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終末の北海道  作者: 秋山如雪
シーズン2 秋
13/35

エピソード13 動物王国

 神威古潭から旭川中心部の常盤公園までは、30分ほどで着いた。


 石狩川沿いに国道233号、12号と走り、旭川大橋を越えると、市街地に入る。もちろん、人も車もまるで姿が見えない。


 代わりに、市街地で見かけたのは、キタキツネや鹿、エゾリスなどの姿だった。


 人がいなくなった世界では、野生動物が繁殖するのが、自然の摂理だ。


 ジムニーは、常盤公園の脇を通り、特徴的なロータリーの交差点を通過する。日本では大変珍しい、欧米によくあるような円形の交差点で、時計回りに周り、6つの道路で結ばれている。


 そこを越えて、真っ直ぐ進み、小ぢんまりとした3階建ての小さなホテルの前で、ジムニーは停まった。翼もバイクを停めた。


 河北が運転席から降りてドアを閉める。


 翼は、バイクから降りて、目の前に広がっていた風景に、瞳を輝かせていた。


「何、あれ。綺麗な橋!」

 すぐ目の前に、川に架かる大きな橋があった。


 無骨な緑色の鉄骨が組まれ、アーチ状に伸びているのが特徴的な、歴史を感じさせる構造だった。


「ああ。旭橋だね。旭川を代表する橋だよ」

 と、彼女、河北が説明してくれた。


 そのままホテルに入る。


 もちろん、電気など来ていないホテル。

 すでに秋口に入り、日が落ちるのも早くなって来るから、あっという間に暗くなるのだが、まだ時間的には昼の14時頃。暗くはない。だが、廊下には火が差し込まないため、若干薄暗かった。


 そこは、この非常時に生きている河北。

 ちゃっかりというか、しっかりキャンプ用品をどこかからパクってきており、ロビーに置いてあった、電池式のランタンをつけた。


 そのまま、部屋に行くが、人気のない建物というのは、かえって怖いものだ。

 若干、怯えながらも美宇はついて行く。翼は相変わらず楽しそうにしていたが。


 エレベーターは当然、動いていないので、ホテルの3階まで、階段で登る。

 その角部屋に彼女は入った。


 ベッドが二つ。ダブルベッドサイズの大きなベッドが二つある、恐らくファミリー用の部屋だろう。


 そこに優雅に研究用のパソコンなどを広げ、さらに生活臭の漂う衣服や靴を保管していた。


「まあ、座ってよ」

 と言った彼女は、おもむろに窓を開け、散らかっている床からクッカーとバーナーを取り出す。カセットボンベがすでに装着されていた。


 あとは、ペットボトルから水を入れ、ライターで火をつける。


 こんな世界では、貴重と思われるが、彼女はフィルターを使った、粉末状のドリップコーヒーを淹れてくれるのだった。


 翼と美宇は、余っていたダブルベッドに座り、コーヒーを頂くことになった。


 時刻はまだ夕方とも言えない時間帯。

 まずは彼女が、翼と美宇に、

「今晩、泊まるところは?」


 と聞いてきたから、

「ないです。いつもテント泊です」

 と美宇が答えると、彼女は意外なことを、口走った。


「そうなんだ。じゃあ、今日はここに泊まっていけばいいよ」

「どうしてですか?」


「最近、熊が出るんだよ」

 美宇は思い出して、戦慄を感じた。札幌から函館に行く途中の留寿都で、ヒグマに遭って、追いかけられた時のことだ。

 ヒグマの思いのほか、速いスピードに、必死でバイクで逃げたことは、忘れようもなかった。


「ヒグマですか。それは確かに厄介ですね」

 動物学者の彼女曰く。


「人間がいなくなって、動物の動きが活発化しているの。ヒグマ以外にも鹿、キタキツネ、エゾリス、さらには放牧されていた牛や馬まで外に出ているんだよ。そいつらに襲われると厄介だからね」

