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底そこ頭の良いメダカの餌


『てへっ。来ちゃった』


 インターホンの画面越しに、悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべるのは、俺の疫病神兼クラスメイト、笠野葵、その人であった。


「ただいま留守にしておりまーす。早急にお帰りくださーい」


 そう言い残し、すぐさま俺はインターホンを切る。


 なぜあいつがここにいる? あいつに住所を教えた覚えはないし、知っているやつに聞こうにも、悲しいかな、そんなやつは俺の高校にはいない。


 ではなぜあいつがこの場所にいるのか。考え得る可能性は三つだ。


 一つ。ここにいるのは全くの偶然である。怪しい宗教勧誘の一環だとか、道に迷った末に目についた家の人に聞いてみようだとか。

 ......ないな。あいつのあの表情は完全に俺の家だと知っていた上での顔だ。


 じゃあ二つ目。笠野葵は超能力者である。一見アホみたいな考えだが、俺は結構可能性は高いと考えている。男三人を相手にしても圧倒してみせたあの強さ。少なくとも常人ではない。ならば、千里眼とか超嗅覚とか使えてもおかしいんではなかろうか。

 ......おかしいな。やばい、こんなくだらんこと考えているあたり、俺はかなりテンパっているな。落ち着け雨宮緑。状況を理解しろ。そして前を向け。


 そう、三つ目、これが答えだ。この時間の一端どころか全端を担っているのは目の前で不気味に笑っている男、雲坂弾である。


「......おい弾、何しでかしやがった?」


「何のことかダンくんわかんなーい」


 イラッとして思わず手が出そうになったその瞬間、横から凄まじいスピードで拳が飛んできた。


「ノイズキャンセリング」


「ぐはっ!! 奏ちゃん、ひど、ひ」バタッ


 奏の攻撃が弾の腹にクリティカルヒットし、その場に倒れ込む弾。


「起きろコラ。起きて洗いざらいぶちまけやがれこの野郎」


 だが、俺はこの男に容赦する気はない。倒れている弾の首を掴もうと手を伸ばす。しかし、突然、後ろから両腕を掴まれ、身動きの取れない状況になった。


「雨宮君落ち着いて!! その人もうライフゼロだから!! オーバーキルだから!!」


「放せ、そいつは生かしておいてはならな、い?」


 こいつのせいでこの家にとんでもない怪物がやって来、ん?


「ん? どしたの、雨宮くん」


 困惑の顔で振り向いた俺に対し、首をキョトンと傾げる笠野(かいぶつ)


「......それはこっちのセリフなんだが。いつからそこにいた?」


「さっき?」


「なぜ疑問系なのか甚だ疑問だがまあいい。じゃあ、どうやって入って来た?」


「玄関からだよ。鍵開いてたからね。不用心だよ、雨宮君」


 鍵? 普段は閉めているはずだが。ああ、弾が来た時に奏が鍵を閉め忘れたのか? というかそれよりも......。


「いや、不法侵入なんだが!?」


 鍵が空いてたからといって人様の家に無断で入っていいわけがなかろう。


「いや、雨宮くんのお父さんには許可取ってるよ?」


「......は?」


「......ひ?」


「「......」」


「多分それ、お父さんじゃなくてこのゴミ野郎ですね」


「もはや生き物でもないよ奏ちゃンギュ!!」


「黙れミジンコ」


「い、生き物だったら何でもいいって意味でもないんだよー」バタッ


「えっと、どゆこと?」


 状況が掴めず、混乱している笠野は助けを求めるように俺を見た。そして、俺はこの状況をわかりやすく伝えてやった。


「つまり、弾は所詮メダカの餌ってことだな」


「......そんなドヤ顔されても何も伝わってこないんだけど」



 ◇◆◇◆◇◆



「えっと、つまり、私の電話に出たのは雨宮君のお父さんじゃなくて雲坂君だったってこと?」 


 今は、ダイニングルームの机を4人で囲んで座っている。俺の隣に笠野、笠野の向かいに奏、その隣に弾、という構図だ。


「そゆこと醤油ことソースことー。ということで、改めてよろしく笠野ちゃん。雲坂弾です」


「か、笠野葵です。よろしくね」


 あの笠野をも困惑させるギャグをぶっこむ弾。恐るべし。


「もう俺は元気だってことがわかっただろ? もう帰っていいぞ」


「おいおい冷てえな緑は。せっかくだしもうちょっとゆっくりしていってもらおうぜ」


「何で雲坂さんはさもここが我が家のように振る舞っているんでしょうかね?」


「アホだからだろ」


「なるほど納得」


「いや納得しないで!? オレそこそこ頭いいからね!?」


「そこそこというあたり底が知れてますね」


(そこ)だけに?」


「あ゛?」


「ひぃ!! ごめんなさい!!」


 奏の威圧にビビり散らかしている弾だが、頭が良いというのは意外にも事実。この辺で一番の進学校に通っている。


「ところで、笠野さんはお兄ちゃんとどういう関係ですか?」


 は? 何だその質問は?


「あ、それ、オレも知りたい!!」


 便乗するな。


「え、えーっと」


 そして、なぜ笠野は困惑している。


「ただのクラスメイトだ」


 笠野が答えるよりも先に俺が答えた。ただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。何も間違っちゃいない。


「本当ですか?」


「本当だ」


「お兄ちゃんじゃなくて笠野さんに聞いてるんです。笠野さんとお兄ちゃんは()()()クラスメイトなんですか?」


 奏に問い詰められた笠野はチラリと俺を見る。しかし、俺はそんな笠野から目を逸らした。


「......うん、ただのクラスメイトだよ」


 目を逸らしていたから、笠野の表情は見えなかった。


「......そうですか」


「えぇ!? 奏ちゃんそれで納得しちゃうの!? 明らかにそんぬぅわ!?」


「うっさい雲墓」


「勝手にオレの墓を作らないで!?」


「そろそろ私帰るね。雨宮君が元気そうでよかった」


 また、奏と弾の乱闘騒ぎが始まりかけたところで、笠野がそう言って席を立つ。


「えぇ!? 笠野ちゃん、もう帰っちゃうの!?」


「うん。あんまり長居しても雨宮君に悪いし。今日は急に押しかけてごめんね、雨宮君」


 自分から帰ってくれるなら好都合。引き止める理由なんてこれっぽっちもない。だから。


「......待て」


「?」


 突然呼び止めた俺を疑問符を頭の上に浮かべながら見る笠野。


「奏、俺はちょっと夕飯の買い出しに行ってくるから、それまでにその男を追い払っておいてくれ」


「承知しました、お兄ちゃん」


「??」


 頭の上に浮かべる疑問符を2倍に増やし出した笠野に、俺は逆に質問を投げかけてやる。


「何つっ立ってるんだ? 帰らないのか?」


「え、あ、うん。帰るよ」


「じゃあ行くぞ」


「うん!!」


 花開くような笑顔を向けてくる笠野を横目で見ながら、今日は少し遠くのスーパーに行くだけだと心のどこかで言い訳をしていた。


 




「素直じゃないよな、緑は」

「そこがお兄ちゃんの可愛らしいところなんですよ」

「......奏ちゃんもかわいいよ?

「......」

「え、何でポケットからカッターナイフ? ちょ、ちょ、ちょっと待ってええええ!!」

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