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とひら

 泣いているうちに予鈴が鳴り、ぼくは春子さんから離れ、目元をハンカチで押さえながら、教室に向かった。

 いつかのように泣き腫らしたぼくをクラスメイトは怪訝そうに見るが、今回先生がぼくを呼び出すことはなかった。きっと、父が言っていた通り先生に話をつけてくれて、先生はぼくの涙の理由に察しがついたのだろう。今は誰にも触れてほしくない気分だったから、ちょうどいい。

 クラスにも、ガキ大将みたいなやつはいないから、クラスメイトが一人泣いたくらいでちょっかいをかけてくることはなかった。泣き虫、だのと非情なことを今言われたら、突っ伏した机から、顔を上げられなくなる。

 幸いなことにクラスメイトはそんな非情な人間の集いではなかった。怪訝な顔こそすれど、ぼくを罵ってくることはなかった。まあ、優しさではなく、障らぬ神とでも思っているのかもしれないが。

 ……そうだ。ぼくには父が言ったような心配してくれる友達はクラスにいない。ぼく一人いなくなったところで、このクラスの時間は止まることなんかなくて、当たり前のように経過していくことだろう。

 変わるのは、春子さんと夏帆さんの日常だけ。それに、あの二人にだって、言うほど過干渉しているわけではない。きっと、ぼくがいなくなったら、いなくなったなりに二人は過ごしていくだろう。あるいは、邪魔者がいなくなった、と心置きなくいちゃいちゃするかもしれない。……それを想像するともやもやするが。




 それからぼくは、クラスメイトに少しずつ、転校することを明かしていった。ぼくの転校することへの悲しみに対して理解を得られた様子はないが、なんとなくはわかってくれたようだ。腫れ物を触る、みたいな対処はされなかった。きっとみんなの内心は「西園秋弥が転校する。へぇ、そうなんだ」程度で止まっていることだろう。春子さんはよく否定するが、ぼくはやはり、空気程度の存在に過ぎないのだ。

 きっと、ぼくがいなくなったら、春子さんも理解するだろう。ぼくは空気なんだと。そして何事もなかったように夏帆さんと笑うんだ。さぞや幸せなことだろう。

 それを思うと虚しい気持ちもあったが、ぼくは二人に打ち明けた。

 昼休み、二人がいるという教室を尋ねた。二人は「幼なじみで腐れ縁」という触れ込み通り、これまでクラスが離れたことがないのだとか。これが運命というやつなのだろうか。

 上級生の教室に入るのは初めてだったが、悲しさと虚しさが混じり合った気持ちの前では緊張なんて無と化した。

 ノックをして入ると、中の人はまばらで、けれど目的の人物はいた。

「あ、にっしー……」

 先に気づいたのは夏帆さんだった。いつも溌剌としている夏帆さんは今朝のことがあるからか、少し顔色を暗くした。

 そんな夏帆さんの声に釣られて顔を上げてこちらを振り向く春子さん。ぼくの顔を見ると、やはり朝のことを思い出してか、顔をしかめる。

 ぼくは真っ直ぐ二人の元に向かった。

「お話があります」




 ぼくがどう話したか、は割愛させてもらおう。決意を抱えていたにも拘らず、涙声になってしまったなんて情けない。

 話し終えると、夏帆さんは泣きそうな顔をしていた。春子さんは唇を引き結び、何かを考えているようだった。

「それで朝、泣いていたのか」

 春子さんからの的確な指摘にぼくは返す言葉がなかった。ただ無言で頷いた。

 夏帆さんはぐしゃぐしゃになった顔で抱きついてきた。こればかりは春子さんが引き剥がすことはなかった。夏帆さんはぼく以上に泣いてくれた。

 春子さんはそんな夏帆さんをぼくと一緒に宥めながら呟いた。

「まさか、あたしらが送る側になるとはな」

 皮肉っぽく言った春子さんだが、そこには悲しみが滲んでいたように思う。



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