20話 ~御祓の終わりと泉の秘密~
とりあえず、水から出よう。
不思議なことに、聖なる泉から出てきても身体は濡れていなかった。
聖なる泉っていえば、ヒトメグのなかでもあったなー。確か初回限定で、特殊能力の解放だったはず。……出来るかな?あとでちょっとやってみよう。
シャワーを浴びたあとのような心地好さと、柔らかな布に包まれているような安心感が残っていた。
……このまま寝ちゃいたいなー。
まぁ、現実逃避は置いといて……。それにしても、凄いことを知ってしまったよ。
だって、死んだと思ったら乙女ゲーの世界で、しかもライバルキャラだー。なんて思ってたのに、実は前世の方が偽物で、此方の世界の方が本物だったなんて。
……だけど、そう言われると納得できる要素はあったんだよね。
この身体がすごいしっくりくること、とか。
いやぁほらさ?普通慣れ親しんだ身体から構造の違う世界の身体に移ったら、何らかの異常はあるはずじゃん?
例えば重力の違いもあるだろうし、体重とかの違いで身体が重く感じたり軽く感じたり、とかさ。それが全くといっていいほどに違和感を感じなかったから。
極めつけは体内の調子かな。
前世では別に病弱って訳でもなかったけど、一ヶ月に一回ぐらい身体が重く感じたり、異常にふわふわしたり、身体だけが言うことを聞かなくなったりしてたんだよね。
その時は疲れてるのかなーって思ってたけど、今ならわかる。
あの時の身体の不調は、世界に適合出来ていない証だったってこと。
それに比べて今の身体の適合具合といったら!
基礎的な身体能力の上昇は、凜の身体だからだと思ってた。
けど、よくよく考えてみると、ゲーム内での凜は才女ではあったものの、上の下ぐらいの才能だったんだよね。その上の下の才能に、名家の娘っていうブラスアルファがついて上位に立ってた。って感じだったのに。
今は、実力以上の力を出せている、そんな感じ。
一挙一動が脳内イメージにしっかりと沿っていて、一糸乱れぬ細やかな作業だってお手の物。集中力も格段に上がってる。
(私が、ヒトメグの中に生きている方が正しい……、前世の方が誤りだった。)
その考えは驚くほどのスピードで私の頭の中を掻き乱していった。
ゲームだと思ってた世界は、現実で。けれど、前世がゲームな訳でもなくて。どちらも本物の、現実。
違和感が無いのが違和感に感じるほどに、しっくりとくるこの身体。
心の何処かで、ピンと張っていた糸が切れたような気がした。
この事実を知るまでは、周りのものをゲーム内のものとして見ていたものが、いきなり実体感が増し、色に鮮明さを感じるようになった。
それだけでない、"攻略キャラクター"に関してもだった。
彼らはもう、キャラクターではない。—実在する、リアル。
乾いた土に水が染み込むように、その言葉が胸のうちに沈んだ。
色々考えてみて、やっと心が落ち着いてきた気がする。
あっ、やばい。早く師匠に終わったことを、教えないと。心配してるかも。
コンコンッ。ノック音が洞窟内に響いた。師匠が壁を叩いてんのかな?
「はい?なんでしょうか!」
朧気になっていた意識を覚醒させて、声をあげた。
「そろそろ御祓は終わったかい?」
「はいっ!只今終えましたが……?」
「じゃあ、入っても良いかな?」
あ、そっか。御祓の間は神聖な時間だから、当事者以外は進入禁止なのか。
「どうぞ。もしかして、お待たせさせてしまいましたか?」
女神様とどんくらい話してたんだろ?
結構話してたような気もするんだよな~。待たせたかな?申し訳ないや。
「いいや、大丈夫さ。御祓は穢れを浄めるためのもの、急ぐ必要はない、からね。」
悠然としていて笑みを浮かべる師匠は、聞いてる相手を安心させる力があると思う。……流石だ。見習わねば。
「そうですか、良かったぁ。あっ、師匠!一つ気になったことがあって、教えていただきたいのですが……。よろしいでしょうか?」
そうそう、あの泉の水!ヒトメグでも聖なる泉なるものはあったけど、運が良くて色んな条件を満たした上でしかいけない超レアなランダムイベントで発生する場所なんだよなー。
設定としては、大地の神々や妖精が戯れで創った、祝福された聖なる泉。的な感じの製作者のお遊びイベントだったはず。
「ん?どうしたんだい、凜?」
「この泉、中に入っても濡れなかったのは何故ですか?」
その質問を投げ掛けた途端、空気がふわりと巻き上がるように気温が上がった。
私は思わず、息を飲んだ。
「ははっ、気づいたみたいだね。よし、教えるとしようか。」
師匠は、変わらず余裕のある笑みを浮かべたまま、言った。
「……私、桐生司は人間でも妖怪でもない。万物の信仰を得て、力を強大にし制御させることが出来る、神聖な獣さ。その泉の水は、私の力が具現化されたものなんだ。その水に触れたものは、神の祝福を受けるんだ。まぁ、実際は水ではないから濡れない、ということだよ。」
うーん、例え知っている事実だとしても、こんな荘厳な雰囲気のなかで言われたら、呑まれそうになるなぁ。
「ふふ、驚かせてしまったなら済まない。さぁ、そろそろ舞が始まる時間だ。行こうか?」
その後、陽向と合流して師匠の部屋を後にした。
それにしても、イベントが目白押しだな。ぱねぇ。