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無資格勇者  作者: 南蛇井


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scene70 魔王討伐


竜魔王が腕を持ち上げる。その動作だけで、空間が歪む。

フレグラは即座に命じた。

「魔導兵、勇者を全力で援護しろ!」

詠唱が重なり、幾重もの魔法陣が展開される。光が収束し、俺たち三人を包み込んだ。

――暖かい。

先ほどまで感じていた“消される感覚”が、嘘のように引いていく。

「……これは」

ルナが静かに呟く。

フレグラが続ける。

「魔族の魔法を研究して完成させた資格制御……その“無効化の無効化”よ」

俺は拳を握る。確かに、力が戻ってきている。

「まだ完全じゃない。多少の制御はかかるわよ」

「充分よ」

ルナは剣を構えた。その目には迷いがなかった。

「これなら戦える」

レディアナも一歩前に出る。雷光が指先に宿る。

「まさか助けられるとはな……だが、借りは作らん」

「好きにしなさい」

フレグラは興味なさげに言い放つ。

俺はは軽く肩を回した。

「ダメなときは――その時考える」

迷いはない。

レディアナが笑う。

「相変わらずだな」

 ルナが小さく息を吐く。

「でも、それでいいわ」

 三人が並ぶ。

 目の前には、世界を覆う存在――竜魔王。

 逃げ場はない。理屈も通じない。

 それでも。

 レディアナが声を張る。

「さあ行くぞ、お前ら!」

 俺は前へ踏み出した。

「おう!」

 ルナも続く。

「勇者としてね」

 三つの影が、闇へと飛び込んだ。

 竜魔王が腕を広げた瞬間、世界は黒に染まった。

 影――それは単なる闇ではない。空間そのものを侵食する“否定”の塊だった。

 空気が歪み、重力が狂う。立っているだけで骨が軋み、意識が削られていく。

 フレグラの魔導兵たちが、次々と崩れ落ちた。

「ぐあっ……!」

「維持が……もたない……!」

 展開していた魔法陣が乱れ、光が軋む。

 その中で、俺は拳を握りしめた。

「時間はかけられないな」

 ルナが頷く。

「そうね」

 レディアナは一歩前に出る。雷光が爆ぜ、闇を裂いた。

「かける気なぞ無い。始めから全力だ」

 三人が同時に踏み込む。

 地面が砕け、空気が裂ける。

 俺の拳が唸りを上げ、ルナの剣が閃き、レディアナの雷が天を穿つ。

 一斉攻撃。

 だが――竜魔王の瞳が、静かに光った。

 放たれる波動。

 存在そのものを削り取る“消滅の圧”。

 普通なら、その瞬間に終わっている。

 だが。

 三人の身体を包む光が、それを押し返した。

 フレグラの魔法――不完全なはずの“無効化の無効化”が、確かに機能している。

「いける!」

 俺が踏み込む。

 ルナの剣が防壁を切り裂き、レディアナの雷が内部を焼く。

 そして。

「終わりだあああ!!」

 俺の拳が、竜魔王の核を打ち抜いた。

 静寂。

 次の瞬間、巨体は音もなく崩れ落ちた。

 黒い影が霧散し、歪んでいた世界が元へと戻る。

 空は晴れ、光が差し込む。

 一拍遅れて、歓声が爆発した。

「やったぞ!」

「竜魔王が……倒された!」

 兵士たちの歓喜の中、三人は荒い息を整える。

 俺が笑う。

「なんだよ……案外――」

「まだ、終わってないわよ」

 その言葉が、空気を一変させた。

 振り返ると、フレグラが静かに歩み寄ってくる。

 その目は、戦いの終わりを見ていない。

 俺が眉をひそめる。

「なんでだよ。魔王は倒したぜ」

 フレグラは首を横に振った。

「魔王などまやかし……」

 その声音には確信があった。

「この先に“本体”がいるはずよ」

 沈黙が落ちる。

 ルナが剣を握り直した。

「……つまり、今のは前座ってこと?」

「そういうことになるわね」

 レディアナが舌打ちする。

「面倒な話だ」

 だが誰も引かない。

 三人は無言で頷き合うと、砦の奥へと足を進めた。

 崩れた門を越え、静まり返った通路を進む。

 先ほどまでの戦闘が嘘のように、内部は異様な静けさに包まれていた。

 やがて、最奥。

 重い扉を押し開ける。

 中は、広くもない個室だった。

 そして――

 中央に置かれた椅子。

 そこに、誰かが座っている。

 足を組み、頬杖をつくその姿。

 見慣れた、しかし決して安心できない存在。

 俺の口から、自然と名がこぼれた。

「……ティア」

 少女はゆっくりと顔を上げ、微笑む。

 その笑みは、どこか人間離れしていた。

 フレグラが低く呟く。

「そう……やっぱりそこにいるのね」

 その視線は、確信に満ちている。

竜魔王の腕がゆるやかに広がった、その瞬間だった。

黒い影が、世界を侵食した。

 それは単なる闇ではない。空間そのものが歪み、押し潰されるような圧力が大地を覆う。視界が軋み、音が遠のき、存在そのものが削られていく感覚。

 フレグラの魔導兵たちが、次々と崩れ落ちた。

「ぐっ……!」

「維持が……できません……!」

 展開されていた魔法陣が歪み、光が砕ける。

 その中で、俺は前を見据えたまま呟く。

「時間はかけられないな」

 ルナが短く応じる。

「そうね」

 レディアナは一歩踏み出し、雷光をまとった。

「かける気なぞ無い。始めから全力だ」

 三人が同時に動く。

 地を蹴り、空気を裂き、一直線に竜魔王へ。

 俺の拳。ルナの剣。レディアナの雷。

 三方向からの同時攻撃。

 竜魔王が波動を放つ。空間ごと押し潰すような“否定”。

 だが――

 三人は止まらない。

 フレグラの展開した光がそれを食い止め、押し返す。

 勇者の力が、初めて完全に解放された。

「――行ける!」

 ルナの剣が防壁を裂き、レディアナの雷が内部を焼き尽くす。

 そして。

「終わりだ!!」

 俺の拳が、核を打ち抜いた。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、竜魔王の巨体は音もなく崩れ落ちる。

