1 囚人を処分する
ここから後半に入っていきます。
刑務所の中になだれ込むのはレヴァナントの群れだった。
タリスマンの町から姿を消したと思われていた彼ら。だが、彼らは何者かに導かれるようにしてタリスマン刑務所に突撃するのだった。
夜明け前にユーリーたちの隠れ家を訪れたのはジェシー。動揺するユーリーを前にして、ジェシーは口を開いた。
「刑務所の様子がおかしい。いや、これまでゾ……レヴァナントが減っているから、何かあったのかと思ったよ。でもね、まさかこんなことが起きるなんて」
「それはどういうことだ?」
焦った様子のジェシーに対し、聞き返すユーリー。
「刑務所にレヴァナントが押し寄せている。おそらく囚人を処分するんだろうな。ルナティカを助けるなら、今行くしかない」
と、ジェシーは言った。
状況は差し迫っている。ルナティカを助けられるかどうかは時間の問題だろう。
「僕は先に行く。ルナティカを助けるためのお膳立てくらいはしておかないとね」
ジェシーはそう言って、隠れ家の窓から外に出た。
隠れ家に残されたユーリーはクリフォードを起こすことにした。起きるまで待つということにしても、今は時間がない。
ユーリーはクリフォードの身体をゆする。
「……なんだ? 敵襲か?」
寝ぼけた様子のクリフォードは言った。
「違う。今すぐ刑務所に向かう必要が出てきた。刑務所にレヴァナントが押し寄せたらしい」
ユーリーがそう言うと、クリフォードは目を丸くした。
刑務所にはルナティカがおり、確かに差し迫った状況ではあるようだった。最悪、ルナティカは騒ぎに巻き込まれて殺される。
「なんだよ……急がねえとまずいぞ。ルナティカって人を助けるって言っていただろ?」
と、クリフォードは言う。
眠そうにしている彼だが、準備ができればすぐに隠れ家を発つつもりでいる。傍らに置かれていたアサルトライフルを取り、弾を確認してからそれを肩からかける。
眠くてもやることがある、と。
「確かにな。ルナが無事じゃなかったら……」
ユーリーはそう言いかけて言葉を飲み込んだ。
これまでに彼が正気を保っていたのもルナティカがいたからだ。仮に彼女が死ぬようなことがあれば――
「行こう、クリフォード。ルナを助けないと、多分ルナは殺される。レヴァナントが押し寄せているあたり、どう考えてもトロイの野郎が絡んでるに違いない」
ユーリーは立ち上が有、斧を取る。異様に冷静で、それでいて憂いを帯びている。そんなユーリーには死相が出ているようだった。
タリスマンの町の1つの通りを駆け抜ける吸血鬼が1人。彼が目指しているのは刑務所だった。
光り輝く水色の髪をなびかせる吸血鬼――ジェシーは人間ではありえないほどの速度で刑務所に向かっていたのだ。
そんなジェシーの視界に入ったのは1人の青年。ジェシーもよく知る人物であり、彼の元兄弟。
「ボス……」
その青年――メルヴィンは言った。
ジェシーはメルヴィンの呟きを聞き取り、眉間にしわを寄せた。そして。
「僕をボスと呼ぶな。いい加減、見捨てられたことを自覚しな」
ジェシーはメルヴィンに近づいたその瞬間に吐き捨てた。淡々とした言葉。情の欠片もないような口調だった。
ジェシーはメルヴィンを、かつての仲間を拒絶した。
そのままジェシーは通りを走り抜ける。
――いずれ共に戦うときは来るだろうけど、今は。今は僕にもやることがある。
レヴァナント。目から光を失った存在。生命体とはいいがたい、動く死体。
彼らは刑務所の入り口からその内部に押し寄せていた。彼らが狙っているのは間違いなくその内部にいる囚人たち。
レヴァナントが押し寄せる光景を見たジェシーは、その身体の周辺にイデアを展開した。限りなく薄い、不可視に近いもの。
ジェシーは彼らに近づき、その能力を発動した。
――凍り付け。僕の手が届かないやつらは。すぐ近くにいるやつらは蹴り殺してやる……違うな。撲殺してやる。
広がるイデア。ジェシーから離れた場所にいるレヴァナントの動きが急激に鈍くなったと思えば、その身体が凍り付く。
その間、ジェシーは付近のレヴァナントに蹴りを入れる。するとレヴァナントの頭が潰される。脳を失ったレヴァナントは動きを止め、その場に倒れ込む。
ジェシーはそれを横目で見ながら――あるものには拳を。あるものには蹴りを入れていった。隙を突かれ、噛みつかれたとしても動じない。吸血鬼である彼はレヴァナントになることもない。
レヴァナント相手に大暴れするジェシー。だが、彼の目的は暴れることではない。
刑務所の中に入り、ルナティカの救出。そして、クロイツに頼まれたライオネルの救出。
ジェシーはまず、女子刑務所の方へ向かった。
「誰か……じゃなかった。ジェシーが向かっているわけだ。それでいてユーリーまでこっちに来るって?」
刑務所の檻の中、ベッドの上でルナティカは呟いた。
今夜はどうも眠れない、とルナティカは気まぐれで偵察をしていた。と言っても、本人が見に行くわけでもなく、彼女自身の能力で周囲の様子を視るのだ。
ルナティカが見ているのは刑務所の入り口だった。
押し寄せたレヴァナント。だが、彼らの一部は突如動きを止め、その間からジェシーが刑務所に向かってくる。目的地はおそらく――女子刑務所。
それでも、ジェシーが来る前にレヴァナントが来るだろうと確信するルナティカ。
「何かいる! 心臓を撃っても――」
響く看守の声と銃声。その後、悲鳴を最後に、銃を撃った女性看守の声は途絶える。
その直後、現れたのはレヴァナント。ぼろぼろの衣服をまとった、白く目の濁った人間たち。いわゆる生ける屍。
彼らが現れたことで、フロア全体が混乱に陥った。看守たちは一刻も早く逃げようとあたふたしている。そんな中で、看守たちはレヴァナントの攻撃を受けてその場に倒れ込む。
囚人たちも混乱に陥り、甲高い声がフロアに響き渡る。看守も囚人も、自分の身を守ろうと必死だった。が、それも無駄なこと。レヴァナントは近くにいる者から襲撃し、襲撃された者もまたレヴァナントとなる。
まさにパニックだった。
そんな状況でもルナティカは平常心を保とうとしている。これまでに自分の能力で得た情報を頼りに、この地獄のような場所から抜け出そうと。
ルナティカはベッドをずらした。
そこにあったのは人が四つん這いになって入れる程度の穴。
ルナティカはその穴の中に身をひそめ、ベッドを引いた。穴――隠し通路への入り口は塞がれた。