10 我が友トロイ・インコグニート
――ブリトニーとアディナは最短ルートで刑務所へ。メルヴィンは付近の敵に注意しながら。俺とマルセルは少し遅れてブリトニー達を追跡する。
アディナはバイクのハンドルを握り、バイクを走らせていた。後ろに座っているのはブリトニー。彼女たちは無言で刑務所に向かっていた。
洒落にならないことが起ころうとしている。いや、すでに起こっているのだろう。
「やっぱりあの黒幕が関わってるんだろうな」
バイクの後部座席でブリトニーは呟いた。
「だって、ユーリーが言うには悪という悪を嫌悪しているんだぜ。悪人を無条件で殺すようなことくらいしてもおかしくねえだろ」
「断定はできないけれど。でも、今は刑務所でレヴァナントの群れをどうにかすることを考えないとね」
アディナは前を向いたまま言った。
バイクは刑務所に向かう通りをまっすぐと進んでゆく。気持ち悪い空気がブリトニーとアディナの頬を撫でた。この空気は刑務所、それもレヴァナントがいるところから流れてきている。
「腹を括りな、ブリトニー。生半可な覚悟で行けば私たちは死ぬ」
「ほんと、そのとおりなんだよなあ。いいぜ、覚悟ならできてる。1年前からね」
ブリトニーはそう言って、バイクの進む先を見た。
あの群れは間違いなくレヴァナント。ユーリーとクリフォードの姿はないが、ここで何かが起きていることは間違いない。
ブリトニーはイデアを展開した。
「やるのね。撃てる限界のところから少しずつやってくれればいいから」
「そのつもりだっての」
と、ブリトニー。目的地は目の前。ブリトニーはイデアを左手の人差し指に集中させて――レヴァナントの群れに向かって放つ。
その見えざる攻撃は。目に見えずとも確かに危険なその攻撃はレヴァナントのもとに到達し。それさえも知覚できなかったレヴァナントは焼け爆ぜてゆく。
「いくぜ。多分あたしらなら突破できる」
やがて、バイクは刑務所の門の前にとまる。刑務所のすぐ前となれば、レヴァナントの放つ腐臭もひどくなる。その腐臭に耐えながらブリトニーたちは前に進む。
そして。ブリトニーはレヴァナントの状況を観察しながら――
「いいか? あたしの近くに来た敵がいれば対処を頼む」
「ええ。ゲオルドだってそのつもりでしょう」
と、アディナは答える。
そして。ブリトニーはバイクに乗っていた時とは比べ物にならないほどのイデアを展開する。虹色の五線譜が彼女の周囲を取り囲み――
それはブリトニーの両手に集中し始めた。レヴァナントの群れを見て。刑務所を破壊しない程度の威力を考えながら。
ブリトニーの両手から破壊の電磁波は放たれた。
未だ入り口に群がるレヴァナントは次々と燃え爆ぜる。熱に耐えきれず、崩壊するレヴァナント――腐敗の進んだ動く死体。それが放つのは独特の臭気。ブリトニーは思わず鼻をつまんだ。
――死体研究所と変わらねえな。いや、さすがにあの場所で死体を燃やすことってあったか?
本来こんなことを考えてはいけないとわかっても。ブリトニーは死体研究所のことを思い出さずにはいられなかった。
「……おいおい。死体研究所から死体を持ち去る必要ってあったのか? こんなにレヴァナントがいるってのにさァ?」
と、ブリトニーは呟き、再び電磁波を放つ。
燃え爆ぜる遺体。アディナは入り口の様子を見ながら――
「私も道をこじ開けようか。燃えてるレヴァナントを防ぐ道だ」
アディナはそう言った。
地形が変わり、レヴァナントの下から岩の棘が現れる。それらはブリトニーの討ち漏らしたレヴァナントを下から刺し貫き――
「行こう。ユーリーが無事だとは限らないけれど」
と、アディナは言った。
刑務所内も地獄絵図というにふさわしかった。レヴァナントの残骸、看守や囚人の遺体。
ブリトニーとアディナは腐敗しかけた血液の溜まるフロアに足を踏み入れた。その瞬間。ブリトニーは一瞬ではあったが眉間にしわを寄せた。
「ねえ、今動揺したでしょう?」
と、アディナは言った。
「……したな。こんなの初めて見るぜ。この血の海とかなァ」
ブリトニーはそう答える。
この先にある血の海を横切ることははばかられるのだが、今はそういったことを考えている場合ではない。なにより、下のフロアが騒がしい。
下のフロアといえば――
「それでさ、アディナ。この下のフロア、結構マズいやつらがいるって話だ。話を聞くには凶悪犯だとか、ギャングだとか。刑務所外に協力者のいるやつだっている」
「ふうん。ストリート・ギャングに限ったことではないのね」
と、アディナは言った。
未だ、レヴァナントの気配はない。あったのかもしれないが、2人を襲うようなことはない。誰がやったのだろう。
アディナは付近の柵の中を見た。開けられた扉、破壊された扉。そんな扉の奥に、ただ1人生存者がいた。
「どうしたんだ?」
「生存者ね。囚人のようだけど。看守は全滅したってことでいいの?」
アディナは言う。
「どうなの? 囚人や看守が殺された中であんただけが生きていて、不自然ではないの?」
すると――
「レヴァナントがどうとか知らない。だがね、全滅したとは言っていないが?」
扉の向こう側からの声。
そのとき、アディナは現実に気づく。
囲まれていた。彼女たちの周りに群がるレヴァナント。どこからとも現れ、2人を取り囲む生ける屍たちは、一斉に襲い掛かる。
アディナはその様子を探りながら、能力を発動する。その脚で血の海を踏みぬいたと思えば、床が壁のように変形する。それだけで何体かのレヴァナントが犠牲になる。
それに続くのはブリトニーだった。アディナよりは少し遅れたものの、イデアを展開してレヴァナントに向かって放つ。
「……相変わらず酷い臭いだ。で、囚人! この刑務所では何が起こってんの?」
と、ブリトニー。
答えは返ってこない。扉の向こう側の囚人は終始無言で2人を見つめていた。そして。
「我が友トロイ・インコグニート。あとは下のフロアの囚人だけだよ」
ブリトニーとアディナに聞こえない声で呟いた。
一方、ブリトニーとアディナは未だレヴァナントを目の前にしている――が、数は減らせている。
ブリトニーの能力により、燃え爆ぜるレヴァナントの臭いがフロア全体を包み込む。この瞬間にもまた、アディナが地面を操ってレヴァナントを刺し殺す。
まだか。
あとどれくらいか。
どれだけこのような地獄で戦うことになるのか。
四方八方から襲い来るレヴァナントも随分と減った。
数を確認しながらブリトニーは最後の一撃を放ち、それを受けたレヴァナントは燃え爆ぜた。
「終わった……先に進むかな」
ブリトニーは言った。
「ええ。早いとこユーリーと合流しないとね」
と、アディナ。彼女もまたどこか生き急いでいるように見えていた。
2人は警戒しながらフロアを進み、階段のある場所へ向かう。
「……驚いたよ。このようにして彼らを殺してくれるとは。私は何もしない。今はね……」
扉の奥。そこに座っていた囚人は呟いた。
いや、彼は囚人などではない。囚人になりすました何者か。その傍らには服を脱がされた女の遺体と彼女の服が転がっていた。