第十一話 ざまあ系
クエスト『三雲を探せ!』を受注しました。
制限時間は十分強。昼休みの終わりを告げるチャイムがタイムリミットだ。
思わぬ所で時間を食ったが、このクエストに関してはRTA世界大会優勝できる確信があるので問題はない。三分クッキングのBGMを頭の中で流しながら解説しよう。
まずはスマホを用意します。こちらはどの家庭でも一台は持っているであろう普通のスマホで結構です。
最悪固定電話や公衆電話でも可。最近公衆電話なんてめっきり見なくなったけど。
次にスマホで三雲に電話して場所を指定します。
そして呼び出した三雲がこちら。
「急に電話が来たので何事かと思いました」
三分どころか一分半で見つかった。グリッジも乱数調整も必要なかったな。RTA史に名を残せるレベルだ。
俺からの連絡を受けて走ってきたであろう三雲は肩を規則的に揺らしながら呼吸を整える。
「悪いな。急に呼び出して」
「灯先輩の呼び出しならいつでも歓迎ですよ!」
そう言ってはにかむ三雲におかしな様子はない。彼女なりに体育祭を楽しめているのだろうと見て取れる。
三雲は交友関係に疎く、クラスにも友人は居なかったと記憶している。密閉された教室に押し込められるよりは、こうして好きな運動に打ち込める方が幾分かマシなのだろう。
とは言えこれはあくまで一周目の記憶だし、入学してたったの二ヶ月では孤立もしていないのかもしれないが。
三雲は「どうかしました?」と顔を覗き込むが、別に用事があったわけじゃない。
ただ、三雲の様子が気になっただけ。彼女の顔を見ただけで杞憂だったと安堵した。
「俺の活躍は見てたか?」
「ばっちり見てましたよ。短距離走で一位を取った上に生徒会長と駆け落ちなんてなかなかやりますね」
「ちょっと待て」
聞き捨てならないセリフが聞こえた気がする。
「もう一回言ってくれるか?」
「ばっちり見てました」
「その次だ」
「短距離走で一位をとった上に生徒会長の公開告白を受け入れて二人で人気のないところで熱い時間を過ごすなんて見過ごせませんね」
「さっきと変わってんじゃねえか」
こんな悲しい勘違いを生まないために、ちゃんと「生徒会役員として」と強調したはずだったが、どうやらあまり効果はなかったらしい。
事実に尾鰭と背鰭がくっついて二足歩行を始めるくらいには話が飛躍している。いや、状況だけ見りゃ事実であることは間違いないのか。
辟易する俺に三雲は追い打ちをかけてくる。
「もう学校中で噂ですよ? 生徒会長と男バスのエースが出来てるって」
「何も出来てないんだよなぁ」
三雲は少し不機嫌そうに口を尖らせる。不服なのは俺の方なんだが。作者は改心して俺のための物語を書いてくれてるんじゃないのかよ。こんなくだらない勘違いでお釈迦になるなんて聞いてないぞ。
広がってしまった噂はもうどうにもならない。真実と齟齬があっても皆が真実だと思えばそれが正となることもある。
この際モブたちに勘違いされるのは諦めよう。だが、三雲を始めとしたヒロイン候補たちにも勘違いをされたままでは今後に支障を来す。早い段階で流浪する噂をキャッチできたのは不幸中の幸いだった。
どこか冷めた目でこちらを見る三雲を諭すように語りかける。
「三雲。あれは誤解だ」
「誤解?」
「そうだ。あれは鮮華が勝手にやったことであって、俺にその気は無い」
「もう下の名前で呼んでるんですね。私のことは苗字で呼ぶのに」
あれ? もしかしてまた何かやっちゃいました?
つい普段通りにそう呼んでしまったが、俺と鮮華が幼馴染だなんて知る由もない三雲にとっては、急に仲が縮まったようにしか聞こえないだろう。
どうにか弁解の言葉を探すが、こういう時は大抵口を開けば空回りすると相場は決まっていて。
「今のはあれだ。鮮華とは小学生の頃からの知り合いで、その名残というか」
「灯先輩、なんだか二股の言い訳みたいですよ」
確かに。俺が傍から聞いていても同じ感想を抱くだろうな。
ああ、気のせいだろうか。三雲の声がいつもより低く聞こえるのは。表情がいつもより冷たく感じるのは。
気のせいじゃないな。じゃあ妖怪のせいですか? 人のせいにするな。
って頭の中で小ボケかましてる場合じゃない。
このままじゃ三雲を救うはずが完全に疎遠になってしまう。疎遠ルートは進むなってギャルゲーで習っただろ。心が痛むんだぞあれ。
「はあ。もういいです」
三雲は大きくため息をつき、肩を落とす。
「先輩が何を考えて部活をやめろなんて言ったのかはわかりません。ただ、今の私には冗談で笑う元気も先輩の話を素直に聞く気力もないんです。すみません」
その時、俺はようやく気付いた。
さっきまでの笑顔は三雲の空元気だったのだと。或いは、俺に呼ばれた喜びから一瞬垣間見えた笑顔に過ぎなかったと。
俺と話す気すらないらしく、三雲は「失礼します」と残して立ち去ろうとする。
このまま逃がしてはいけない。ふざけている場合じゃない。
三雲のクラスの内情は知らないが、少なくともこの二周目でも彼女はバスケ部内で陰湿ないじめを受けている。
三雲が何事もないように笑うから勘違いしていた。このまま三雲と程よい距離を保っていればそれでいいと思い込んでいた。
何のための二周目だ。俺は何を願ってここに居るんだ。
誤解は早めに解いておけって作者も言っていた。少し癪だが、俺もそれには同意する。
きちんと三雲と向き合わなければ何も変わらない。それどころか、現状に甘んじていては劣化していくだけだ。
俺は背を向けた彼女の腕を掴む。こちらを一瞥したその瞳にいつもの快活さは一切なかった。
「三雲、聞いてくれ」
「嫌です」
「頼む。燈」
三雲の体がぴくりと跳ねる。咄嗟に名前で呼んでみたが効果あったか?
