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怠惰な男

 リジェ国アルタイル騎士団の訓練場でいつもと同じ命令を俺は下された。


「今日は素振りをしておけ」


 班長が俺にニヤニヤと話しかけてきた。


「今日もですか?自分もそろそろ護衛の任に就きたいのですが」

「そうか、私に口答えするとは流石は今期入団試験の一位様だ」


 班長の後ろにいる取り巻きの騎士たちも班長と同じように嫌な笑みを浮かべてこちらを見ている。


(全く嫌になる)


 俺はジークフリート・ド・シャマル、15歳。この国の騎士だ。晴れて今年から騎士の称号を得ることが出来た。騎士は俺の憧れであり田舎出身の俺はチビの頃からひたすらに山で訓練をした。そのお陰か、今期の入団試験での実技で一位の成績を修めることが出来た。


 騎士は入団後、各々自分に合った騎士団に振り分けられる。見事、総合でも一位の成績を修めた俺は、好きな騎士団に入れる権利を得た。当然、要人の護衛を主とする一番人気の騎士団、《アルタイル騎士団》への入団を希望した。ところが、いざ入団をしてみればこの騎士団は親が伯爵以上の爵位を持った人間で固められており、上級貴族のみが活躍の場を与えられた。俺の周りにいる奴らは皆、要人との接触や人脈作りを何より優先しているやつばかりである。


 それはアルタイル騎士団を目指す者の暗黙の了解となっていたそうだが、田舎者の俺は当然そんなルール知る由もなかった。アルタイル騎士団からは男爵令息(俺)という異物を排除しようという動きがひしひしと伝わってくる。言うまでもなくこの素振りと同僚の冷笑、見下した視線のことだ。俺はここに来てから1日として騎士として働いたことはない。ただ班長の命令に従い剣を振るだけだった。どうせ鍛えるのなら別のトレーニングもしたいというのが本音なのだが、上官の命令には逆らえないのが騎士団というものだ。


 せいぜい頑張れよ、と嘲笑いながら班員達は去って行く。残された俺は1人訓練場で素振りを続ける。

 今日も一日こうして終わるのだろう。こんな騎士団、さっさと転団してやるっという気持ちとそれでは負けたようで悔しいという気持ちの両方があり結果、俺はこの団にい続けている。


 俺は訓練場の隅で素振りを始める。ほどよく体が温まった頃、頭上から「きゃっ」と悲鳴が聞こえた。女性の声だ。何だ、と視線を上げると2mほどある塀の上から綺麗なプラチナの髪をした女性が降ってきた。俺は思わず彼女を両手で抱き留めた。


「大丈夫ですか?お怪我は?」

「うう。今度は魔法陣なんてなかったのに……。また落ちてしまったわ」


 なんだかよく分からないことを言っていたが、そんなささいな事に頭が回らないほど俺はこの女性に目を奪われしまった。田舎出身とはいえ王都に来ていくらか経つ。貴族のご令嬢も沢山見てきた。しかし、こんな美しい女性は見たことが無かった。真っ白なマントに包まれた彼女の神々しさに思わず思ったことが口をついて出る。


「天使みたいだ……」


 恥ずかしいことを言った。口を急いで手の甲で塞いでも吐いた言葉は戻ってこない。俺を見た女性はふわりと笑った。


「ふふ。人間ですよ。ほら、いつまでもこうしていては重たいでしょう?」


 彼女が、俺の腕から離れる仕草をしたので、俺は慌てて手を離した。この美しい女性と密着していたことが気恥ずかしい。チラリと彼女を見ると、綺麗な佇まいで礼をとった。彼女の仕草から、どうやらどこも痛めていないのだと分かり安心する。


「助けて頂きありがとうございます。あのお名前は……?」

「ジークフリート・ド・シャマルです」

「ジークフリート?まぁ。貴方が……」

「俺を、いえ。私をご存知なのですか?」

「いいえ。何も知らないの。先程の会話が少し聞こえてしまったのだけど、貴方は嫌がらせをされているの?」


「いいえ。自分がまだまだ実力不足なのです」


 事実をこの女性に伝えるのが恥ずかしかった。男のプライドというやつである。


「そんなことないはずよ。アルタイル騎士団に入れたのですもの。それとも、護衛の仕事が本当は嫌でここで素振りを?」

「ち、違います。私はアルタイル騎士団でもっと実力をつけて、何れは王の護衛を任されるような、そんな人物に私はなりたいです」


 拳を握りしめて、つい熱く語ってしまった。一人盛り上がってしまった恥ずかしさから下を向くと女性は美しい笑顔で微笑んでいた。「素敵な志ですね」と言った彼女は、何よりも俺の心を癒してくれた。


「あと『俺』で構いませんよ」

「いいえ。ご令嬢相手にそのような無礼は」


 浮かれていた俺は、はたっと何かがおかしい事にやっと気が付いた。何故訓練場に貴族……それも身なりから察するにかなり身分の高いご令嬢が降ってくる?以前は王の婚約者を決めるために色んな女性が城に訪れていたが ーーとは言え騎士団の訓練場に降ってくるご令嬢など居なかったがーー 王の結婚が決まってからはそれもない。父親が城勤めでもしているのだろうか。娘を連れて来られるなんてやはり相当身分の高い人物に違いない。


 俺の探るような視線に気がついた女性は苦笑いして口元に立てた人差し指を口の前にもってきた。全ては秘密だと、言われている気がした。理由を聞けば彼女は消えてしまうのだと何故だかそんな予感がした。遠くで鐘の音が聞こえ、急かされたように俺は彼女に名を尋ねた。せめて、それくらい分からなければいくら会いに行きたくても、探しようもない。


「お名前を教えて下さいませんか?」

「……。レイナと、そうお呼びください。ごめんなさい、私はそろそろ行かなければ」


 やはり、彼女のことを聞いてはいけなかったのだろうか。もう少し彼女と話していたい、そんな衝動で俺はレイナの手を掴んだ。


「また、会えますか?」


 レイナは少し驚いた顔をしたが、こくりと頷いた。


「ええ。また明日」


 明日また会える。俺は胸の高鳴りを感じた。


「多分明日も俺は素振りをします。今日のように入られると危険なので、門に来てください。この時間にはもう非番の者くらいしか残ってませんから。そこでお待ちしております」


 少しくらい訓練場から俺が居なくなったとして誰も気が付かないし気にも留めないだろう。休憩時間を朝にずらせば勤務時間的にも問題ないはずだ。レイナは頷き小走りで去っていった。俺は小さくなる彼女の後ろ姿を見つめた。


 レイナは一体何者であそこで何をしていたんだろう。それとも心労が見せた俺の都合のいい幻だったのだろうか。俺はおもむろに頰を抓る。


「痛い」


 うん。これは夢でもないし俺が異常でも無いはずだ。


 あの女性が俺にまた会いに来てくれる。俺はレイナに触れた両方の掌を見つめ、ボワっと顔が赤くなるのを感じた。


「ああ、早く明日にならないかな」


実際にジークフリートが怠惰だった訳ではなく、騎士としての仕事をしていない(させて貰えない)為、班長は怠惰で不真面目な勤務態度と評価を出しています。(理不尽です)

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い作品をありがとうございます。 もう少しツンデレが読みたいです。 もしよろしければよろしくお願いします!
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