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「チェックメイト」――感情を捨てた軍師は、愛する仲間のために最強の兵器となる。心を殺し、偽物の王は君臨する。  作者: アンペアアワー


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第4話 おもちゃの檻

 再び案内された部屋は、先ほどの拷問のようなカプセルがあった場所とは、少し様子が違っていた。中央には円形の台座と、それを取り囲むいくつかのセンサーアーム。本当に「乗るだけ」の、簡素な機械だ。


「ほら、言っただろう。痛いことは何もしない」


 研究員がニヤニヤと笑いながら台座を指し示す。その表情の裏にある「数値への飢え」を、七歳になったヒイロの眼は見逃さなかった。


 三人は逃げることもできず、指示されるがまま台の上へと乗せられた。ヒイロが台座の真ん中に立ち、足を揃える。


「……動くんじゃないぞ」


 スイッチが入った瞬間、足元から青白い光の輪が静かに浮かび上がり、ヒイロの全身をなぞるようにスキャンしていく。水の中にいるような不思議な感覚。モニターには、ヒイロの骨格や血管、そして身体中を巡る「魔力経路」が鮮明な3D映像として暴かれていく。


「……ヒイロくん、大丈夫?」


 次に待機していたルナが不安そうに声をかける。ヒイロは少しだけ強がって見せた。


「……ん。本当に、痛くない。ちょっと、くすぐったいだけだ」


 その言葉にルナとイヴはホッとしたようだが、ヒイロの胸の奥には、全身を丸裸にされたような得体の知れない嫌悪感がざらりと残っていた。


 スキャンを終えた研究員は、これ見よがしに肩を叩き、ニヤついた顔で三人を見つめた。


「次は運動だ。ずっとあの部屋に閉じこもってばかりじゃ、退屈だろ?」


 その言葉に優しさなど微塵もなかった。しかし、連れて行かれた隣の部屋には、驚くべき光景が広がっていた。そこは色鮮やかなボールや滑り台といった、子供の遊び道具で溢れかえっていたのだ。


「わあ……!」


 イヴが声を弾ませる。冷たい金属の世界にいた彼らにとって、それはおとぎ話の広場のようだった。


「ああ、好きなだけ走り回れ。その代わり、元気いっぱいに遊ぶんだぞ」


 研究員の言葉を聞きながら、ヒイロはムスッとした顔で周囲を見渡した。隅々に設置されたカメラ、ガラス張りの観察室。そこから自分たちを「観測」する視線に、小さな拳を握りしめる。


「……ルナ、イヴ。気をつけろ。あいつら、絶対また何か企んでる」


 ヒイロの忠告も届かないほど、二人は久しぶりの「遊び場」に心を躍らせ、色鮮やかな遊具の中へと足を踏み入れた。


 三人が駆け出すと、研究員たちは防音ガラスの向こう側でペンを走らせた。彼らがモニターで見つめているのは、子供たちの笑顔ではない。


「被検体03(イヴ)、心拍数上昇。02(ルナ)は三半規管のデータ良好」


 楽しそうに遊ぶ子供たちを、彼らは「実験体」としてしか見ていなかった。関節の動きや筋肉の使い方が、精密なグラフとなって記録されていく。


 ヒイロは一人、跳び箱の前に立ち、観察室の黒いガラスを鋭く睨みつけた。けれど、全力で走り回るイヴたちの姿を見ると、自分だけ突っ立っているわけにもいかない。


「……はっ! えいっ!」


 ヒイロはわざと力強く、跳び箱を跳び越えた。

「01(ヒイロ)の瞬発力が群を抜いている。……少し、障害物を増やしてみるか」


 一人がスイッチを入れると、床から登り棒や回転する円柱が次々とせり出してきた。


「わあ、すごい! 新しいのが出てきたよ!」


 無邪気に喜ぶイヴ。しかし、ヒイロは自分たちの動きに合わせて形を変えるこの「遊び場」に、本能的な吐き気を感じていた。


「イヴ、遠くに行くな! ……ルナ足元に気をつけろ!」


 観察室では、その反応すらも「集団における管理能力の芽生え」として、淡々とデータシートに書き込まれていた。窓のない、カラフルな地獄。笑い声が響けば響くほど、冷徹な数字が積み上がっていく。


