第一幕(1)
草木や動物が眠りにつく夜。
冷たく鋭い雨が降りしきる中、17歳位の若い女は泣きながら、肩まで伸びている青い髪は泥にまみれ、頬に張り付いているのも気にもとめず。
お気に入りだった、白のワンピースも泥にまみれ、その姿は見る影もない。
が、必死に荷車を引いていた。荷車には10歳位の黒髪の幼い女の子が細い呼吸を吐きながら横たわっている。
荷車に横たわる少女はこの世でたった一人の妹であり、妹を救うために、姉は足裏と手の平からは血を流し、背丈程ある草木をかき分けながら、必死にある所を目指していた。
姉妹が過ごしていた平和な村の日常は突然、野盗が現れたことで崩れ去ってしまう。
両親は姉妹を守った結果殺され、育った村は呆気なく焼き払われ、見せしめに生き残った者は殺されるか、陵辱されているのを目の当たりにした姉は、気付かれないように、荷車に妹を乗せて静かに村外れの社に向かった。
社には神様が眠っており、近づいてはならないと村の古くからの言い伝えがあったのだが、女は妹だけは助けて欲しいとの思いで、社に向かっていた。
「もう少し…。もう少しで着く…。神様が助けてくれる…」と己と妹に聞かせる様にブツブツと呟きながら、社に続く階段たどり着いた時、女の左足に衝撃と激痛、火傷を覆った感覚が走り、地面に倒れ込む。
跡をつけた野盗が放った矢が、女の左足に刺さったのだ。
下卑た笑い声を出しながら野盗達が女に近づく。女は痛みを堪えながら、野盗達に、
「…た…た、すけて…たすけて、たすけて…。たすけて。たすけてください。い、もうとはたすけてください…、お、お、お願いいたします」
姉は泣きながら、壊れたレコードの様に野盗達に手を合わせて頭を地面に押し当てて、懇願するが、野盗は妹の首を掴み頬を舐めた。
声にならない悲鳴を漏らしながら、何度も何度も野盗に懇願する。
野盗はそれが面白いのか、下卑た笑い声をさらに大きくした、その時だった。
ーグゥオウウウウ!
木々を揺らすほどの猛獣に近い雄叫びが鳴り響いた。
野盗達は硬直したその時、鼓膜を突き破るような、雷鳴が鳴り響くと同時に、数人の野盗達が煙を上げながら、地面に倒れ伏す。
「な!何が起きやがった!」
妹を掴み上げていた野盗は突然の事態に困惑した声を上げ、
武器である斧を構え、周囲に敵がいないか警戒する。
姿を見せない不気味な敵に、野盗は張り詰めた空気と緊張感から冷たい汗を流していた事にも気づいていない。
「で、出てきやがれ!」
野盗が大声で威嚇するも、襲撃者は姿を現さない。
周囲を警戒しながらじりじりと後をずらすと、壁に当たった感触がした。
恐る恐る後ろを振り向くと、不気味な2つの赤い光が宙に浮いてた。
盗賊は恐怖し、思わず掴んでいた妹を手から離してしまった。
武器の斧を守るように掲げた瞬間、顔を捕まれ足が地面から離れてしまった。
「ひ、ひぃ」
視界はほぼ塞がると盗賊から情けない声が漏れ出し、下半身がみるみるうちに濡れていく。
ー擬態化モード《カメレオンモード》を解除。
感情のない淡々とした声がすると、それは姿を現した。
「ひ、ひぃ〜!た、助けてくれー!」
姿を目撃した盗賊からは悲痛で助けを呼ぶ声がこだまする。
それは右腕に力を込めると、鋭い三日月型の刃が3本飛び出し、野盗の首元にゆっくりと向ける。
「NO」
無慈悲に野盗に告げる。
野盗は首元に冷たい感覚を覚えた。次の瞬間、頭と体は離れ、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
滝ように湧き出てくる鮮血が地を濡らした。
「敵性対象を排除。周辺索敵モードを開始」
無機質な声だけが辺りを支配し、掴んでいた頭を無造作に落とした。
姉は突然起きたことに、戸惑いながらも妹を抱きしめる。
いつの間にか雨は止み、月を覆っていた雲は消え、辺りを月灯りが照らし始めた。
姉は恐る恐る、最後に倒れた野盗の方を向くと、
そこには月の明かりに照らされた人とは思えない者が佇んでいた。
不気味な赤い瞳。
野盗よりも遥かに大きな身体。
口元から裂け、鋭い牙が生えている。
額からは2本の角。
黒のマント。
腰まで伸びている赤い髪。
右手には見たことのない黒の短筒。
血に塗れた三日月型の刃。
異形の姿をした者が近づくと赤い光線から青い光線に変わり、姉妹を足元から照らし始める。
姉妹を全体的に照らすと、再び目は青から赤に代わる。
「2名の生存反応を確認。
1名は左足損傷を確認。…治療可能。
もう1名、荷車の娘も衰弱状態を確認。
生命維持活動に問題なし。
周囲に敵性反応なし。索敵モードを終了。
守護対象者を確認。保護行動へ移行する」
無機質な声で周囲に知らせるように告げた。
姉は人ならざる者に恐怖と痛みで声にならない悲鳴を上げ、意識は闇に沈む。
妹だけは守るように固く抱きしめている。
異形の者は姉妹に近づき、数秒間眺めていた。
「……ご主人。人間は、変わらないですね…」
異形の者は姉妹を見ながらそう呟き、姉妹を大事に抱え社に戻る。




