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終末の北海道  作者: 秋山如雪
シーズン2 秋
12/35

エピソード12 河北という女

 恐る恐る、しかし慎重に美宇は、対象物とも言える「彼女」を観察した後。


 おもむろに翼に告げた。

「いいか。起こすぞ」

 と。


 コクリと頷く翼。


 美宇が身長に、彼女の体を揺り動かす。

 しかし、相手は起きる気配がない。仕方がないので、少し強めに揺すりながらも、

「あの。すみません」

 耳元で声をかける。


「うーん」

 寝言のような声が聞こえてきた。


 何とも可愛らしい、アニメ声のような甲高い声だったが。

 次の瞬間。


「うわっ! ビックリした!」

 対象物が目を覚ました瞬間、跳び起きていた。


 逆に、美宇の方も驚いて後ずさってしまう。

 二人が目を合わせ、互いを認識すると。


「すみません」

 と言う、美宇に対し、彼女は、


「ああ、よかった。人だったんだ。てっきりヒグマかと思って焦ったわ。っていうか、ヒグマだったら死んでるか」

 などと、口走りながら彼女は、ズレた眼鏡を直し、零れたよだれを袖で拭いて体を起こした。


「あの……」

 言いかけた翼を制したのは、彼女の方だった。


 見ると活発そうなところが、どこか翼に似ている雰囲気が感じられるが、翼よりは、まだ冷静なようにも見える。


「ああ。私? 私は河北。北海道大学で助教授をしているの。動物学者ね」

 聞いてもいないのに、自己紹介されていた。


 一方、美宇は翼も含めて、今までの経緯を軽く説明していた。

 すると、さすがに相手は驚いていた。


「この非常時に北海道をわざわざ旅してたの? ご苦労なことだね」

「いや、それはあなたもでしょう。そもそもこの非常時にこんなところで何やってるんですか?」

 美宇のもっともな質問に、彼女は胸を張って答えた。


「何って、研究に決まってるじゃない」

「研究ですか?」


「ええ。この北海道は、ただでさえ動物の宝庫。それが、この崩壊でさらに野生動物の動きが活発になった。これは研究者としては、研究冥利に尽きるのよ。このチャンスを逃さない手はない!」

 河北と呼ばれる女は、拳を握って力説していたが、美宇は内心、


(変わってる。いや、研究者なんて大体、変わってるか)

 と思っていた。


「あの」

 ここで、今まで黙っていた翼が近づいてきた。


 彼女は、どうやら聞きたいことがあるらしい。と、美宇は咄嗟に悟った。

「何かしら?」


「北海道に人がいなくなった理由、わかりますか?」

 ある意味、美宇でも予想がついた質問だったし、彼女も知りたかった。だが、


「知らないわ」

 河北は素っ気なかった。


「いや、知らないって……」

 突っ込みそうになる美宇に代って、彼女自身が続けた。


「私はずっと研究してたからね。いわゆるフィールドワークって奴。何日もキャンプして、現地で動物を追っていた。そしたら、いつの間にか人がいなくなってたの」

「……」


 彼女たちは無言になっていた。


 翼はこう思っていた。

(この人、真面目なんだなあ)

 と。


 だが、美宇は逆のことを考えた。

(この人、世間のことに関心がなさすぎる)

 と。


 つまり、言い換えると、「クソ真面目で、周りのことが見えない」という、研究者にありがちな性格なのだろう。一つのことに集中すると、周りが全く見えない人種が、研究者には多い。恐らく世間のニュースにも全く関心がないのだろう。自分の研究以外には恐ろしく鈍感な人でもある。


 どのみち、これでは頼りにならない。


 だが、人と出逢ったことで、多少なりとも「希望の光」が見えてきたかもしれない、と美宇は思うのだった。


 そこで、尋ねていた。

「自動食糧生産工場がどこにあるか、ご存じないですか?」


「自動食糧生産工場? ああ、なんか聞いたことあるなあ。確か稚内か網走だったと思う」

「いやいや、稚内か網走って、全然違うじゃないですか」

 美宇が思わず突っ込んだ通り、稚内は北海道最北の地で、ここから北に約240~250キロ。一方で網走は東に約220キロ程度。

 北海道という巨大な大地は、街と街の間が遠いのだ。


「ごめんね。私、最近ほとんどこの辺で研究してたから、他の場所は疎くて」

 照れ笑いを浮かべる彼女を見ていると、とても非難する気にもなれなかったので、美宇は、「わかりました」と言ったが。


「でも、そろそろフィールドワークも飽きてきたなあ。一旦、旭川に戻るかな」

 彼女がおもむろに呟いた。


「旭川に何かあるんですか?」

「うん。私の寝床」


「寝床?」

 奇妙な言い方に、美宇は反応して、突っ込んで聞いてみると。


 どうやら彼女、河北は普段はフィールドワークとして、キャンプしながら道内各地を走っているらしいが、旭川に拠点を置いていて、キャンプ以外、つまりフィールドワークをまとめる時などは、そこのホテルを寝床に利用しているらしい。


 しかし、そもそもホテルを寝床にしているなら、何故、北海道の異変に気付かなかったのか、と思い、そのことを美宇が尋ねると。


「いや、だって。ちょうどフィールドワークでしばらくずっと、外に出てたから。久々に戻ったら、街から人がいなくなってた」

 という答えだった。


 良くも悪くも、この人は、のめり込みすぎて、周りが見えない、というか見ようともしない人なのだろう。

 ニュースすら見ないのか、それとも彼女たちと同じように記憶を操作されているのか、それすらもわからなかったが。


 ただ、旭川に戻る「足」については、美宇は予想がついていた。

「あのジムニーはあなたの物ですね?」

「そう。あれは旭川のディーラーからかっぱらってきたの」

 美宇たちも人のことは言えないが、すでに無人の無法地帯と化したこの北海道で、彼女もまた勝手に車をパクっていたのだ。


 だからこそあの真新しさなのだろう。新車に近いようにも見えたからだ。


 ともかく、彼女たちもひとまず、この河北に従って、旭川に向かうことになった。

 彼女のホテルは、旭川中心部からは少し外れた常盤ときわ公園近くにあるという。


 彼女のジムニーに従って、翼と美宇もバイクで旭川に向かうことになった。

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