 突如、部屋の空気が一変した。円柱の速度が上がり、床からは不規則に壁が突き出す。天井からはスポンジ状の弾丸が、予測不能な軌道で放たれた。


「わっ、いたっ!」


 肩に弾が当たり、イヴが尻餅をつく。突然の「攻撃」に、楽しそうだった顔が一気に強張る。


「イヴ、こっちに来い!」


 ヒイロは飛んでくる弾を身をかわして避け、イヴの手を引いて遊具の陰へ滑り込んだ。一方で、滑り台の上にいたルナは、足元の激しい振動に手すりを掴んだまま動けなくなっていた。


「……怖い、動けないよ……!」


 それを見た研究員たちは興奮を隠さない。


「いいぞ、02に極度のストレス負荷を確認。01の回避能力も異常だ。もう少し追い込め」


 部屋の照明が赤く点滅し、アラートが鳴り響く。壁が三人を分断するようにせり上がる。


「今助けるから!」


 ヒイロは壁を蹴り、驚異的な跳躍でルナの元へ飛び移った。襲いかかる弾を叩き落とし、震える肩を抱き寄せる。


「大丈夫だ、俺がいる。……イヴ! そこから動くなよ!」


 ヒイロの叫び声が響く中、モニターには限界に近いバイタルデータが真っ赤な警告音とともに表示され続けていた。おもちゃの檻は、いつの間にか幼い命を追い詰めるための訓練場へと変貌を遂げていた。


 やがてアラートが止まり、照明が無機質な白へと戻った。


「そこまでだ。……今日の運動は終わりだ」


 スピーカーから流れる冷めた声。戻された先は、あの四方を白い壁に囲まれた独房だった。


「……あ、あいつら……っ」


 ヒイロは壁に背中を預け、ずるずると床に座り込んだ。あんなに楽しそうに見えた遊具が、自分たちの反応を測るための「罠」でしかなかった。その事実が、七歳の胸を締め付ける。


「……ねえ、ヒイロくん」


 ルナが膝を抱え、消え入りそうな声で呟いた。その瞳には、かつての明るい光ではなく、冷たい諦念が混じり始めている。


「……私たち、もう自由にはなれないの? ずっと、ここから出られないの……?」


 自由。かつては当たり前にあったはずの、空の下。イヴも自分の腕に刻まれた「03」の数字をじっと見つめ、何も言わずに俯いていた。

 ヒイロは、まだ震えの止まらない自分の拳をぎゅっと握りしめた。


「……なれる。絶対になれる」


 ヒイロは顔を上げ、二人を安心させるように、わざと不機嫌そうな顔を作って見せた。


「あんなの、ただの偽物だ。俺たちがいた場所はもっと広くて、あんな弾も飛んでこなかっただろ?」


 かつて肌で感じていた風や、街の騒めき。奪われた「日常」の記憶が、ヒイロの胸を焦がす。何もできなかった自分への悔しさが、熱い塊となって喉元までせり上がってきた。


「……あいつら、絶対許さない。もっと練習して、次は絶対、あんな仕掛けに負けないんだ」


 ヒイロは右腕のバーコードを隠しながら、真っ白な天井を睨みつけた。七歳の決意は、あまりに脆く、けれど痛々しいほどに鋭かった。


 その頃、観察室では研究員たちが陶酔したように語り合っていた。


「見たか、被検体01の数値を。02を守るために跳躍した瞬間の魔力放出量は、七歳児の限界を大きく突き抜けている」


「ええ。03の恐怖をトリガーとした心肺機能の底上げも興味深い。これこそ『極限状態での自己進化』の兆候ですよ」


 彼らにとって、子供たちの涙や震える声は、データの精度を上げるための「良質なノイズ」に過ぎない。


「次回のテストではさらに負荷をかけよう。仲間の危機がこれほどの数値を出すなら……『分断』した時の反応が見ものだ」

 


 モニターの青白い光に照らされた研究員たちの顔は、冷徹な悪魔のそれと変わらなかった。


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