2 どういう目的で
まだ混乱は続いている。
生存者は残りわずかであるが、彼女らは逃げ場所を求める一方でパニックを起こしているようだった。
レヴァナントに覆われたフロア。ジェシーはやっとのことでそこまで突入した。
このフロアにルナティカがいることはわかっている。が、肝心のルナティカは見当たらない。
ジェシーは襲い掛かるレヴァナントを斃しながら、ルナティカがいないかどうかを見回す。フロアにいるのはレヴァナントと、わずかな生存者。その生存者もまた1人、レヴァナントと化していった。
地獄絵図だ。
蹴り殺した、殴り殺したレヴァナントの中にルナティカらしき人物の姿はなかった。今のところは。
「……どこだ! いるなら返事をしてくれ!」
ジェシーは必死に叫ぶ。
その声はルナティカには聞こえない。確かに彼女は無事だが、ジェシーがすぐにはたどり着けない場所にいる。
その場所は、隠し通路。
ふと、ジェシーは確認したいことを思い出す。ルナティカの独房を当たってみることはできないか、と。
ジェシーはある程度の配置を覚えている。ルナティカがどこにいたかも、だ。
ジェシーは走り出し、ルナティカの独房へ向かう。独房への道でも、レヴァナントは大勢おり――
――生存者は0になったか。ルナティカがいれば1、か。だったら、やるしかない。
ジェシーを取り囲むように再び展開されたイデア。薄明りを受けてキラキラと輝きながら、レヴァナントたちを包み込む。
凍り付け。ジェシーがそう念じると、彼の周囲にいたレヴァナントの動きが鈍くなる。やがて彼らは動きを止めた。
「すまないね……。君たちが生きているときに助けてあげられなくて残念だったよ。もう少し早く来ていれば」
ジェシーは呟いた。彼の言葉を聞く者など、ここにはいないのだが。
少しでも時間が経てば、またレヴァナントがやって来るだろう。来たところで返り討ちにしてしまえばいいが、今はあまり時間がない。
ジェシーは以前女子刑務所に忍び込んだときに使っていた隠し通路へ向かった。その隠し通路は未だ看守らにはばれておらず、2つの刑務所とその外をつなぐ道になっている。
隠し通路は無事だった。
灰色の壁に偽装した通路の入り口。何もないように見せるための仕掛けが施されている。ジェシーは壁を押した。
すると、壁――通路を塞いでいたコンクリートの板は元の場所からずれ、わずかな隙間が現れた。ジェシーはそこに指を入れ、右側に引いた。
コンクリートの重さがジェシーの手に伝わる。それもそのはず、通路を塞ぐコンクリートの扉は人間では開けられないほど重いのだ。
開かれた扉の向こう側は闇。吸血鬼であるジェシーは暗くても目はよく見える。ルナティカを探すことに支障は出なかった。
ジェシーは隠し通路に足を踏み入れ、コンクリートの扉を閉めた。
闇の中、ジェシーの足音だけが響く。
これまで、ジェシーは探索した隠し通路の作りをすべて把握しているつもりだった。女子刑務所の内部。ルナティカが投獄された部屋のベッドの裏側。刑務所の外。男子刑務所。
ジェシーが向かうのはルナティカが投獄された部屋だ。
もしうまくいけば無事にことが進むのだろう。
同刻、隠し通路を通る男2人。その間に挟まれるルナティカ。
「何? どういう目的で私を?」
ルナティカは言った。
「利用価値がある。ただそれだけだ。今の状況は知っているだろう?」
ルナティカの前を歩く男、クロイツは言った。
「ええと、アンデッドでも押し寄せてるんだっけ? それで、私をどうするの?」
「お前は別に殺さない。交渉の材料にするだけだ。何でも、トロイ・インコグニートの秘密を握っているそうじゃないか」
と、クロイツは言う。
彼はルナティカを生かそうとするわりには彼女を気に掛けるように見えなかった。
そんな彼を見ながら、ルナティカは不安に駆られていた。実際、彼女はこの状況から抜け出せるほどの力がない。できることであれば、クロイツらを言いくるめて掌で転がすこと程度。
「ただで利用するとは言わねえ。それ相応の交換条件を出してくれてもいいぜ。金でも――」
ルナティカの後ろでライオネルが言う。
「あー、そうだね。ひどい状況なのはわかってる。正直、あんたらの傍にいるのも癪なんだけど殺さないというのを信じて」
ルナティカはそう言って、一度息をのむ。
「私を護衛して。できるでしょ、さっきあんたの素性を聞いたときに確信した」
「はっ、またおめでたいことを言う。俺たちはプリズン・ギャングだ。お前を殺さなくともそれ以外に何かするに違いない」
と、クロイツ。
「あー、そういうこと言っちゃう? いいよ、少なくとも強姦についてはライオネルだっけ? そいつを見ればわかったから。あんたさ、定期的に性転換するんでしょ」
と、ルナティカは言う。
彼女は投獄された後も、その前も、刑務所の内部を覗き見ることがあった。それは彼女の能力に起因する。誰にも気づかれることなく、幽霊のように目的とする事象を監視するのだ。
そして、投獄される前に彼女が見たのは女の身体のライオネル。ライオネルは女の身体のときでも犯されることなくここにいる。
「おい、これ以上触れるな」
ライオネルは言う。
「ごめんね。信用する理由として引き合いに出したかっただけだから。監視していれば信用できるってわかったし」
「なるほど。ルナティカはフィルに任せるとして、俺とライオネルは刑務所に戻るとする。適当なタイミングを見て出て行くつもりだ」
クロイツは言った。その前にクロイツはフィルのところにルナティカを連れていくのだが。
「了解。で、ルナティカは?」
「1人だとさすがに厳しいだろう。隠し通路とはいえ、外部から誰か入ってくるとも考えられる。フィルのところまでは俺が連れていく。その後はフィルに頼むよ」
隠し通路の分かれ道でクロイツは言う。
ライオネルは2人とは別の方向に向かっていった。
クロイツとルナティカは再び歩き始める。クロイツは無言でルナティカの手を取り、そのまま歩いてゆく。
明かりはライオネルが持っていった。ここで頼りになるのは吸血鬼であるクロイツの目だけだ。
やがて、通路の先に光が見えてきた。その光に照らされているのは1人の屈強な男性。彼は通路の壁に寄りかかり、何か考え事でもしていたらしい。
「フィル!」
クロイツは言う。
「よお、ボス。その娘は何だよ。もしかして例の情報屋か?」
フィルはからかうようにして言った。
「ああ、そうだ。前に言ったことは忘れていないな? 丁重に扱え。殺す、犯すその他手荒に扱うことは許さない。もしやれば処刑だ。こいつは重要な情報を握っている」
と、クロイツは言った。
「へいへい。それで、なんで俺に押し付ける?」
「お前にこいつを連れてここから抜け出してほしい。お前の強さを信じての頼みだ」
クロイツの赤い瞳がフィルを睨む。
「わーったよ。適当な場所に潜伏する。情報はこっちから流せばいいんだろ」
「意外と話が早くて助かる。そうしてくれ」
クロイツはそう言うと、踵を返す。そして。
「何としてでも生き残れ」
それだけを言い残して闇の中に消えた。




