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終末の北海道  作者: 秋山如雪
シーズン2 秋
14/35

エピドート14 冬の足音

 10月中旬。


 留萌から稚内に向かうルートを選択しつつも、来たる冬に備えて、彼女たちは準備をすることにした。


 つまり、「冬支度」だ。


 通常、車であればスタッドレスタイヤに交換し、冬支度をするのだが、バイクを脚とする彼女たちは、そうはいかない。


 従って、タイヤにチェーンを巻いたり、あるいは釘に近いようなスパイクをタイヤに装着するというものだ。


 寒冷地である北海道では、新聞配達や郵便配達に使うバイクに、よくスパイクタイヤが装着されていることが多い。


 これは、「チップピン」と呼ばれる合金とタングステンのダブル構造のものとされている。工具などに使用される硬い素材のタングステンの先端が氷に突き刺さることでグリップを生む。

 その先端は1mmくらいだが、周りの合金の摩耗に比べると耐久性が高く、タングステン部分が残っている限りグリップ効果があり、寿命は通常のタイヤ同様に3000から5000kmが目安。


 そして、舗装路へのダメージ、粉塵などの問題から4輪用などでの販売は禁止されているが、おおむね125cc以下のバイクの使用が認められていることが多い。


 つまり、彼女たちが乗る1100ccのクロスカブでは何の問題もない。


 旭川を準備のための拠点に選んだのは、もちろんここが道北、つまり北海道の北部地域では最大の街だからだった。


 それでも人口は30万人を少し超える程度だが、車関係の洋品店やタイヤが売っている店はそれなりにある。


 翼と美宇は、地図を片手に市内を走り回り、それらの洋品店を梯子して、バイク用のスパイクタイヤを探した。


 だが、

「ないなあ」

 翼が溜め息を突く。


 一方、スマホなどない状態の中、美宇は地図と勘を頼りに、翼に指示を出す。


「あっちにありそうだ」

 などと言っていたが、ほとんど勘に過ぎない。何しろ、地図上に店名は載っていても、情報が古いのか、行ってみると店自体がなかったりするからだ。


 かつてはそれなりに繁華な街だった旭川も、駅前は、地方特有の空洞化によって閑散としていたから、狙うのはロードサイド店だった。


 国道12号、39号、233号。


 それらを手当たり次第に走り回り、ようやく見つけたのは、美瑛川を越えた先、町はずれにある、国道233号沿いの、寂れた一軒のバイク屋だった。


 人がいないため、ほとんど廃墟と化した、不気味な店内に足を踏み入れる。


 いくつかのタイヤが飾られている中、美宇は目ざとく見つけていた。


「あった」

 明らかにピンを打ち付けたスパイクタイヤだ。


 だが、問題はサイズにある。


 クロスカブのタイヤサイズは、80/90-17M/C 44P。つまり前後とも17インチだ。


 一般的に、外径の小さなタイヤ(15、16、17インチ)はスポーツバイクに多く採用されていると言われている。

 直進安定性は、インチの大きなタイヤに比べてスポイルされるが、旋回性が抜群に良くなり、切り返しも軽く、素早いハンドリングが生まれる。スポーツバイクではフロントとリアのインチが同じ物を装着されるケースが多く、クロスカブもこれに当たる。


 一方、外径の大きなフロントタイヤ(18、19、21インチ)は直進安定性にすぐれ、路面からの影響も少ないのが、ハンドルの入力に対してマイルドな反応になる。BMWのスポーツ&ツーリングモデルでは前後に同じインチサイズのタイヤが装着されていることが一般的だが、前後に異なるサイズのタイヤを採用している大型バイクも多い。


 バイクの知識に疎い美宇が見つけてきたタイヤを見て、翼は事も無げに、

「違うよ」

 と言って、別のタイヤを取り上げてきた。


「これだよ」

「何が違うんだ?」


「よく見て。サイズが違う。こっちは19インチ、こっちは17インチ」

「全然わからん」


 何故、翼がこれだけのバイクの知識を持っているのか、不思議な気がした美宇だったが、そこから先はさらに驚くべき展開が待っていた。


 何と、翼は自らジャッキを使い、タイヤ交換を始めてしまうのだった。

「おい。大丈夫か? 素人がやって、途中でタイヤが外れでもしたら、死ぬぞ」

 内心、恐ろしい未来を想像し、戦慄を覚える美宇に対し、翼は、不思議なことを口走りながら、工具を動かしていた。


「大丈夫。私、昔、やったことがある気がする」

 そう言って、実際にタイヤ交換をする翼の手際はよく、あっという間にタイヤを交換し終えてしまった。


 その手際の良さに驚くと同時に、美宇は記憶を削がれたに等しい、自分や翼の過去に何があったか考えると改めて怖い気がしていた。


 ついでに、冬に備えて、それぞれのヘルメットを調達していた。こんな世界ではヘルメット自体が用をなさないが、それでも「防寒」の観点から必要になるからだ。


 ともかく、準備は整ったが、最後に。


「チェーンを巻こう」

 念入りというべきか、翼は提案したが、残念ながらこの店には、チェーンは置いていなかった。


 そのため、さらに走り回り、ようやく在庫がある店を見つけた時には、日が暮れていた。


 チェーン装着は明るくなってからにすることにして、一旦、彼女たちは河北がいるホテルに戻ることにした。

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