言ったはずよ、あなたの書くものは一文字たりとも見逃さないって。あなたの書く世界を一番近くで監視する権利は、この私だけのものなのだから……」

 うっとりと陶酔するようなリリアの言葉の後ろから、別の声が割り込んでくる。


「エルンなの? 今どこにいるの?! わたしだけ置き去りにするなんてひどいよ! わたしひとりはイヤだって言ったじゃん!」

「……もしかしてその声はネネ? え、いったいどうなってんの?」

 エルンの頭のうえにいくつもの「?」が浮かぶ。

 

「ちょっとあなたねぇ、いま私が話しているのよ! どうして割り込んでくるの……ちょっとやめなさい!」

「アンもそこにいるんでしょ?! ほんと、どうしてそんなひどいことするの?! あたしたちはいつも一緒……うわっ、な、なにすんのよ、この冷酷オンナッ!」

 

「あー、察した……ルビチェックがうちらが居た天幕に戻ってきたんやな。そこで残されたネネと鉢合わせしたっちゅうことや」

 アンが半笑いでエルンに告げる。

「あ。あー……なるほど」


 アンの答えでエルンのうえの「?」がいくつかが消えたころ、声がまた聞こえてくる。

「ハァ、ハァ……そ、そういう……コト、よ。私、たちは、いま……あなたたちのいた天幕から、魔道六法を使った『歪んだ空間』経由で……話しかけてるの」


「書記官殿、お取り込み中悪いのだが……」

 そんなわちゃわちゃしている最中、バハラムが遠慮がちにエルンに声を掛けてくる。

「まもなく陽が昇りそうだ。このままでは夜襲の意味がなくなってしまうのだが……」


 バハラムの言うとおり、彼方の地平線の端がほのかにオレンジがかり、明るくなりつつある。

「こ、これはヤバいな。すぐにでも砂嵐を起こさなきゃ」

 エルンは急いで持って来た天候報告書の羊皮紙を取り出したが、サレパランに吹く強い風に煽られ、危うく羊皮紙を飛ばされそうになる。


「あ、あっぶねー……どこか安定して書ける場所ないか? 平らな台がないから、うまく書けなくて……」

「では、俺の鎧の背中を使え!」

「わかった。ありがとう!」


「エルンまさか、あなた私以外の人の身体のうえで……魔道ペンを走らせようとしてるんじゃないでしょうね?! や、やめなさい、そんなのうらやまし……いやそんなの許せないわよ!」

 リリアが妄言を吐いて、怨嗟のうめき声をあげている。エルンはそれを無視してバハラムの鎧の背中で魔道ペンを走らせる。


「夜明け直前の時間帯……、砂漠地帯のサレパランの南方約……三百メートルを中心にした……敵、荷車による防御陣、荷車の間には……魔導砲が配置されているあたりに……『風(Wind)』! 『強く(Strong)』!」

 エルンが書き終えるとともに、羊皮紙がカッ!と白い光を放ち、ドゴーン!と何かが爆発するような大きな音が周囲に響き渡った。


「な、なんだ、なんか爆発したぞ……?」

 爆発音に驚いて、荷車の列を天幕がわりにしていた兵士たちがわらわらと出てくる。しかしその兵士たちの様子が……なんとなくおかしい。


「書記官殿、なんだあれは……敵兵の頭に……大きなネジ巻きみたいなもの?がついてないか?」

「いや、兵士の頭だけじゃない。荷車や魔導砲なんかにもネジ巻きというか、ゼンマイというか……そういうものがついてませんか……?」


 よくゼンマイつきのブリキのおもちゃなどについている、親指と人差し指でグリッグリッとゼンマイを巻くアレ。マメから芽が出てふたばが開いたような形のアレ。

 アレは『巻き鍵』という名前なのだが、その『巻き鍵』が敵の歩兵の頭やら、その近くの騎兵や騎馬の背中やら、荷車の荷台部分やら魔導砲の砲身やら……いろんなものからニョキニョキ生えている。


