4. 運命の出会い
冒険者は基本的に国に属しませんが、戦争が起こると臨時依頼が出され、冒険者が集められます。基本的に経験値があるこの世界では、人を殺すことでもレベルを上げることができます(諸条件あり)。国境を封鎖されて暇な冒険者には、ちょうどいい訓練になります。
冒険者ギルドへと足を踏み入れた竜星は、できるだけ周囲を見ないようにしながら受付へ向かっていた。
自動翻訳の能力のおかげで言葉の壁はなくなった。少なくとも会話そのものには困らない。
だが、それと人付き合いが得意になることは別問題である。
なにしろ竜星は、生前から根っからの陰キャだった。
学校では必要最低限しか話さず、休み時間は本を読むかスマホを眺めるかのどちらか。友達がいなかったわけではないが、自分から積極的に輪の中心へ飛び込むような性格ではなかった。
そんな彼が、筋骨隆々の冒険者たちが集まる場所へ一人で乗り込んでいるのである。
(帰りたい……)
正直な感想だった。
しかし帰るわけにもいかない。
金がない。
住む場所もない。
この世界で生きていくためには仕事が必要だ。
そして、そのためには冒険者になるのが一番手っ取り早かった。
竜星はラノベが好きだった。
異世界転移物も、異世界転生物も、それこそ何百冊と読んできた。
異世界に行ったらまず冒険者ギルド。
テンプレと言ってもいい。
主人公たちは皆、最初にギルドへ行き、受付嬢と出会い、依頼を受け、成り上がっていく。
だから竜星も当然のようにギルドへ来た。
だが、ラノベを読んできたからこそ知っていることもある。
(こういう場所って絶対絡まれるんだよな……)
受付へ向かう足取りが自然と速くなる。
新人冒険者。
子供。
身なりも悪い。
絡まれ役としては満点である。
しかも、自分には主人公のような圧倒的な力もない。
絡まれたら終わりだ。
できれば目立たず登録だけ済ませて帰りたい。
そんな願いを抱きながら歩いていた竜星だったが、不意に背筋を冷たいものが走った。
(……なんか嫌な予感がする)
嫌な予感。
それは前世からよく当たった。
テスト勉強をサボれば案の定難しい問題が出るし、寝坊した日は大事な連絡が来る。
そして大抵の場合、その予感は外れない。
今回も例外ではなかった。
そもそも考えてみればおかしいのである。
子供が一人で冒険者ギルドへ来る。
目立たないはずがない。
そんな当たり前のことに今さら気付くあたりが竜星らしかった。
肝心なところが抜けている。
それが神無月竜星という人間だった。
ちなみに、この世界の冒険者ギルドは前世の創作作品とは少し違う。
冒険者とは、単なるモンスター討伐者ではない。
王国が管理しきれない仕事を請け負う便利屋であり、兵士の補助戦力であり、治安維持の一端を担う存在でもあった。
農村の護衛。
魔物討伐。
荷物運搬。
薬草採取。
行方不明者の捜索。
時には盗賊退治や傭兵まで。
様々な仕事が集まる場所だった。
また、身分を持たない者でも働ける数少ない職業でもある。
貧民。
孤児。
家を追い出された者。
貴族の次男三男。
そうした行き場のない人間たちが最後に辿り着く場所。
それが冒険者ギルドだった。
だからこそ、ここには善人もいれば荒くれ者もいる。
そして今、竜星の前に現れたのは後者だった。
「見慣れない顔じゃのう」
低く響く声。
振り向くと、そこには大柄な老人が立っていた。
白髪交じりの髪。
無数の傷跡。
鋭い眼光。
一目見ただけで歴戦の戦士だと分かる。
(おじいちゃん……?)
いや、見た目はおじいちゃんだが、絶対強い。
熊が人間の姿になったらこんな感じかもしれない。
竜星は内心でそんな失礼な感想を抱いた。
しかし逃げるわけにもいかない。
並列思考を働かせながら返答する。
「こんにちは。何か御用ですか?」
できるだけ丁寧に。
できるだけ穏やかに。
そう思っていた。
だが――
「こんな子供が冒険者になろうとはのう」
その一言で、竜星の中の何かが反応した。
「それって、何か問題なんですか?」
しまった。
言った直後に思った。
少し棘があった。
老人の眉がわずかに動く。
「ほう?」
だが、もう遅い。
竜星は元の世界でも口喧嘩だけは妙に強かった。
友人の灰智樹をしょっちゅう煽って遊んでいた経験があるからだ。
結果として、人と話すのは苦手なのに言い返すのは得意という妙な能力が育ってしまった。
「年齢制限でもあるんですか?」
「ないのう」
「なら問題ないですよね」
「ふむ」
「仕事を探しに来ただけですし」
周囲の冒険者たちが少しずつこちらを見始める。
普通なら焦る場面だ。
だが、自動翻訳によって会話が成立する喜びの方が勝っていた。
異世界に来てから初めてまともな会話ができているのである。
緊張感は既に宇宙の彼方へ旅立っていた。
結果。
竜星は初対面の歴戦冒険者に噛みついてしまった。
普通なら人間関係は最悪になるだろう。
生意気なガキ。
そう評価されてもおかしくない。
だが――
この何気ない会話こそが。
この世界の運命を大きく変える最初の一歩となる。
まだ誰も知らない。
老人も。
周囲の冒険者たちも。
そして当の竜星自身ですら。
目の前の少年が、やがて世界崩壊に抗う唯一の切り札となることを。
後には人々はこう嘆く。
――崩壊は冒険者ギルドの片隅から始まった、と。
⚠️良い子は、おじいちゃんに噛みつかないこと。




