scene33 炎対炎
王の間。
炎が渦を巻いていた。
うなりをあげる炎の中心でナザエルがゆっくりと手を上げた。
「…では、こちらからも」
静かな詠唱とともに空気が歪む。
次の瞬間黒い炎が生まれた。
吸い込まれそうな闇に包まれた炎。
巨大な蛇のようにナザエルの周りをうねりそのまま俺に襲い掛かってきた。
「くそっ炎に対して炎かよ」
俺は手を掲げる。
「マジックバリア」
透明な魔法の壁を展開させる。
黒炎が激突し衝撃音が走る。
炎を止めた。
俺は同時にもう一つ詠唱を続ける。
炎の渦、攻撃は止めない。
巨大な炎がナザエルを包み込むが届かない。
炎はナザエルの前で消滅している。
黒炎は俺のマジックバリアで止めた。
俺の炎とナザエルの炎、二つの炎がぶつかり合い、王の間を炎が埋め尽くしていく。
二つの炎のぶつかり合い。
王の間は炎の嵐が渦巻いていた。
炎の隙間にナザエルの不敵な笑みが見えた。
「無資格とはいえ...さすが勇者というところですかね」
俺は歯を食いしばる。
「感心されてもね...丸焼きになる前にやめておいたらどうだ?」
と言ってみたものの、さすがにこの状況はやばいな。
二つの魔法を同時に維持するのは、さすがに消耗が激しいぞ。
額に汗が垂れる。
先に力尽きるのは...俺か...?
やばい、ピンチ...かも...。
その時だった。
空気が避け轟音が鳴り響く。
炎の海を切り裂き雷が落ちた。
閃光、雷の嵐。
王の間に青白い光が走った。
ナザエルの顔が歪み視線が動く。
視線の先に目をやるとそこに立っていたのは...。
レディアナ。
手を掲げ、雷を操っていた。
「私の存在...忘れてない?」
雷がさらに激しく落ちる。
雷の中でレディアナの顔が妖しい笑みを浮かべる。
「資格制御装置は...無意味よ」
「ちっ、レディアナ王女...消しておくべきだったか...」
ナザエルがバリアを展開し雷を防ぐ。
雷が魔法の壁に当たり弾ける。
それでも、雷の嵐は止まらない。
雷が床や壁を打ち弾ける。
その雷はナザエルの周辺に配置されていた無資格制御装置に直撃する。
火花が散り、一つ、二つ、三つと装置が破壊されていく。
ナザエルを覆う、淡い膜が消えた。
「今よ!」
レディアナの叫びに俺は反応した。
「助かった!」
魔法の詠唱を止め地面を蹴る。
一瞬で間合いを詰める。
驚き目を見開いたナザエルの顔が目の前に見えた。
拳を叩きこむ。
ナザエルの身体が吹き飛んだが俺は止まらない。
ただ、ひたすらに拳を叩き込んだ。
怒り。
頭の中に浮かぶ顔。
ニール。
レジスタンスの仲間たち。
資格に苦しめられた人々。
老人、少女。
泣き崩れた夫婦。
「ナザエル!!無資格の痛みを!!」
拳!拳が肉を裂き、骨を砕いた。
止まらない怒り。
気が付いたときには足元にナザエルが倒れ、俺の拳は止まっていた。
完全に動かない。
終わったのか...?
炎が消え、静寂が戻った王の間で俺は立ち尽くし床に倒れたナザエルを見下ろしていた。
その時一つの名前fが俺の頭の中をよぎる。
ティア...。
俺はナザエルの襟首をつかみ上げた。
「ナザエル!ティアはどこだ?」
揺さぶられたナザエルはぐったりとして息も弱い。
薄く目を開け俺を見る。
「…ティア?」
かすれた声で続ける。
「何の...ことだ…?」
何のこと?
何を言っているんだこいつは...。
「とぼけるな!お前と一緒にいた女だ!」
だが、ナザエルの表情は、本当にわからないという顔だ。
どういうことだ...?
混乱とともに力が抜ける。
そしてナザエルの瞳から光が消え、そのまま息絶えた。
俺はそのまま動けない意味がわからなかった。
俺は近づいてくる足音に気付き顔をあげる。
レディアナ。
倒れたナザエルを見下ろす。
「…やったな」
俺はその言葉を素直に喜ぶことが出来なかった。
「まだだ...ティアが」
レディアナは首をかしげた。
「ティア?誰だそいつは?」
「ナザエルと一緒にいた女だ」
「そんな人間知らんぞ」
レディアナは首を振りながらあっさりと答えた。
「ナザエルは基本的に一人で動いていた。
誰も近くにはいなかったはずだが...?」
知らない...?
どういうことだ。
ティアは確実に存在していたはずだ。
それでも...。
ナザエルは知らない。
レディアナも知らない。
まるで最初から存在していなかったかのように…。
ティアの存在だけが世界から切り取られていた。
ただ、俺の中で確信があった。
あの女は確かにいた。
国王を殺し資格制度を操っていた。
ティア...俺は必ずお前を見つけ出す。
俺の中で新たな誓いが出来た。
ナザエルは死んだ。
それでも資格社会は終わらなかった。
制度は世界はすぐには変わらない。
それでも一つだけ変わったことがある。
人は...死ぬことが許されるようになった。
それは小さな変化でしかない。
それでも世界は少しだけ動き始めた。
その裏で姿を消した一人の女、ティア。
その存在だけが静かに闇に溶けていく。




