15 不届きものは報いを
ここだ。
ダニエルはついにタリスマン支部の敷地内に入り込んだ。彼の想像とは裏腹に、タリスマン支部には人がいない。人どころか、レヴァナントまで。
「出払ってんのか?」
ダニエルは呟いた。
そうしたところで声に気づく者はいないだろう。ダニエルは周囲を警戒しながら建物に立ち入るため、前に進む。
誰もいない敷地内は少しだけの照明と月明かりで照らされていた。今夜は満月だ。
「侵入者なのね」
ダニエルの耳に、かすかに届く声。少女の声だからとダニエルは油断していた。
少女――エミリーはタリスマン支部の建物の屋上からダニエルを見下ろしていた。右手にはその小柄な体躯に似合わぬ鉈。
「あんまり調子に乗ってると、殺しちゃうよ」
エミリーはそう言ってにやりと笑ったと思えば屋根から飛び降りる。
着地し、ダニエルに向かって突撃。鉈でダニエルを正面から切り裂こうとした。
「おおっと、嬢ちゃん。詳細がわからない相手に力押しするのは悪手なんじゃねえの?」
「だから何? わたしが死ぬっていうの?」
エミリーはダニエルの動きについてきている。年端もいかない少女には見えない剣筋で切りこんでゆく。
ダニエルは腹をくくり、彼女の目の前から消えた。
「そうさ。悪いな、嬢ちゃん。こういうことをしなけりゃ生きていられたんだがなあ」
エミリーがその視界の端で捉えたのはダニエルの姿。ダニエルはエミリーの後ろに回り込み、刀を振るう。
その首に刀が入り込む。そして、切断。
地面にエミリーの首と、刀で斬られた彼女の金色の髪の毛が落ちる。
ダニエルはエミリーの首を落としたことで安心し、その場を去ろうとした。だが――
「おいていかないでよ」
少女は首から上を失っても絶命しない。彼女の生首が声を発し、ダニエルは「たちの悪い冗談か」と言いそうになりながら振り返る。
そこに転がる少女エミリーの首。どういうわけか出血もしておらず、その断面は異様だった。
「おいおい……どんな体してんだよ。化け物か? 少なくとも人間じゃねえだろ」
「化け物……そっか、君からはそう見えるんだね。わたしは生きていないだけだよ」
エミリーは首を拾うと元のところに載せた。少々不安定ではあるが。
少女は悍ましい気配を発しながらダニエルの顔を直視する。
「じゃあ、殺してあげるよ」
その言葉とともに、エミリーの雰囲気が一変する。ただの不気味な少女だったエミリーは何かにとりつかれたように変貌し、鉈を手にしてダニエルに斬りかかる。
「殺せ。逆らうものには虐殺あるのみ。不届きものは報いを受けるしかないのだよ」
エミリーの声に、別の人物――とある成人男性の声が混じる。
彼女たちを前にして、ダニエルが久しぶりに抱く恐怖。レヴァナントを目の前にしようとも、決して抱くことのなかった感情が、彼の中に湧き上がっていた。
――俺はここで殺される。
エミリーの鉈がダニエルの刀を弾き飛ばした。
ダニエルは視点を変えてみた。が、どこから見ても――
ダニエルは一瞬にして消えた。どこか安全な場所へ。エミリーの手の届かない場所へ。
彼がとりあえず、と考えて選んだ場所は廃工場。
廃工場の屋上。ダニエルは俯瞰して様子を見ようとし、そこに現れる。だが、それも悪手だった。
廃工場の敷地内にて待ち構えていた和洋折衷の服装の青年――トウヤ・インコグニート。彼は敷地内すべてに罠を張り巡らせていた。
「ようこそ、俺の罠の中へ」
と、トウヤは囁き、微笑んだ。
ダニエルは構わず、彼の目の前に瞬間移動する。それは己の力を過信してのことだったが――
ダニエルの脚に絡まる、影の手。その手の力は強く、ダニエルが藻掻くことも瞬間移動で脱出することも許さない。
やがて、影は少しずつダニエルを引きずり込みはじめた。
影に沈むダニエルの体。ダニエルは動けない。
「てめぇ……」
「何か言ったのかな?」
ダニエルが影の中に姿を消す間際。トウヤはダニエルを馬鹿にするかのように言った。
そして、トウヤも影の中に入り込む。
やがて、影も消えた。廃工場の前の地面に残されたのは一振りの刀だけだった。
ダニエルの体に襲い掛かったのは落ちていった空間の中の重力。元の場所とはくらべものにならないほど体が重い。
うつ伏せになり、ほんの少し顔を上げたダニエルが次に気づいたのは右手の感覚。影の中に引きずり込まれるまでの間、彼が持っていたはずの日本刀は消えている。
「体が重いだろう、ストリート・ギャング」
どこからともなく聞こえるトウヤの声もダニエルの耳に入った。
――ここはどこだろう?
身体を起こすこともできないダニエル。そんな彼の目の前に現れる黒い革製のブーツ。これはトウヤが履いているものだ。
ダニエルはまた少し顔を上げる。
「おっと、無理はしなくていい。俺はここにいるし、君の持っていた武器もここにあるから」
トウヤはそう言って、ダニエルが持っていたはずの刀をダニエルの眉間につきつけた。
刀の血は取れている。暗い空間に一つだけ存在している光を受けて、汚れのない刀は銀色に輝いていた。
ダニエルは刀を取り返そうと手を伸ばす。だが、何かに抑え込まれているように、体が動かない。瞬間移動もできない。
「どんな気分かな? 力ない人々の気分を味わうのは。俺も差別されたり虐げられた立場だったんだよ」
トウヤは言う。
「野郎……俺だって」
「御託はいいよ。とにかく、お前らは悪だし自分ばかりが被害者だと思わないことだよ。はっきり言って、反吐が出る」
と、トウヤは吐き捨て、刀でダニエルの背中から心臓を貫いた。
心臓を一突きされたダニエルは息絶える。
「さて、父上のところに行こうか。これから、本格的にストリート・ギャングを狩る。あわよくばプリズン・ギャングの処分にも着手したい」
トウヤは展開していた影をすべて消し去り、廃工場を出た。
ステージ4、完。
明日は閑話と登場人物の同行を投稿します。