 だが、翼は、


「キタキツネ! 可愛いよね」

 と呑気な返事を返していた。


「呑気だね。あいつらは、エキノコックスを持ってるんだよ。無闇に触ると移るよ」

 そう告げた河北の言葉に、翼は、


「エキノコックス?」

 と不思議そうな顔をしていたが、北海道出身の美宇は、「知識」として知っていた。

 エキノコックスとは、食肉目動物(主にイヌ科やネコ科)を終宿主とする寄生虫であり、ヒトに感染した場合にはエキノコックス症に罹患する。

 その宿主になるのは、キタキツネが多かったから、学校で注意されたりするのだ。


 最も、余程変なことをしない限り、少し触った程度では通常は移らないのだが。


 以上のことを、河北が説明してくれた。


 一方で、河北は動物学者らしい言説を披露する。

 つまり、動物にとって「敵」である人類が消えた今、この北海道はかつての北海道のように、「動物王国」と化しているという。


 その結果、人間によって飼われてきた家畜である、馬や牛、羊がヒグマに襲われたり、鹿やキタキツネがいたるところで見られるようになったという。


「気をつけるんだよ。ヒグマはもちろん怖いけど、鹿だって、バイクでぶつかったら、ただじゃ済まないよ」

 と、河北が警告する。


 実際、車で鹿とぶつかっても軽微な被害だが、バイクで鹿とぶつかると、バイクの方が飛ばされるという。


 さらに。

「かつて、アイヌはヒグマをキムン・カムイと呼んだんだけど、人間を襲う、悪いヒグマを『ウェン・カムイ』と呼んだらしいよ」

「ウェン・カムイ?」


「うん。アイヌってのは、何でも神様にしたんだけど、山の神、キムン・カムイが、悪い神、ウェン・カムイになるんだってさ。前にアイヌの人から聞いた」

 不思議な話だった。


 北海道に住んでいても、アイヌのことはなかなか意識をしない。それくらい日本人がアイヌを駆逐してしまったという悲しい歴史があり、今やアイヌは「地名」でしか残っていないようなものだからだ。


 というより、アイヌが日本人の社会に溶け込み、混血が進み、誰がアイヌかわからないのが実情だったのだが。


「そういえば、旭山動物園はどうなったんですか?」

 不意に、記憶の中で、この近辺にある有名な動物園のことを思い出した、美宇が尋ねていた。


 河北は首を振り、

「残念ながら、動物はみんないなくなっていたね。管理されてない状態であそこにいるのも酷だけど、逃げて生き延びられるかどうかもまたわからないけどね」

 という答えだった。


 彼女の説明によれば、旭山動物園には、もちろんホッキョクグマ、トナカイ、シマフクロウのような「寒さに強い」北国の動物が多くいたが、それ以外にも実はライオンやキリン、カバのような、明らかに「北海道向きではない」動物たちもいる。


 つまり、彼らがこの過酷な北海道で、自立して生きていけるかどうかは謎だった。


 そもそもこの北海道には、津軽海峡にブラキストン線というラインが示すように、本州以南とは動物や植物の植生が違うという。


「それで。君らはこれからどうするの?」

 河北に改めて聞かれた二人は、顔を見合わせる。


 そして、美宇が青函トンネルの展望台で決意したことを告げていた。

 つまり、道内の「港」を回る。


 次は、地理的には留萌、そして稚内を目指すということだ。


「気を付けてね。すでに大雪山に雪が降ってる。これからの北海道は、雪と氷に閉ざされるよ」

 河北が言うように、北海道で一番高い山、大雪山は早ければ9月末、遅くとも10月には雪が降る。大雪山は、標高2290メートル。ただでさえ寒い北海道の中で、最も速く冬が来る場所だ。


 すでに10月に入っており、窓の外から見える、大雪山の山頂は、白く輝いていた。


 旭川には数日滞在し、そこで冬の備えも行うことになるのだった。

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