106 へっぽこ王女が降ってきた
「ドグラス殿っ! 何か飛んで来ます!!」
近衛の叫びに、俺は魔術の構築を一時中断し空を見た。本当に何かが飛んでくる。
白と金色の何かだ。
目を凝らす。人だ、てかエリーサ様だ。
何で王女が攻城用の投石みたいに飛んでるのだろう? ランダムスピンがかかって、凄いことになっている。夢かな?
――って、呆けている場合ではない。防壁は展開しているようだが、このまま地面に衝突すれば脳震盪ぐらいは起こす。
身体強化を発動し、落下予測地点へ走って風魔術を構築、飛来するエリーサ様を受け止める。
何とかキャッチに成功したものの勢いを殺しきれず、俺はエリーサ様と共に地面をゴロゴロ転がる。
ようやく止まったとき、仰向けに倒れた俺の頭の上に柔らかいものがあった。エリーサ様のお尻だ。慌ててどかして、立ち上がる。
「ドグラスさん! 久しぶり!」
エリーサ様が笑顔で言う。うん、どうやら夢ではなさそうだ。
「エリーサ様、何故突然」
「私じゃレミートさん倒せないの! でも古龍を倒さなきゃだから、私を使って!」
そう言って、エリーサ様は俺の背中に回り込み、飛び付いて掴まった。おんぶ状態だ。背中に柔らかな胸の感触、少し困る。
次いでエリーサ様は「はい」と手にした至天杖を渡してくる。使えという事か?
「さぁ! 私の魔力使ってください!」
そう言われて漸くエリーサ様の意図に気付く。『統合魔術』だ。エリーサ様なら一人で数十人分の魔力を供給できるし、魔力を取り込む相手が一人なら構築速度は早い。
なるほど、極めて強力な戦法だ。
「了解です! なるべく素のままの魔力をこっちに流して下さい!」
俺は魔術の構築を開始する。ぴったり背中に付いているので魔力を使い易い。これならぶつけ本番でも何とかなる。
膨大な魔力が流れてきた。全能感が心を満たす。
手にした至天杖に魔力を込める。杖が魂の一部になったような感覚、やはり素晴らしい杖だ。魔術の制御水準が上がったのが分かる。
極大の魔力槍を構築、軌道を設定し、放つ。即座に次撃を構築し発射、それを繰り返す。
発射。発射。発射。
レミート・クンツァイトが空に現れた。エリーサ様を追って来たのだろう。だが、既に5発の極大魔力槍が空を舞っている。
それらは各々異なった軌道を描く。先に放った魔力槍はより長い距離を飛び、四方から同時に着弾するよう制御している。
大量の防壁が展開されるが、防ぎ切れるるものではない。うち一発にはレミートが追い縋り、至近距離から魔力槍を叩き込んで軌道を逸らすが、残りの4発は防壁を砕きつつ古龍へ迫る。
同時着弾、直撃。
悲痛な声で古龍が鳴いた。翼には穴が空き、右足は潰れ、胴からも血を流している。
「くっ!」
レミートが俺達に向け魔力槍を放ってくる。一時的に飛行魔術を停止しての渾身の一撃だ。
たが、脅威にはならない。俺は極小の魔力防壁を斜めに展開し、軌道を逸らす。
リリヤと同等の使い手だとしても、エリーサ様という極大魔力タンクを背にした俺の敵ではなかった。あんまり自慢にはならないが、とにかく今は勝てる。
エリーサ様の力を使ってありったけの対龍級魔力刃を構築する。一撃一撃に軌道制御を入れ、放つ。
不規則に空を薙ぐ刃の群れ、恐らくこれならリリヤでも躱せない。レミートに対しても有効だろう。
それでもレミートは空を駆けて距離を取り、空を舞って魔力刃を躱し、避けきれない一部は魔力槍を叩き付け砕く。何発かの魔力刃がレミートを掠めるが、傷は浅い。流石は『宝石持ち』だ。
しかし、その間に俺は次の極大魔力槍を構築し終えている。レミートは魔力刃を避けるために俺から大きく離れ、対処できる位置には居ない。
極大魔力槍を放つ。続けてもう一発を構築し、即発射。
2発の魔力槍は複雑な軌道を描き、展開された防壁を貫くと、古龍の足元に突き刺さった。古龍を護衛していた魔族達が消し飛ぶ。
レミートへの牽制の魔力刃を挟んで、極大魔力槍を古龍目掛けて放つ。もう軌道制御など要らない。残った魔族達が数枚の魔力防壁を展開するがあっさり砕き、古龍の首部を直撃する。
古龍が絞り出すような、苦しみの声を上げた。巨体が揺れ、そのまま倒れる。衝撃で地面が揺れた。
致命傷だ。もうあの古龍が起き上がることはない。
「ドグラスさん! 凄いっ」
背中から称賛の声。いや、でも凄いのは貴女です。
「エリーサ様の魔力のお蔭ですよ」
その時、レミートが動いた。高速で俺達から離れつつ、空に巨大な爆裂魔力弾を打ち上げる。
「何だろう?」
「恐らくですが、撤退の合図でしょう」
古龍が斃れた時点で魔族側は決定的に不利になった。
あとコレは反則級に強い。正直、俺が魔族の立場なら攻略の糸口さえ掴めない。
ここは撤退が無難だ。
案の定、魔族が退却の動きを見せた。モンスターを前面に出し、魔族だけは逃がす構えだ。
ユリアン王子とブリュエットさんが駆け寄ってくる。
「ドグラスさん、勝ちましたね。エリーサさんご無事で何よりです」
ブリュエットさんが親指を立ててグッとやると、エリーサ様も親指を立てて返す。
と、人類側の軍勢から、魔族軍を蹴散らして何かが向かってくる。遠くて見えにくいがあの速度はトリスタだろう。そう思って見ると、隣にドミーさんらしき人もいる。
彼女達は真っ直ぐこちらに近付いてくる。顔の見える距離になった、やはりトリスタだ。そして、トリスタはソニアさんを担いでいた。
「ドグラス! 久しぶり! 魔族が逃げ始めたからとりあえず合流しに来た」
「ブリュエット様! やっほー!」
こんな時でもどこか呑気なトリスタとドミーさんの声、少し懐かしい。
マルキダの町で分かれたパーティがようやく集まった。とはいえ再会を喜んでもいられない。古龍護衛用のモンスター達が集結し、簡易な陣形らしきものを構築していた。
「さて、もうひと仕事だ」
俺はエリーサ様を背中から下ろし、至天杖を返す。ここからはエリーサ様と俺が別々に魔術を行使した方が効率がよい。
地響きと共にモンスターの群れがこちらに向かって突撃してくる。迫力はあるが、このメンバーにとっては脅威ではない。
俺は魔力槍をありったけ構築する。
隣ではエリーサ様が俺の数倍の魔力槍を構築した上に魔力防壁を張っている。
ブリュエットさんとドミー、ソニアも魔力槍を構築していた。
5人で一斉に魔力槍を放つ。横殴りの槍の雨がモンスターを容赦なく貫く。
魔力槍を潜り抜けた僅かな個体も、トリスタとユリアン王子が切り下ろす。
次に俺は爆裂型の魔力弾を構築した。皆も俺を真似るように魔力弾を構築している。
再びの斉射。
モンスターの足元で魔力弾が炸裂し、衝撃が空を揺らす。
モンスターは肉片と化して空を舞っていた。これで近場の敵は壊滅したようだ。
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晴れ時々エリーサ