8、変わったこと
その後の生活で、私たちに変わりは無かった。いつも通りお互い無関心に過ごしたし、いつも通り私は学校生活を一人で過ごした。ただそれは、修学時間の中でのみの話だが。
気がつくと、私の秘密基地は二人の溜まり場となっていた。私は水彩画を描くし、マイロニーはそれを見たり、マンガを持ち込んで読んだりしていた。何も話さずに帰る日もあるし、やけにしつこくマイロニーから話しかけてくる日もあった。その内容のほとんどが、面白いダジャレを思いついただとか、道で見かけた太った猫の写真を見てほしいとか、くだらない内容だった。
いつの間にか、マイロニーに対する嫌悪感はどこか消えていた。
今日も途中の水彩画を描き足していると、マイロニーがニコニコと微笑みながら入ってきた。てててと私のそばに来ると、手元をのぞき込む。そして、楽しそうに「うん、うん」と頷いていた。
横目でチラリとマイロニーを盗み見る。本当にこうして見ると、授業中とは大違いだ。今日も「つまらない」「下手くそ」のオンパレードだったが、水彩画を見る時だけは心から嬉しそうに笑うのだ。
「夢子は、どうして水彩画を描くの?」
開口一番、マイロニーはそう尋ねた。ふ、と一瞬、思考が止まる。しかし、私の脳は再び正常に働き出した。
「描きたい絵があるんです。」
「へえ、どんなのだい?」
「昔見た景色です。私がノルウェーのクオーターというのは知ってますよね?祖父がノルウェー人なんですけど、祖父の家に遊びに行った時に連れて行ってもらった場所があるんです。その時の景色が頭から離れなくて……。」
マイロニーはふんふんと話を聞いている。目をキラキラとさせて、まだ見ぬ景色を想像しているのだろうか。
「その場所は谷だったんです。足元には真っ暗な闇が沈んでいて、落ちたらどうしようとか、そんな事しか最初は考えてませんでした。でも朝日が全てを照らし出した時、怖さが消し飛んだんです。太陽、谷底の海、霧で濡れた木の葉、全部キラキラしていて……目に入りきりませんでした。それを、何か目に映る形に残したいと思ったんです。」
ふう、とため息をつく。マイロニーは黙りこくっている。あれっと思いマイロニーの方を見てみるも、マイロニーはアゴに手を当ててなにか考え込んでいた。しんと静まってしまい、なんだか気まずい。
何か変なことを言っただろうか、と思いながら、黙って再び筆を手に取る。絵の具を染み込ませ、それをキャンバスに乗せようとした時、
「よし、そうしよう!ね、そうしよう!!」
と叫びだした。
急に同意を求められた私は、思わず筆を落としてしまった。