第十二話 武道の弱点
人探しに費やした昼休みも終わり、午後の部がスタートする。
昼食の時間もろくに確保出来なかった俺は、十秒チャージを二十秒かけて摂取した。あれって十秒で吸い尽くすの難しくない? 肺活量オバケかよ。
午後の部、最初の種目は応援合戦だ。
常陽の体育祭はクラス単位で四チームに分けられ、各チームが思い思いのアピール合戦を行う。
これが割とシャレにならない配点で、父兄票二十点と教師票、校長票教頭票が各十点の合計五十点満点で採点される。
難しいのは、どんな応援が採点者の心に響くのかもわからないところだ。
特に校長が曲者らしく、去年はネタ枠だと思われていたボディービル部が多く在籍していたチームが最高得点を叩き出すという大波乱が起こった。
応援合戦は基本的に三年生主体で行われるため、俺たち二年生以下は大まかな概要しか知らない。
青チームは昨年の結果にあやかろうと男子生徒中心の筋肉自慢大会に切り替わっていた。確かに凄い筋肉だが、これが優勝するとは到底思えない。
鮮華が所属する黄色チームは時間制限の五分をフルに活用して鮮華の演説が行われた。選挙じゃねえんだぞ。ここも敵じゃないな。
やはり難敵は運動神経抜群な連中が集まってしまった緑チームだろう。
新体操部とチアリーディング部のアクロバティックなダンス。運動部特有の大声量で熱血な応援。
王道にして最も活気溢れるアピールは、教員父兄だけでなく、他チームも大歓声を上げるほどだった。
俺自身、優勝そのものに興味はない。
だが、常陽の体育祭は優勝チームから最も活躍した生徒をMVPとして選出する。
俺がMVPになることで、あの作戦もより効率的に進む。
そのためには俺たち赤チームが優勝することが最低条件となる。
そんな俺たち赤チームの応援はと言うと……
男子の歓声。父兄の恥じらう目。向けられる多くのカメラ。その先に集まるブルマへそ出し体操服という肌色多めの女子生徒たち。
そう、お色気作戦だ。誰だこんなの考えたやつ。コンプラに引っかかんぞ。
いやわかった。こんなこと考えそうなやつは一人しか居ない。
その人物は俺の隣に立ち、中指でクイッとメガネを上げる。そのドヤ顔たるや無性に腹立たしい。
「ふっふっふ。やはり僕の作戦は大成功のようだ」
不気味な笑みを浮かべながら鼻の下を伸ばしている男子生徒こそ、我が校の生徒会副会長。早乙女佑真先輩だ。
「やっぱりあんたの案ですか、あれ」
「そうとも! 我が赤チームには美少女揃いだからな! それを活用しない手はないだろう!」
「このムッツリめ」
「ムッツリではない。プラトニックなスケベだ」
頼むからプラトニックの意味を辞書で調べて赤線でマークしてくれ。あとスケベってところは否定しない点もなかなかな気持ちの悪さだ。
だが、どれほど早乙女先輩が変態だろうと、この作戦は上手く刺さっているらしい。
軽快な音楽に合わせて踊る女子生徒たち。到底上手く踊れているとは言えないものの、その恥じらいの表情も男たちの欲望を掻き立てる。
「これで優勝するのもなんか癪だな……」
「ふっふっふ。柊木君は僕を甘く見ているね」
メガネクイー。ほんとなんなのこの人。
甘く見るも何も、頭が良さそうという理由で伊達メガネかけている早乙女先輩の作戦が上手くいくことが納得できない。なんとなく認めたくない。
何でこの人と同じチームなんだろう。何で空は青いんだろう。この空はどこまで続いているんだろうと現実逃避していると、早乙女先輩にガッシリと肩を掴まれる。
「本番はここからさ。さあ、柊木君も行くぞ!」
「はい? 行くってどこに」
「ついてきたまえ!」
見た目にそぐわぬ筋力に為す術なく、俺は人の話を聞かない早乙女先輩に拉致された。
三分ほどで音楽が終わり、赤チームの応援合戦の後半が始まる。
女子生徒の色気全振りの応援はそれなりに好評だったように思う。ご両親の気持ちを考えりゃいたたまれない気持ちになる。俺が親だったら犯人を血祭りにあげていたと思う。
しかし、そんなことよりも自分の心配だ。
早乙女先輩に連れられた俺は窮地に立たされていた。
「行くぞ! 僕らの出番だ!」
「おい待て嘘だろ」
「嘘じゃないさ! ここでさらなる得票を目指すのさ!」
早乙女先輩の雄叫びに周囲の二、三年生も何故かノリノリ。お前ら自分の格好見てみろ?
