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8 科学者の性

 ブリトニーは熱と光を発する能力を使っていた。

 エリオットはトミーと別れた後に彼女のことを思い出していた。時間をループさせる前にエリオットは彼女から重傷を負わされたこともあって、警戒はしている。だからこそ、有利な位置をとろうとしていた。このままいけばいずれ彼女に会えるだろう。ブリトニーが完全に記憶を保持したまま、遠くからの攻撃を仕掛けてこない限りは。


 エリオットはブリトニーに先制されることを恐れ、彼女の後ろを取れるであろう場所に回り込んでいた。


「このところ、ストリート・ギャングの様子がおかしいということを聞いていたが……君もそういうことになるのか?」


 エリオットを呼び止めたのは、彼の知らない男だった。

 彼はアサルトライフルを握りしめてゆっくりと振り返る。すると、そこには白いスーツを着た眼鏡の男がいた。特に美男というわけでもないが、不細工でもない。だが、筋肉質だということだけはよくわかる。

 そして。彼の手にあるのは銀の鎖。彼は吸血鬼を狩る魔物ハンターか、それとも別の者なのか。


「質問の意味がわからねえな。いや、見ればわかるだろ」


 エリオットは言った。


「いや、悪い悪い。科学者の性なんだよ。いくら話を聞いたり見たとしても、君たちの声も直接聞いてみたかったんだ」


 その男――イアン・クレヴィックは言った。

 彼はエリオットにたいして直接の敵意を向けていないようだったが――眼鏡の向こう側にあるその目は据わっていた。彼は科学者と名乗る割に修羅場を潜り抜けているようだった。

 そして。彼の視線の先――エリオットの向こう側にいるのはブリトニー。緑色の髪をなびかせ、エリオットの姿を見るなりイデアを展開する。遠距離からエリオットを焼き尽くさんと。

 だが、彼女もじきにクレヴィックの存在に気づく。


「所長!?」


 ブリトニーは声を上げた。エリオットもクレヴィックも彼女に気づく。


「いや、所長! そいつから離れて! そいつ、あたしの命を狙ってる!」


 ブリトニーの声が戦いのゴングとなる。

 クレヴィックはブリトニーの言うことを理解し、エリオットに向けて鎖を放った。エリオットは鎖を躱し、銀の鎖はクレヴィックの手に戻る。


「……なるほど。始末する必要があるのか」


 クレヴィックは言った。

 対するエリオットは己に向けられた殺意に応えるように、銃口を向けた。彼はいつでも引き金を引ける。


「私をただの科学者だと侮らないことだ」


 銃口を向けられると、クレヴィックは言った。そして、再び放たれる鎖。エリオットは何かを察したのか、あえてアサルトライフルを手放した。

 鎖がとらえたのはエリオット本人ではなく、その近くにあったアサルトライフル。鎖を操っていたクレヴィックは顔をしかめた。すると――


「いやな顔したな。あんた、それが弱点だったりするか?」


 と、エリオットは言う。

 痛いところを突かれた、とばかりにクレヴィックは苦笑いした。


「それは自分で探してみればいい。私の専門の研究分野以外について質問されるのは好きじゃないんだよ」


 クレヴィックは答えた。その一瞬で鎖が消え、アサルトライフルが地面に落ちる。

 ブリトニーが見ている前、クレヴィックはもう片方の手に鎖を出現させた。その先端に取り付けられているのは刃物。それがエリオットに向けて放たれる。


 対するエリオットはそれを避ける。が、鎖はさらに曲がり、エリオットを追尾する。

 エリオットはここで時間をある地点につなげた。


 エリオットはもう一度、銃口を見た状態でクレヴィックを睨みつけていた。そんな様子を見たブリトニーは眉間にしわを寄せた。


 ――今、あいつは確かに時間をループさせた。それができなかったら、確実にクレヴィックが仕留めていた。あたしならこいつを一度追い詰めたんだから、斃せる。そもそも、あたしの攻撃はものによっては目に見えないから。


「なあ、所長。こいつを斃すなら一思いにやってしまった方がいいぜ。時間のループが厄介だ」


 と、ブリトニー。

 銃口を向けられ、鎖で応戦しようとするクレヴィックは彼女の一言ではっとした。


「そうか。援護しようか、ブリトニー」


「その必要はないぜ。あんたが相手してほしいのは向こう側の通りのワイヤー使い。あんたなら突破口が見つけられると判断してのお願いだ。いいだろ、所長」


 と、ブリトニー。


「ああ。君がどこまで彼と渡り合えるかはわからないが、私はそちらに向かう。相当な強敵と見たからね。正直、ゾクゾクする」


 クレヴィックは答えた。

 表情には出していないものの、彼の本心は最後の一言に集約されていた。

 ――強敵に巡り合うことは、己が痛みを味わうことと近い意味を持つ。もし戦いの中で味わう痛みがあるのなら。


 クレヴィックが踵を返した瞬間、ブリトニーはエリオットに向けて電磁波を放つ。強い光がエリオットの目の前で炸裂する。

 エリオットは咄嗟に目をつぶる。引き金は引けなかった。が、まだ反撃をあきらめたわけではない。


 クレヴィックは走り去りこの通りにはブリトニーとエリオットの2人だけとなる。

 エリオットは目をつぶったまま引き金に指をかけ、ブリトニーはイデアの展開範囲をさらに広げる。まだ、エリオットは視力が回復していない。

 この瞬間。二人は互いに致命傷を負わせようとしていた。


 ブリトニーはエリオットの視力が回復する前に電磁波を放った。

 これはエンターテイメントとして催される試合ではない。誰かに見せる(魅せる)必要もない、ルール無用の残酷な殺し合い。経験が少ないブリトニーでもそれだけは理解していた。

 かつてエンターテイナーだったブリトニー。この瞬間だけは戦士の顔をしていた。


 彼女の放つ電磁波。目には見えなくとも、熱を発して人間だろうと焼き尽くす。その攻撃を正面から受けたエリオットは焼け爆ぜてゆく。全身の血液が沸騰し、筋肉や皮膚が熱せられて。それは例えるならばシチューか、もしくはフォンダンショコラ。

 エリオットはすでに絶命し、体は原型をとどめることもできなくなっていた。


「あっけないな。姿を見せなきゃ本当にまずかったが……」


 ブリトニーは言葉を押し込める。

 次なる敵は隣の通りでアディナ達が戦っている相手。一度――エリオットがループさせる前にアディナを殺しているということもあり、ブリトニーは不安に感じていた。

 隣の通りで何が起きていたのだろうか?一巡目に自分自身が見ていないことなど、知る由もない。




 ワイヤーに触れてはならない。

 アディナはブリトニーの言葉の意図を理解できないでいた。敵は未だに現れない。だが、近くが騒がしい。


「なるほど。君はワイヤーを使うのか」


 この声はアディナにも聞き覚えがあった。好奇心がありながらも安心感を与える低い声。


「クレヴィック所長……?」


 アディナは思わず声を漏らした。

 彼女の視線の先にいるのは、2人の男。ひとりはアディナもよく知っている、イアン・クレヴィック。彼が手にしているのは銀の鎖。何度か先端が切られても、相手の動きに対応している。もうひとりは銀髪の男――トミー。服装はサイバーパンク風で、その手に持っているのはワイヤー。おそらく、ブリトニーがワイヤー使いの男だと言っていたのは彼だ。


 アディナは考えるより先に走り出していた。ワイヤー使いが自分の敵なのだと信じて。



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