11 処刑人
タリスマンの町にもかつて富裕層が住んでいた。そのときに使われていたのが、この建物たち。今や廃墟群となったそれは、荒廃していく町をずっと見守っていた。
中央部にあるその廃墟群は教会を中心としており、近くにはビルの跡地もある。窓ガラスは割れ、その荒廃ぶりは見て取れる。
廃墟群のエリアに訪れたのはゲオルドとマルセル。彼らもレヴァナントを警戒していたようだった。が、肝心なレヴァナントはいない。廃墟群は静かだった。
ふと、ゲオルドは立ち止まる。
「おかしい」
ゲオルドは言った。
そのおかしさにはマルセルだって気づいていた。レヴァナントがいないこと。それらが殺された形跡もないこと。住人の気配も、ここにはない。
「手始めに教会の地下を調べてみようか。地下だからといって何かあるわけではないが」
「はい。ですがレヴァナントは」
「俺には俺で考えがあるんだ。それと、地下だからこその可能性を考えている」
ゲオルドは淡々と続けた。
地下。地上部の損傷が激しくなければ、あるいは場所によっては日の光が全く当たらない場所。もし、日光を苦手とする者がいるのなら?
マルセルはゲオルドの考えを理解した。
2人は壊れた教会の扉を抜け、その先の階段を下る。少しずつ失われる光。それはまるで人間の住む世界とは別の世界にいざなわれているかのよう。マルセルはクロスボウを抜き、いつでもボルトを撃てるようにしていた。
先頭を行くゲオルドも回転式拳銃を抜いていた。
地下に行きついた後も道は続き、2人はその道を進む。
どれほど歩いた頃だろうか。ゲオルドとマルセルは得体のしれない感覚に襲われる。
時の流れの速さが変わる。体感する時間が変わったのではない。己の動きも遅くなり、だがそれにも順応させられる。
その感覚が解けるとき、2人を襲ったのは異臭だ。排泄物のような。
「アンタ、死刑囚じゃなさそうだよねぇ。何の目的があって入ってきた?」
女の声。その声にもまた、得体のしれない重圧があった。
――この女は只者ではない。
「そう身構えることもない。こんな美女を目の前にしてねえ……」
女は言った。
すると、不審に思ったマルセルが薄い光で声の方向を照らす。
紅い双眸。彼女自身が美女だと言ったように、顔立ちは整っている。唇には赤黒いルージュを引いている。髪色はマルセルと同じく白。服装は白と黒のゴシックロリィタだ。
マルセルは彼女の服や容姿ではなく、紅い瞳に反応した。
「美女か。お前は、そうかもしれないが同時に吸血鬼だということを忘れるな」
マルセルはクロスボウを女に向けた。
「はっは……甘いよ、小僧。私をただの吸血鬼だと思わないことだ」
その瞬間。時の流れが遅くなる。彼女は遅くなる時の中でマルセルに詰め寄り、彼の顔に触れる。
「初めまして、吸血鬼狩りの坊や。私はアリス・アッカーソン。またの名を処刑人。私を殺すことはアンタにとってもメリットではない、ので、殺さないことをお勧めする」
名乗り終えたアリスはマルセルから離れる。そして、ゲオルドとマルセルにアリスの言葉が届く。
「処刑人だって?」
ゲオルドは怪訝な顔で尋ねた。
レムリア大陸にも確かに処刑人は存在する。が。彼女が本当に処刑人なのか。それとも『処刑人』の異名を持つ吸血鬼なのか。
「そう。タリスマン刑務所の処刑人。私の食料は死刑囚ということになるね……こいつのように」
アリスは床に転がっていた男の死体を拾って2人に見せた。
男の死体には首がない。ゲオルドがよく見てみればそいつの首は地面に転がっていた。切断面は、どう見ても刃物で切り取られたようではなかった。胴体の方は何か所か齧られたようだった。なぜそのような遺体が存在し得るのか。それはアリスの存在が示していた。
「人間の肉を食べる吸血鬼ということか」
ゲオルドは言った。
「はーん、物分かりがいいね。人の肉もまあ、不味くはない。こいつは喫煙者だったからかちょいと変な味はしたがね」
アリスはそう言うと、死刑囚の男の右腕を齧る。彼女の一口は想定以上に大きく、齧られた男の腕から骨が露出する。
彼女の服はよく見てみれば血飛沫がついている。死刑囚の首を胴体から切り離したときについたのだろう。
マルセルは死刑囚の肉を咀嚼する彼女の様子を見て、あからさまに嫌そうな顔をした。
「それで、坊や。私を殺すか?」
アリスはマルセルの表情の変化にも気づき、言った。
「殺しはしない。が、お前に聞きたいことは山ほどある。薬殺刑が一般的なレムリアで、なぜお前が処刑人として死刑囚を食い殺している? 人を食うことはタブーではないのか? そもそも、なぜお前のような吸血鬼が処刑人になれた?」
マルセルが言うと、アリスは「くくく」と笑った。そして――
「どれも答えは一つじゃないか。私が吸血鬼だから。いや、一つじゃないな。もう一つは、トロイ・インコグニートに雇われた。坊やの望む答えは得られたかね?」
「ああ。最低の答えだ。これで、しかる後にお前を殺すことができる」
マルセルはそっとクロスボウのボルトに光の魔法をこめた。
「マルセル! 彼女は……」
「彼女は吸血鬼です! 殺さねばならない!」
ゲオルドが止めても、マルセルは聞く耳を持たなかった。
だが。アリスはゲオルドがボルトを撃とうとした瞬間に口を開く。
「ユーリーも知らないトロイ・インコグニートの秘密。知れる範囲で知りたくないかい?」
彼女の言葉がマルセルを止めた。
マルセルはアリスにクロスボウを向けたまま絶句する。
「聞かせてくれるか、その話を。お前が吸血鬼であっても、俺はお前を信用する」
「ふふ、君はそう言ってくれると思ったよ」
と、アリス。
ゲオルドは優しすぎた。
レムリア大陸の死刑は薬殺刑ですが、アリスがいるところは例外です。これはとある人が裏で根回ししているからです。