9 正義の犬が
グランツの視界に入ったのは青い髪の青年。彼はグランツもよく知っている。知っているどころではなく、グランツ自身が探していた人物だった。
「兄貴……」
そう言って、グランツは立ち止まる。
「兄貴? 髪色が全然違うぞ。もしかして髪色が違うように染めたとかなのか?」
「そうらしいな。俺が知っている兄貴……クロイツ・ゴソウはああいう髪色じゃないはずだったんだが」
クリフォードが尋ねると、グランツは答えた。
長年会っていなければ、お互い変わるところもあるのだろう。グランツは過去の彼でもなく、それはクロイツも同じ。それでもクロイツには過去の面影があった。
「グランツか。こんな俺を見て笑うか? なあ、愚弟」
クロイツはグランツの方に向き直り、笑みを浮かべた。が、それはかつての彼の優しい笑みではなく、悪意に満ちた笑み。
裏切られた。グランツはそれを直感する。それでもほんの少し。クロイツが正気である、もしくはクロイツを正気に戻すことができると信じていた。
「ふ……ふざけんじゃねえ! 何がプリズン・ギャングのボスだァ!? ここでやってたことが何か、知ったことじゃねえけどな! 昔の兄貴はどこに行った!?」
グランツは怒鳴り声をあげた。その声がビリビリと反響する。
とはいえ、未だにグランツは情を捨てられないでいた。情を捨てられないからこそだろう。同じ血を分けた兄弟だから。グランツは兄弟の絆を信じていた。
「昔……ああ、人間だった頃の俺か。いいこと教えてやる。人間……俺は人間をやめているが、誰でも変わるんだよ。悪人が改心することもあれば、善人が悪に落ちることもある。そもそも、善と悪は何が違う?」
涼しげな顔でクロイツは言った。
看守のふりをしてこの刑務所に潜入していたときに情報を得ていた。このフロアで働くことにはならずとも、クロイツのことはわかっていた。わかっていたとしても許せなかった。クロイツはある人物に利用されていただけだと信じたかった。
グランツは両手を握りしめる。
「グランツ! 抑えろよ……怒りに支配されては」
グランツの後ろでクリフォードが声をかける。
「いいだろ? 少しくらい」
と、グランツ。彼の周囲に浮かび始めるダーツ。その本数はみるみるうちに増えていき。
「やるのか? 俺は止めない。好きなだけぶち込んで来い。人間じゃなく、吸血鬼なんだ。抵抗はさほどないだろう? 裏切られたからな。それくらいは手に取るほどわかる」
クロイツは抵抗する様子も見せなかった。そして。
「裏切って悪かった。が、俺は元には戻れない。それだけはわかってくれ」
一瞬だけ、クロイツはかつての彼の顔を見せた。それが上っ面だったとしても、グランツはそれを信じた。そうであってほしいと願った。
だが――
クリフォードが斜め上に銃口を向ける。が、それはすでに遅く、グランツの右腕が宙を舞った。
「てめえ……!?」
動揺しながらグランツは声を漏らす。
グランツの右腕を飛ばした男は赤い瞳をクリフォードに向けた。地獄の炎のように赤い瞳がクリフォードを睨みつける。
もはや、逃げられない。その吸血鬼は狙いすましていたかのようにクリフォードに詰め寄り――
逃げられないのはその吸血鬼も同じだった。クリフォードは冷静にそれを見つめながら銃口を吸血鬼の口に突っ込んだ。
「シャーリー! 逃げ――」
クロイツがそう言いかけた瞬間、撃鉄。シャーリーと呼ばれた男の頭はあえなく吹っ飛ばされた。
その目の前。クリフォードはシャーリーの反り血を浴び、彼自身の血を流しながら口角を上げた。
「へへ……これで少しはおとなしくなるか?」
クリフォードは肩で息をしながらそう呟いた。だが、この状況はむしろクリフォードらにとって危機的であった。
グランツも重傷を負っている。クリフォードが相手できるのもそう多くない。そして、プリズン・ギャングたちはまだ何人もこのフロアにいる。ユーリーの能力があればどうにかできるのかもしれないが――
「口を慎め、正義の犬が。人間に……吸血鬼を忌み嫌う連中に何がわかる。グランツ、お前もそうだ」
と、クロイツは吐き捨てた。
彼の後ろで、頭を吹っ飛ばされたシャーリーが彼自身の肉体を修復している。彼もまた、紛れもなく人外の存在だった。
「うっ……」
グランツは言葉に詰まる。
かつて吸血鬼と旅をしていたこともある。今だって「違う」と言いたかった。それでもグランツはクロイツへの反論を躊躇った。
グランツのいる鮮血の夜明団は吸血鬼を殺している。彼らもまた恨まれるべき人々なのだった。
「正気なのか、ゲオルド」
本拠。声を上げるのはメルヴィンだった。彼の前には、フィルムのビジョンを展開していたゲオルドがいるのだが。
「正気だ。見ただろう、お前たちも。レヴァナントが刑務所に押し寄せている状況を」
と、ゲオルドは言った。
事実、彼の展開するビジョンに映り込むのはレヴァナントとタリスマンの刑務所。その少し手前側にはユーリー、クリフォード、グランツの後ろ姿が映り込んでいた。
その様子は静止画ではなく、きっちりと動いて見えていた。ビデオなんかのように。
「本当のことを言ってくれ。能力をよく知らない俺からしてみれば、幻覚を見せられているようでならない」
ゲオルドの展開したビジョン――イデアを見ながら、メルヴィンは言った。
「……もうこの際隠すこともないのだが。俺の能力は、離れた場所の今の状況を見せること。言ってみれば、監視カメラみたいなものだ。この間刑務所近くに行くことがあったのだが、そのときに能力を仕掛けてきた。だから今、こうやって見ることができるわけだ」
と、ゲオルドは説明する。
「刑務所なあ。クリフォードがそっちに向かったって話なんだけどあたしらはどうするべきだ?」
ふと、ブリトニーが口をはさむ。その手に持っているのは携帯端末。画面にはクリフォードからのメッセージがうつっていた。
「いずれこうなることはわかっていた。殴り込みだ」
ゲオルドは言った。
「はいはい。で、あたしがレヴァナントをぶっ殺して、道を切り開けばいいのかな?」
「それがいい。状況が状況だ。今すぐに刑務所に向かおう」
と、ゲオルド。
彼の隣にいたマルセルは、心なしかゲオルドの焦りを感じ取っていた。
――きっとゲオルドさんは生き急いでいる。それか死に急いでいるのか。どちらにしろ、俺が近くにいなければ、多分ゲオルドさんは死ぬ。
マルセルは静かに両手を握りしめた




