105 リリヤのハッタリ
エリーサは困っていた。攻撃が全然当たらないのだ。広範囲にばら撒いたり、故意に狙いを外してみたり、色々と変化を付けたが、レミートは見事に躱す。
「エリーサ様! 敵後方に友軍です。あれは、統合魔術っ! ドグラスさんが居ます」
ソニアの叫ぶ声がした。視線を向けると、確かに遠く敵の後方から巨大な魔力槍が放たれるのが見えた。
良い報せだが、とにかく今はレミートとの戦いだ。ありったけの魔力刃を空に放つ。だが、やはり躱された。お返しとばかりに飛んでくる強烈な魔力槍を防壁で防ぐ。もう何度目か分からない繰り返しだ。
「エリーサ様! ドグラスさんが古龍に攻撃を仕掛けていますが、防がれています!」
再びソニアの声。状況は良くないようだ。何とかしたいがレミートの飛行魔術は凄まじかった。エリーサにはとても真似できない精密な魔力制御だ。
エリーサが真似をして疑似質量噴射をしたら投石機で石を飛ばすようにすっ飛ぶだろう。そのまま地面に突き刺さること請け合いである。
でもそうだ、逆に言えば、ソレならできる。レミートに隙さえ出来れば……
何とか隙を作れないだろうか。
エリーサは魔力刃ではなく雷撃を放ってみる。しかし、雷撃には貫通力がないため、防壁であっさり防がれる。
レミートは判断が早く、適確だ。エリーサとは技量が違い過ぎる。
その時「レミート・クンツァイト!」と大きな声が聞こえた。
◇◇ ◆ ◇◇
リリヤ・メルカは高速で疾走する馬の上にいた。とはいえ、自分で馬を操っている訳ではない。リリヤの体はリリヤの後ろで馬を操る女性に縄で括り付けられており、運ばれているだけだ。
「ねぇ、リリヤ無理し過ぎじゃない?」
「母さん、ここは無理するべきよ。私が居るだけで牽制になる。戦闘は無理でも案山子ぐらいはしてみせる」
意識は戻ったものの、リリヤの身体はまだ動かない。右手の銘杖ランタナも細い縄で縛り付け、持っているように見せているだけだ。意識の集中も厳しく、魔術の方も簡単な詠唱魔術の行使が限界だろう。
それでも遠目にはリリヤが馬で駆け付けたように見える筈だ。魔族、特にレミート・クンツァイトはリリヤを無視できない。
「まぁ貴女を紐で抱っこなんて十数年振りだから、少し楽しいけど」
「母さん、魔族との戦争なんだから緊張感持って……」
やがて、戦場が見えてくる。
「既に開戦済みね。前線の衝突は五分と五分かな?」
確かに、国王軍の歩兵隊列は魔族軍を受け止めていた。流石は常備軍だ。問題は敵の精鋭とこちらの精鋭、どちらが優勢かだが……。
戦場を見渡し、リリヤは空を飛び回る魔族を見付ける。レミートだ。地上から大量の魔力刃が放たれ、レミートが空を舞って躱す。交戦しているのは王女エリーサ・ルドランだろう。
「母さん、身体強化をお願い」
「分かったわ」
すぐに魔術が発動し、リリヤの身体に力が漲る。
リリヤはすーっと息を大きく吸い込み
「レミート・クンツァイト!」
と叫んだ。
◇◇ ◆ ◇◇
レミートに明らかな隙ができた。その注意はかなりの部分が声の主、リリヤ・メルカに向かっている。
もちろん、エリーサへの警戒を解いた訳ではない。今攻撃してもレミートはきっちり回避するだろう。だが間違いなく、注意は薄れた。
エリーサは即座に魔力を練り、魔術を構築する。レミートやリリヤが空を飛ぶのに使っている疑似質量噴射だ。全周防御を展開して身を守り、「えい」という声と共に魔術を開放する。
予想通り、エリーサの体は宙を飛んだ。大型投石機から放たれた岩のように勢い良く、錐揉み回転しながら飛んでいく。
レミートは対処できなかった。警戒をリリヤに割いた瞬間に想定外の行動だ、無理もない。
地表ではソニアもポカンと空を見上げている。
エリーサは魔族軍の隊列を飛び越えて更に後方に、ぐんぐんぎゅるぎゅる飛んでいった。