ブルマから伸びる逞しい脚。毛がのびのびと生えたその脚は、女子の細くてしなやかな脚とは天と地ほどの差がある。
同じく毛が生え揃ったへそ出しピチピチの体操服。こんなの見て誰が喜ぶんだよ。
そう。俺たちは先程の羞恥に塗れた女子生徒たちと同じ格好をしていた。結局ネタ枠じゃねーか!
「諦めよう、柊木君」
「そうだぜ。こういうのは楽しまねえと逆にしんどい」
俺の両肩に手を置く武道と陸奥。俺が知らないだけかと思いきや三年生以外は一切内容を聞かされていなかったようで、こいつらもその被害者だ。
いつも元気な陸奥も冷静な武道も今回ばかりは顔が死んでいる。同情してやりたいが、残念ながら俺も人の心配をしている余裕はない。
そんな俺たちを他所に早乙女先輩が先陣を切る。うおおおお!と野太い声を上げながら女子生徒たちの前に進軍していく三年生。
「こうなりゃやけだ!」
陸奥も自身を鼓舞するように声を上げ、他の二年生もその後を追う。
「これは試練だ。ここを乗り越えた先にはきっと、新たな境地が待っているんだ」
「武道!? しっかりしろ! その先は地獄だぞ!」
武道が壊れたんだが。余程精神に負荷がかかったんだろうな。
俺がこの世界について話した時ですら冷静に話を聞いていた武道が目を真っ赤にして雄叫びを上げる。かつて誰よりも温厚でかっこよかった友人の姿はそこにはない。
立ち尽くす俺の横を一年生たちが駆け抜ける。このままここに残っていては、むしろ目立ってしょうがない。
この格好に着替えさせられた時点で逃げ場は無かったんだ。
ちくしょうめえ!と頭の中でペンを叩きつけながら、俺もその後を追った。
「僕はもう立ち直れそうにない」
「まあなんだ、元気出せって!」
「あれは夢だ。もう忘れろ」
顔を隠して屈み込む武道を慰める俺と陸奥。慰めてはいるものの、俺も精神的ダメージが半端じゃない。
前半の盛り上がりをぶち壊すような後半。女子たちの踊りをそのまま男子が行うという誰得再放送。
生徒たちは大爆笑。冷える父兄。父兄の目を気にして笑えない教員たち。そして怒り心頭だった厳格な教頭。
あんなに恥ずかしい格好をした挙句、他チームと大きく点差を離されると思うと午後の部も億劫だ。
思えば女子にだけ恥をかかせることがないようにという早乙女先輩の配慮なのかもしれない。そう思うと彼の好感度も……上がらんな。頼むから二度と出てこないでほしい。
「次は部対抗リレーだぜ。ここで汚名挽回だ!」
「汚名は返上しろ」
「陸っ! 君はなんて良いやつなんだ!」
何故か陸奥のボケに感動している武道。どうやら感性までも壊れてしまったようだ。
ただ、馬鹿なことを言う陸奥のおかげで場の空気が少しばかり良くなった気はする。馬鹿と鋏は何とやらだな。
「そうだね。人前でああいう格好をするのも悪くない気がしてきたよ」
「いやそれはマジでやめとけ。恥じらいを忘れるな」
本当に新境地を開きかねない武道が心配になった。
嵐が去って本格的に午後の部がスタートする。まずは俺も出場する部活対抗リレーだ。
部活対抗リレーはその名の通り各部活動毎にチームとなりリレーを行うという至ってシンプルな競技だ。特殊なルールとしては、その部活動を象徴するものをバトンとして走ることだろう。
当然、俺たちバスケ部のバトンはバスケットボール。これがバトンとしては不適切なのなんの。
とにかく次に繋ぎにくい。片手では持ちにくく両手で渡さなければならないせいで、次の走者が走るモーションで受け取ることが出来ない。部活中に何度か練習したが、何度ボールを投げつけたくなったか。
ボールを扱う部活は大抵そうだ、と他所の部にも目を向ける。
開始前から不利を強いられる俺たちとは逆に、ラケット競技は非常に有利だ。
ラケットをバトンとして使える上、そのリーチから他の部よりも早い時点でバトンパスが出来る。
しかし、優勝候補は他にある。二十弱の部活動が参加する中、剣道部は最強格だった。
スタミナもあるし運動神経も当然良い。何よりバトンのリーチが長すぎる。竹刀は反則だろ!
