13 見守るときだ
ゲオルドとマルセルはユーリーが姿を消した――クリフォードがユーリーとはぐれた場所に向かう。ぎすぎすした様子を見せていたユーリーとマルセル。しかし、マルセルもユーリーのことは気にかけているようだった。
「どうだ、マルセル。暴徒やレヴァナントはいるか?」
バイクを運転するゲオルドは前を向いたまま言う。
「今のところ、その気配もありません。あの女みたいな吸血鬼もこの近くにはいないようです。昼間だから」
と、後ろに乗っていたマルセルは答えた。
「了解。それにしても、異変がないことが逆に怖い。まるで、嵐の前の静けさだな」
ゲオルドは呟いた。
廃墟群に向かう道中にも、廃墟群にもレヴァナントはいなかった。見つけた敵は吸血鬼のアリス程度。果たして対策チームが結成された意味などあったのだろうか?
ゲオルドの中の疑念は晴れない。
タリスマン支部の敷地内でほくそ笑むヘザー。彼女の隣に現れたのは藍色の羽織を着た、黒髪黒目の青年――トウヤだった。
「また悪だくみか?」
トウヤはヘザーに尋ねた。
「違うよ。支部長が能力の使い過ぎで吐血したからボクが代理をしてるんだよ。ほら、ボクって悪意を操作できるから。その悪意が向かう先だってボクの思うまま」
「そうだった。どうりで父上が執務室にいないと思ったよ。ちょっと、父上の様子を見てくる」
トウヤはタリスマン支部の建物に入り、医務室に向かう。虚弱なトロイがよく休んでいる場所だ。
かつん、かつんと響くトウヤの足音。これに気づいていたのは、彼の父親を名乗るトロイ。トウヤが予想していた通り、トロイは医務室のベッドに横になっていた。ゴミ箱の中にあるのはトロイの血を拭いた布切れだろう。
医務室のドアが開けられる。
「トウヤか。半日休めば元気になるだろう。どうやら能力を使いすぎたようでね」
ベッドの上のトロイは青ざめた顔をしていた。嫌なものを見ていたときのそれではなく、貧血の症状のような。
「だからエミリーもいないんですね」
トウヤは言った。トロイの息子として、彼のことをよく知るトウヤは彼の娘のことも知っていた。エミリー。トロイが最も信頼している人物であるが、彼女はすでに死んでいる。死んでいながらも生きているような存在、アンデッドである。
「そうだよ。エミリーは棺桶の中で休んでいる。また明日から働いてもらうことになるね。それで、外はどうだったかい? 対策チームやデーモンボーイズの様子は」
「対策チームのひとりがユーリー・クライネフ。先日俺たちを裏切ったあいつですよ。何があったかわかりませんが、殺すしかないじゃないですか」
と、トウヤは答える。
「それに、ユーリーをデーモンボーイズごときが殺せるとは思えない。他の5人も同様に」
「ふむ……いや、今は様子を見守っていていい。どうせ君たちには、鮮血の夜明団全体でも十指に入る強さがあるだろう?」
ベッドの上でトロイは言った。
確かに、タリスマン支部の魔物ハンターは平均して高い実力を持っている。特殊な任務に関しては、専門のチームには劣るが。それでも、イデア能力を持ったストリート・ギャング相手に、有利に立ち回ることができる実力はほぼ全員が持っている。それは、トウヤだって同じ。
「最低限の労力で最大限の効用を得られたらいい。その際、過程はどうでもいいのだよ。君たちが動くのもまだ先でいい。今はこの状況を見守るときだ」
トロイはそう言って、机の上に置かれた白い錠剤を手に取った。人間が体調を崩したときに薬を服用することは不思議なことでもない。
トロイはボトルからマグカップに水を注ぎ、錠剤と水を口に流し込んだ。
「回復すればまた見回りをはじめよう。上手く事がすすんでくれるのならば、潰しにかかろうか。それと。ユーリーが再教育するに値するか見定めてくれ」
廃墟群、教会跡地からバイクで30分ほど。ユーリーとクリフォードが向かった廃工場が見えてきた。
壁は破壊され、屋根の一部は崩落している。その場所で戦った形跡は確かに残っている。それに加え、敷地内に転がる無惨な死体。誰のものとも知れない死体は何か――ユーリーのカビによって蝕まれ、食いつくされていた。
「何があったんだ……?」
ゲオルドは廃工場を見て言った。
「それは俺たちの分かることではありませんよ。今はクリフォードと合流することが――」
マルセルはただならぬ気配を感じ取った。
ゲオルドもその気配を感じ取り、拳銃を抜いた。視線の端で見たモノは、鍵。いや、鍵と刃物が合体したような得物。
鍵と刃物の中間のような物体が、建物から突き出ていた。
「誰だ」
ゲオルドは言った。
「これは失礼した。俺がやっているのはあくまでも見回りに過ぎない」
建物の壁は瞬く間に破壊され、その内部から現れる青年。マルセルより少し年上くらいの、金髪の青年だった。
そして、特筆すべきは彼が持つ武器。マルセルには認識することもかなわず、ゲオルドにはその恐ろしさがよくわかる。
「見回りにしては少々手荒だと思うぞ。その武器は何だ」
さっそく、ゲオルドは鎌をかけた。
「ああ、こうすればいいか。これで俺は何も持っていないということになる」
と、ジェラルドは手に持っていた武器を消した。それは跡形もなく消失する。
「いつでも武器を取れるということはわかった。お前は、何をしようとしている?」
「それはユーリー・クライネフを見てから考えることだな。俺は今ここに用事はないから、消えさせてもらう」
ジェラルドはそう言い残して廃工場を去る。残されたのはゲオルドとマルセル。そして。ジェラルドの口ぶりから、ユーリーはここにいるらしい。
2人は廃工場の奥へと進んでいった。
ユーリーやトロイ等が使っているイデアという能力は使いすぎると命にかかわります。吐血、喀血は結構危ない段階に至っているという設定なので、トロイはかなり無理をしていました。




