103 トリスタとヤニック
トリスタ・デベルは国王軍の中央最前列の、更に一歩前に立っていた。隣にはドミー・コンチェと下馬したバーバラ・ウェンストがいる。
視線の先では、津波の如く魔族軍が迫ってきている。エリーサの攻撃は敵に損害を与えてはいるが敵は大軍、割合で言えばごく僅かだ。
トリスタは敵の気配を読み取り、口を開く。
「敵中央に強力な魔族の気配が3つ、うち一つが特に強い。アレが『宝石持ち』ヤニック・アプサロンでしょう」
「やっぱり中央でしたね。しかし敵も3人か、3対1で即撃破は無理か」
「向こうさんだって馬鹿じゃない。集めるべき戦力は集めるさ」
残念そうに言うドミーにバーバラが返す。
攻撃魔術の射程に入り、魔術の撃ち合いが始まる。
その時、頭上を魔族が飛び越えて行く。『宝石持ち』レミートだろう。ドミーに攻撃させたいが、既に敵との距離が近い。
「さて、行きますか」
トリスタはゆるりと歩き出し、3歩目で地面を蹴った。
雷鳴に似た轟音を響かせ、空気を裂いて突進する。
魔族の剣士とはっきり目が合った。案の定、胸には黄玉の飾り。
トリスタは横薙ぎに剣を振るう。膨大な闘気を込めた神速の斬撃。だがその一撃は両手剣に受け止められた。鉄塊を砕いたような、異様な衝撃音が辺りに響く。
暫しの鍔迫り合いを経て、トリスタは後に跳んだ。
「黄玉位、ヤニック・アプサロンだ」
「デベル家筆頭剣士、トリスタ・デベル」
端的に名乗りを交わす。
「やはりか。凄まじい闘気と速度。なるほど、フランティス殿の言葉通りだ」
「ヤニック殿も流石は『宝石持ち』。参ります」
再び地を蹴り、突進する。
トリスタに時間はない。エリーサの射程外で待機していた古龍がゆっくりと動き出している。人類側でアレを撃破できるのはトリスタとエリーサだけだ。どちらかが敵を倒し、古龍の迎撃に向かわなくてはならない。
姿勢を低く、地を這うように駆ける。剣先で地面を擦り、掬い上げるように斬撃を放った。巻き上げられた土と共に、刃がヤニックに迫る。土を目眩ましにした一撃だったが、ヤニックの大剣に弾かれる。やはり、この程度の小技で勝てる相手ではない。
ヤニックの剣が横に振り払われる。トリスタは地を蹴って上に跳び、斬撃を躱しつつ相手を跳び越え、着地と同時に体を回転させ、斬撃を放つ。
攻撃を察知したらしきヤニックは、そのまま前に跳び、トリスタの斬撃は空気を薙いで終わった。
ヤニックが体を反転させ、再び向き合う。力量は互角だった。短時間で倒すというのは容易ではない。
ドミーとバーバラもそれぞれ魔族と相対している。激戦が繰り広げられており、難敵のようだ。
ヤニックが右足で地面を蹴り、突きを放ってくる。トリスタが左に跳んで切っ先を躱すと、ヤニックはそのまま腕を横に振るい、横薙ぎの斬撃に繋げた。トリスタを追うように大剣が迫る。トリスタは剣の腹で斬撃を受け止めたが、衝撃で体ごと後に弾かれる。それでもトリスタは姿勢は崩さず、着地して剣を構えた。
無理に繋げた連撃ですら、重い。
そのとき、周囲からざわめきが聞こえた。意識を向けて聞き取ると「援軍」とか「ヴェステル旗」とかいう単語が拾えた。
トリスタは笑う。ヤニックから視線は外せないから確認はできない。しかし、今ここにヴェステルの旗が現れるなら、それはドグラス達だろう。ウェンスト軍と同様に精鋭で山脈を越えたに違いない。
とは言え、トリスタの成すべきことは変わらない。目の前の魔族を倒す。それだけだ。
トリスタは踏み込み、連撃を放つ。一撃の重さでは負けるが、速さならトリスタがやや上だ。ならば手数で攻める。
それでもヤニックは最小限の動きで斬撃を適確に受け止めてくる。立て続けに打ち合される剣が、途切れない金属音を立てた。