既に負けムード漂う球技部員たちを尻目に、俺はこちらに近づく人影にぺこりと会釈する。
「柊木、アンカー頼むぞ。そこまでに大差つけてやるからな」
「頼みますよ。アンカーは全員俺より早いんですから」
バスケ部部長の深瀬先輩は爽やかな笑顔で「任せろ」と告げ、所定の位置につく。
部活対抗リレーの出場者は、部活中の短距離走で決定した。
一番速かった俺がアンカー。第三走者は深瀬部長。第二走者にバスケ部で一番足の速い副部長の宮田先輩だ。
本来は宮田先輩がアンカーを務めるのが一番だとは思うが、部活内短距離走の際に体調が優れず三位になってしまった。
俺はアンカーを譲ろうとしたが、「第二走を務めるのは大変だよ」と優しく拒否されて今に至る。
彼が「大変だ」と言うのも少しわかる。第一走者が陸奥だからだ。
陸奥は気分屋で、落ち込んでいる時のポンコツさといったら、大会で初戦敗退レベルのミスを頻発するくらいだ。
さらに最悪なことに、さっきの応援合戦のせいで陸奥はすこぶる調子が悪い。どれほど自身を鼓舞していても精神的疲労は拭えない。
第一走者で大差をつけられてしまえばその差を埋めるのは簡単じゃない。一人あたりの走行距離が二百メートルあるとはいえ、運動に自信のある連中相手に巻き返すほどの実力は俺には無い。
それに、第四走にも少し問題がある。
「敵として戦うのは初めてだね。おてやわからに」
そう言って爽やかに笑う武道。こいつと一緒に走ることになるからだ。
「もう調子は戻ったのか?」
「君たちのおかげでね」
どうやら俺たちは敵に塩を送ってしまったらしい。あのまま落ち込ませときゃ良かった。
爽やかスマイルにニヒルな笑みを返していると、スタートを告げる空砲が鳴り響いた。湧き上がる歓声の中、第一走者が走り出す。
案の定、陸奥の結果は奮わない。それでも奮闘した方で、八位をキープして宮田先輩にバトン……もとい、バスケットボールが繋がれる。
真ん中より上なら上出来だ。俺との間を繋ぐのは先輩たちだからな。
ボールを受け取った宮田先輩はやはり速かった。
テニス部や野球部、剣道部と優勝候補を片っ端から抜き去り、順位を三位まで押し上げてくれた。
深瀬部長が俺の元へボールを持ってくる頃には、サッカー部とバスケ部の首位争いになっていた。
ほぼ同時に繋がれるサッカーボールとバスケットボール。
武道は思った通り圧倒的な速さだった。
追い縋るだけで精一杯。腕一本分の距離がどうしても詰められない。
武道がちらりとこちらを見る。
残り百メートルを切った。勝利を確信している目だ。
だが、これで終わるはずがない。何せ相手はこの俺だ。
武道のことをよく知る親友であり、つい先程武道の弱点を知ってしまった男だからだ。
相手が武道だろうと容赦はしない。俺に弱点を晒したことを後悔するがいい。
「勝った──そう思ってんだろ?」
その声に武道が反応する。声が届くと確信し、俺は逆転の一手を打つ。
「また見たいよな。へそ出しブルマの武道秀優」
そうボヤくと、武道は一瞬足を縺れさせた。俺はそのチャンスを見逃さない。
どうにか追い縋ろうとする武道を横目に俺はとどめを刺す。
「似合ってたぜ」
やってくれたな、と言いたげに口角を上げる武道。悪いな、俺は負けられないんだ。
一瞬の減速。その隙を突いて武道を抜き去る。
そして──僅かの数センチの差で先にゴールテープを切ったのは俺だった。
デットヒートを制したバスケ部を讃える大きな歓声。肩で大きく呼吸する俺と武道。
「あれは、ずるいんじゃないかな?」
「送った塩を返してもらっただけだ。心身が屈強だった俺の勝ちだな」
「ははは、確かに。やられたよ」
俺の最低最悪な妨害も笑顔で受け入れる武道。
勝負に勝ったのに人として負けた気がした。




