TARIQ 路上 1
ハーヴェルがハダド将軍家の屋敷を出ると、正門の前にアンジェリカがいた。
純白のミニドレスを身につけ、同じく純白の日傘を差してクルクルと回し手遊びしている。
目が合った。
昼近い時間帯。砂漠地帯の強烈な太陽は、真上に昇りつつある。
強い陽光を浴びて屋敷の薄青い壁も、正門のそばに植えられた大きな棗椰子をはじめとした庭木も、ギラギラと強い光を反射している。
アンジェリカの着た服の光沢のある純白の布地が、さらにきつく光を照り返していた。
「目が糞ほどチカチカする」
アンジェリカの服を一瞥して、ハーヴェルは通り過ぎようとした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
アンジェリカが日除け布をつかむ。
ハーヴェルは歯噛みして、不快の表情を魔女に向けた。
「こんどは貸さねえぞ」
「こんな可愛くない服、緊急時でもない限りはいらないわよ」
アンジェリカが、ずいっと詰めよる。
「ていうかあんた、女の子のおしゃれした可愛い服装見て感想それ?」
「服見せに待ち伏せしてやがったのか、てめえは」
「王族の書面とやらを受けとりに来たのよ」
アンジェリカは眉間に皺をよせた。
「届けると言ったろ」
「あんたにまた自宅に来られて鍵壊されちゃたまんないから、わざわざ出向いてやったんじゃない」
ハーヴェルはアンジェリカの手を振り払った。日除け布を顔のほうに引っ張る。
「数日はかかるだろうな。庶民向けの手続きなんてただでさえチンタラしてんのに、ああいう形式的なものなら尚更だ」
「へええ」
アンジェリカが、日傘をくるくると回す。
「そんなチンタラやってる王宮の役人が、あんたの軌道衛星使用の許可は一晩で通したんだあ」
ニッと唇の両端を上げる。
「なに様と、寝たのかっな」
「殺すぞ」
アンジェリカは睨みつけるような目つきになると、ハーヴェルの顔を真っ直ぐに見上げた。
「こっちとしても、あんたの伝言ひとつじゃ仕事にかかれないわ。嫌がらせのウソかもしれないし、本当だとしても依頼主との打ち合わせが必要よ」
ハーヴェルは、目を眇めてアンジェリカを睨み返した。
こいつにしては間違ってない。
だからやめろと言ったんだとカリルを脳内で詰った。
あの人は鷹揚なのはいいが、ムダに大胆すぎる。
「分かった」
ハーヴェルは不満ながらもそう返した。
「依頼主の王族と面会を取りつけてやる」
「まっじ?」
アンジェリカは大きな青い目を丸くした。
「そのかわり無礼なことはするな。武器や薬物の類はいっさい持ちこむな。死人なんか連れて来やがったら、兵士が対応するまえに俺がぶった斬るからな」
「うわ、うっそ。なに着てったらいいかしら」
アンジェリカはミニドレスのスカート部分を揺らし、ぶりっこ仕草でおろおろし出した。
「……脚出した服もやめろ」
「その王族の方って、男? 女?」
「男だ」
「美少女の美脚はお嫌いなタイプ?」
たぶん嫌いではないと思うが、そういう問題ではない。
「いまさら粧しこんで取りつくろってもムダだぞ。おまえのことは前から知ってるとさ」
「えっ」
アンジェリカは、頬に手をあて大袈裟に驚いてみせた。
「うそうそ。どこで見初めたの?!」
冗談なのか、本気で言っているのか。
「王家の墓荒らしと、イハーブのストーカーってことですでに知ってる」
「ストーカーは誤解でしょ」
「おまえがつきまとってる現場を見たことあるそうだ」
アンジェリカはしばらく無言で顔を逸らした。
「ちょっと待って。打ち合わせの面会と称して、その場で逮捕、拘束なんてないわよね」
「墓荒らしがおまえの仕業と分かってて、ほとんど構いなしにしてくれてるんだ。いまさらそれはないだろ」
ハーヴェルは眉をきつくよせて、声のトーンを落とした。
「……この前の件に関しては、結果的には未遂だったしな」
「ああ、あれね」
アンジェリカは深刻ぶった表情で頬を押さえた。
「埋まってるところが深すぎたのよねえ……」
「ふざけんな」
ハーヴェルは吐き捨てた。
「あんとき、八つ裂きにされかけたことは永久に忘れねえからな」
「やだこっちこそ、あのとき納期に間に合わなかったの思い出しちゃった」
アンジェリカは眉をよせた。
「不老不死同士だと、こういうのほんと面倒臭いわよねえ。ほかの人との揉め事なら相手が死ぬのを待ってればいいだけなのに」
太陽が高く昇りはじめる。
先ほどよりさらに陽光は強い。
ハーヴェルは日除け布を顔のほうに引っ張った。
「あたしの予定では、あんたはさっさと歳食って死んで、またお師匠さまと楽しくおしゃべりする日々を送るつもりだったのに」
アンジェリカは、ふたたびクルクルと日傘を回しはじめた。
「なぁんでこんなの不死にしたのかしら。お師匠さま」
アンジェリカは溜め息をついた。
それは本人がいちばん知りたいところだとハーヴェルは内心で返した。
「いっしょに生きてくれる子が欲しかったなら、あたしのほうが可愛いのに」
「てめえと話してると、うっすら吐き気がしてくる」
ハーヴェルは顔をしかめた。
アンジェリカの話す様子は、一見お茶目なようだがそこに五百年ものあいだ人の生き死にを見てきた者の麻痺した感覚が垣間見える。
命を失くす不安もなく老いの心配もなく、人の一生がつぎつぎ始まり終わるさまを見続けると、どこかで生死に対する感覚が軽くなっていくものなのだろうか。
自分もこの先こうなっていくのか。
こうなりはすまいと思うが、いつか自分のなかの基準があやふやになったとき、何を基準にすればいいのか。
ハーヴェルのものの判断のよりどころは、常にイハーブだった。姿を消されてから気づいたのだが。
このままイハーブが戻らなければ、自分は変わっていくだろうか。
アンジェリカが、日傘を回す手を止める。
「まあいいわ。王族の方との面会、日時が決まったらフェリヤールよこして」