「名前で呼んだからって喜ぶとでも思ってるんですか?」
そう言いながらも三雲は足を止め、口角が上がりそうな口元を必死に横に伸ばしている。
口ではそう言っても体は素直らしい。さらなる誤解を生みそうな言い方やめろ。
「喜ばなくてもいい。俺がそう呼びたいだけなんだよ」
「灯先輩……軽い男だと思われますよ?」
ごもっとも。さっきから三雲の正論パンチにノックアウトされすぎじゃないですかね。
客観的に見ても俺が悪いんだから仕方ないんだけど。
「三雲にそう思われるのは嫌だな」
「どうしてですか?」
「お前にだけは誤解されたくないからだよ」
校舎から伸びる影の中で、三雲は目を丸くして次第に顔を赤らめる。今の言葉こそ誤解されると思うんですけど。
まあ、そうなるならそれでもいい。ラブコメの主人公なんてみんなそんなもんだろ?
誰にでも「お前のことが好きだぜ」みたいな雰囲気を出しながら全員のハートを掴むんだろ?
俺がやってることも同じだ。一つ違うのは、俺は意識的にそうしていることだろうか。無意識よりタチが悪い。
だが、ラブコメの主人公であることを自覚している俺は、そうでもしないとヒロインたちの気が惹けないと知っている。
だからこそ、どんな手段を用いても今のうちに三雲を懐柔しておかなければならない。
彼女を幸せにするために。この物語を無意味に終わらせないために。
「言っただろ。俺は燈が好きだって。俺は燈の味方になりたいんだよ。そのために俺はわざと目立つことをしてたんだ」
「その結果が公開告白ですか?」
「あれは事故だ。元々借り物競争に出る予定も無かったが、欠員で出ることになった。あのお題を用意したのはあの悪質な会長だ」
「じゃあ、どうして生徒会長を選んだんですか?」
「良くも悪くも俺が目立つためだ」
思いつく限りの言い訳を並べる。
少し苦しいのもわかっているが、ここは勢いで誤魔化す。
「よくわかんないです。先輩はなんで目立ちたいんですか?」
「お前以外の女バスの気を引くためだ」
「やっぱり女の子が目的なんじゃないですか」
再びため息をつく三雲。またあらぬ方向に進んでいる気がする。
このままずるずると言い訳を続けていても埒が明かないのは三雲の態度から明らかだ。
あまり言いたくはなかったが、正直に白状するしかないだろうな。
「別に女バスの連中とどうこうなるつもりはない。それは俺の最終目標の一つに過ぎないんだよ」
「最終目標って何ですか?」
「燈を救うことだ」
三雲をいじめから解放するだけなら一周目のように部活を辞めるだけでいい。
でも、それは逃げだ。解決とは呼ばない。嫌なことから彼女を逃し、問題を放置しているだけに過ぎない。
三雲を解放するだけじゃダメだ。女バスの連中も三雲のクラスの連中もまとめて叩き落とさなきゃならない。
今まで行ったことの報いを受けなければならない。
モブはモブらしく、二度とこの物語に出て来られないように。
俺は作戦の全てを三雲に話した。
俺の作戦は恐らく、優しい三雲にとっては辛い所業だろう。
思った通り、俺の話を聞いた三雲は少し悲しそうな顔をしていた。
自分を虐めていた連中にすら同情してしまう三雲には話したくはなかった。
三雲がこうして自責の念を抱いてしまうのがわかっていたからだ。
「どうして私のためにそんなことをするんですか?」
だから、三雲が自分のせいだと思わないようにケアしておく必要がある。
「燈のためと言ったが、それが全てじゃない。俺がムカついたから、その仕返しをしてやろうと思っただけだ」
あくまで俺の自己満足。そう彼女に言い聞かせる。
三雲を傷つけた連中と関わらないようにして、はいおしまい、なんて終わり方は納得出来ない。
出る杭を打って自分を高めようとするやつよりもひたむきに努力して頑張っている三雲の方が素敵な人なんだと教えてやらなきゃならない。
これは、一周目でただ逃げて三雲の悩みを解決出来なかったことへの償いなんだ。
ネームドですらないモブキャラなんかに三雲の幸せを潰されたくないという身勝手な償いだ。
「俺はお前を救う。お前の居場所はここにあるって教えてやる。俺がそうしたいだけだ」
そう言って頭を撫でると、三雲は少し悲しそうな顔をしながらも目を細めた。
「先輩はわがままですね」
「せっかく与えられたチャンスだからな。俺は俺のやりたいようにやる。そして、燈を幸せにする」
それは三雲に限った話じゃない。
この物語のヒロイン、一周目で俺を救ってくれた人たち、俺が救えなかった人たちを救うために、幸せにするために、俺はなんだってやる。
「わかりました。灯先輩に任せます」
眉を顰める三雲は、やはりこれから傷つけられるであろう連中を心配しているように見える。
やはり三雲は優しすぎる。だからこそ、そんな優しい三雲を傷つける連中は叩き落とさなきゃならない。
ざまあ系ってやつを見せてやる。




