第九章 白衣の神
ロベルト・アンベイルは、命を数字で見ていた。
脈拍、血圧、脳波、余命。
それらは彼にとって、感情を伴わない“指標”に過ぎない。
白衣に身を包んだ彼の研究室は、清潔というよりも、無機質だった。
そこには祈りも、ためらいもない。
あるのは――選別だけだ。
「……死は、敗北ではない」
彼は独り言のように呟き、モニターに映る被験者データを切り替えた。
「管理されない死こそが、文明の欠陥だ」
心臓が止まった時点で、生命が終わる。
それは、あまりにも原始的な定義だと、ロベルトは考えていた。
意識は、保存できる。
人格は、再現できる。
魂という曖昧な概念さえ、
分解し、層構造として解析できる可能性がある。
――だからこそ。
「神とは、信仰ではない」
彼は、培養槽に視線を向ける。
そこには、静かに眠る人間たちの身体があった。
「神とは、完成形だ」
老いない。
壊れない。
選択を誤らない。
それは、医療が最終的に目指すべき姿に他ならない。
ジークフリート・カイオスの理論は、危険だった。
だが同時に――美しかった。
意識を連結し、
個を超えた判断を可能にする存在。
「……感情が、邪魔だな」
ロベルトは、あるデータを呼び出す。
《被験体番号:A-001》
《旧名:マルクス・クリエート》
「成功例だ」
彼は、はっきりと断言した。
だが次の瞬間、別のファイルが開く。
《観測対象:キアラ・グレイス》
《分類不能》
ロベルトの眉が、わずかに動いた。
「……奇跡ではない」
彼はそう結論づける。
「再現不能な、例外だ」
医療は、例外を嫌う。
なぜなら、例外は体系を壊すからだ。
――ならば。
壊れるのは、例外の方だ。
ロベルト・アンベイルは、静かに決意した。
彼にとって神とは、
救う存在ではなく、
選別を完遂する存在だった。
その思想が、
やがて文明を、取り返しのつかない方向へ導くことを――
彼自身でさえ、まだ正確には理解していなかった。