「あれっ? なんだかからだが、からだが……自然と回転していくような」

「おっ、おおっ? なんかカラダが、カラダがよじれる、ひねくれるぅ……」

「ネ、ネジれるぅ! ネジれちゃうっ! ネジ切れちゃうぅ! きゅううぅぅ……」

「ヒッ、ヒヒーンッ!」


 敵の兵士や騎士や馬たちが叫ぶなか、「ギリッギリッ……ギリッ……ギチッ」という音がそこら中から聞こえ、目に見えない指がひとつひとつの『巻き鍵』を限界まで巻き上げていく。

 

「な、なんだこれは……? いったい何が起きているんだ……砂嵐は、どうした?!」

 バハラムは困惑を隠せない。

 エルンは慌てて、天候報告書を改めて確認する。


「……いや、間違いなく『Wind』と『Strong』って書いてある……今回はスペルミスしてない。正しく書いてるのに……どうして、どうして砂嵐が起きないんだ?!」

 エルンが絶望して頭を抱えた瞬間、限界まで巻き上げられたゼンマイが――一気に解放された!

 

 ビィィィィィィィィィィンッ!!!!

 凄まじい逆回転の衝撃。

 綱で結びつけられた荷車の列が同じ列の魔導砲を巻き込みながら、『巻き鍵』を軸にして、コマのように猛烈なスピードで回転を始める。

 荷車の防御陣のみならず、後方に布陣していた歩兵や騎兵たちをも巻き込みながら、砂を巻き上げ、火花を散らし、物理法則をあざ笑うような速度で。


 人も馬も、それ自体で逆回転を始める。背中の鞍を軸にクルクルと回り始める騎馬、何人かがまとまってグルグルと団子状に回転している兵士たち。ブレイキンさながら、頭を軸にコマのように回転している騎士。

 

「目が……目が回るぅぅぅ!」

「止めてくれぇ! 遠心力で内臓が……内臓が端に寄るぅぅぅ!」

 回転の勢いは止まらず、ありとあらゆるモノが高速回転でそこらじゅうに砂塵を巻き上げる。


 高速回転するモノたちは、回転力で地上から空中へと浮かび上がると、その勢いもそのまま「びゅおーーーん!」というマヌケな回転音を残して、ヒュンッ!ヒュンッ!と次々に地平線の彼方へ飛び去っていく。

 ばいばい◯ーん。きらーん☆

 

 静まり返る戦場。

 根こそぎ消え去った防御陣と敵軍。

 そこには、大量の『巻き鍵』だけが転がっていた。


「……素晴らしいわ、エルン」

 その光景を『歪んだ空間』経由で見ていたらしいリリアが、うっとりした口調で語りかけてくる。

「敵の攻撃力と防御力そのものを『内部エネルギーの暴走ゼンマイ』に置換し、物理的に戦場から退場させる……。エルン、あなたは兵器としての『文字』を、ついに物理学の領域まで高めたのね……」


「あれ、巻き込まれた人たち、絶対みんな酔ってるわよ。地獄だわ……」

 リリアの後ろから、ネネが呆れたように呟く。


 それを聞いたリリアが続ける。

「ええ。きっと彼らは今頃空の上で『世界は回転している』という真理を、身を持って実感しているはずだわ」


「……なーるほど、わかった。そういうことかい」

 サレパランの頂上部にうずくまり、しばらく考え込んでいたアンが顔を上げた。

 すぐ横には、正しく文字を綴ったのになぜかやらかした感じになり、膝を抱えて落ち込んでいるエルン。そして困惑の表情で立ちすくむバハラムの姿がある。


「……エルン、まあ落ち込むな。おまえの書いた文字は『ウインド(Wind)』じゃなくて『ワインド(Wind)』と読まれたんや」

「……ワインド? ワインドってどういう意味?」


「同じ綴りやが、ワインドは『ゼンマイやネジを巻く』ちゅう意味や。それに『強く(Strong)』が加わったっちゅうことやな、この結果は」

「…………」


「まあ、ええやないか。結果的に敵の防御陣はなくなったし、後方の兵力も一部消え去ったし、味方の損害もほとんどない。結果オーライやろ」

「……オレは自分の気持ちに、どうやってネジ巻いたらいいんだろ」

 エルンは力なくそう呟き、遠い目をした。

 

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