 黒い影が霧散し、歪んでいた空間が元へと戻る。

 空に光が差し、世界が息を吹き返した。

「やった……!」

「倒したぞ……!」

 歓喜が広がる。

 その中で、フレグラだけが静かに歩み寄ってきた。

「まだ、終わってないわよ」

 その一言で、空気が凍りつく。

 俺が振り返る。

「なんでだよ。魔王は倒したぜ」

 フレグラは首を横に振る。

「魔王などまやかし……この先に“本体”がいるはずよ」

 その言葉に、ルナが目を細めた。

「……やっぱり一筋縄じゃいかないわね」

 レディアナは肩を鳴らす。

「だったら行くだけだ」

 三人は頷き合い、砦の奥へと進む。

 崩れた通路。静まり返った内部。異様な静寂。

 やがて最奥の部屋へ辿り着く。

 扉を開く。

 そこは、簡素な個室だった。

 そして――中央の椅子に、一人の少女が座っている。

 足を組み、静かにこちらを見ていた。

 見覚えのある存在。

 俺の口から自然に名が漏れる。

「……ティア」

 フレグラが低く呟く。

「そう……やっぱりそこにいるのね、そいつは……」

 俺は眉をひそめる。

「いるだろ」

 だがフレグラは、わずかに目を細めた。

「勇者にしか認識できない存在……」

 その言葉に、空気がわずかに揺れる。

 ティアがくすりと笑った。

「認識……」

 ゆっくりと立ち上がる。

「存在していることが“認識できる人間”がいるんですね」

 その瞳が、フレグラを見据える。

「素晴らしい進化です」

 どこか愉悦を含んだ声音。

 フレグラは眉一つ動かさず、吐き捨てるように言った。

「人を馬鹿にしすぎよ」

 静寂が落ちる。

 見えない何かが、再び動き出そうとしていた。

 静まり返った最奥の部屋。

 その中心に立つティアを前にして、俺は一歩踏み出した。

「ティア……何が目的なんだ? なんでここにいる? お前は……魔族なのか?」

 問いは鋭く、しかしどこか焦りを含んでいた。

 ティアはくすりと微笑む。

「目的はあくまで――人の進化」

 軽やかに言い放たれたその言葉に、場の空気がわずかに張り詰める。

「魔族も、魔王も、そのための“材料”に過ぎませんわ」

 まるで当然のことのように続ける。

「せっかく人のために用意しましたのに……勇者が倒してしまったら、意味が無いんですよ」

「人の進化だと……?」

 俺の声が低くなる。

 ティアは頷いた。

「そうですよ。人が人として繁栄するための進化……」

 そして、その瞳がわずかに細まる。

「勇者なんて、進化の妨げでしかありませんわ」

「妨げ……だと?」

 俺の拳が震える。

「勇者は、人のために――」

「それが余計なんです」

 言葉を遮るように、ティアは言い切った。

「人々は勇者に頼る。そうして、自分では何もしなくなる」

 淡々とした分析。

 感情の欠片もない。

「だとしても……!」

 俺は一歩詰める。

「勇者を排除する理由にはならないだろ。そもそも進化ってなんだよ!」

 ティアは少しだけ首を傾げた。

「過ちを犯さないための進化ですよ」

 その声には、わずかな重みがあった。

「かつての古代帝国のような過ちを、二度と繰り返さないために」

 静かに告げられる“過去”。

「そのための進化です」

 沈黙が落ちる。

 その空気を切り裂いたのは、フレグラだった。

「進化はいい……勇者に頼らないのも理解できるわ」

 一歩前に出る。

「それでも――犠牲の上に成り立つ進化は認めない」

 真っ直ぐな否定。

 ティアはわずかに目を細めた。

「……平行線ですね」

 それだけを言うと、

 その姿が、ふっと揺らいだ。

 次の瞬間――消える。

「……っ!」

 俺が歯を食いしばる。

「魔王は倒したが……」

 ルナが静かに言う。

「まだ終わってないわね」

 レディアナも腕を組む。

「ティア……か」

 その名を噛みしめるように呟く。

 フレグラは背を向けたまま、短く言い放った。

「古代帝国の亡霊よ」

 その言葉は重く、そして不気味だった。

 魔王は倒した。

 だが、それで終わりではない。

 むしろ――ここからが本当の戦いなのかもしれない。

 俺は拳を握る。

(まだ……終わらねえ)

 その背中に、レディアナの軽い声が飛んできた。

「なあ、セイ。資格、取ったらどうだ?」

 唐突な一言。

 俺は即答した。

「絶対に取らん」

 間髪入れない拒否。

 ルナが呆れたように息を吐き、

 レディアナは肩をすくめる。

 だが、そのやり取りの裏で――

 戦いは、確実に次の段階へと進もうとしていた。


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