小話:主人公の怪我は好感度が上がりやすい 上
難産でした。
それなのに上下分けます。
なんでこうなった。俺はそう言いたくなる口元を押さえ、授業用ノートを閉じる。
ノートはうちの領地の特産品だったよなぁ俺が考案したんだけど、という考え事に没頭する現実逃避も忘れない。正直、今の状況はそれくらいしなければやっていられない。
「あの、ゴーマン。その……」
隣に座っている主人公様が不自然に目をキョロキョロさせながら、俺に何かを言い募る。
普段の俺だったら無視をするところだ。
だって、俺は敵役だ。主人公の行動に反応しても何の得もない。
一々喧嘩売ろうにも相手が女の子、しかも美少女だったらどうしても無理がある。元々俺、全く主人公に悪意がないし。
まあ、今回だけは……とこれも何度言っている台詞かわからないが……今回だけは仕方がないんだ。
これは敢えて説明をしなかったことだが、この学園には保健室が二つある。
第一保健室と呼ばれる校舎内に建てられた止血などの外傷専門の保健室と、よく俺たちが使用する校舎外に建てられた第二保健室である。
第一保健室が外科系を担当しているから、第二保健室が内科を担当しているのか、というとそうではなくこちらは医療の全般を受け持っている。
校舎外に建てられているためスペースも広く、ベッドの数も多い。また、機材も揃っていていや、この時代の技術にそぐわないだろ、と突っ込みをいれずにはいられないものまで揃っている。
いや、ね。“タンポポとクローバー”は乙女ゲームの要素もあって。当然、攻略ヒーローには保険医の先生というものが混じってくるのですよ。
でも、校舎内の誰もいない保健室、というのはギャルゲの基本。だったら二つ作ってしまえばいい、という発想にて第一、第二保健室が作られた。
で、第二保健室にはヒーロー(隠れ攻略キャラ)がいるわけなのだが……それにも定番というか、何と言うかがありまして……
「じゃあ、この可愛い女の子を運んできた彼氏くん。治るまでの介護をお願いするね」
「か、彼氏?!いや、あの、その……お、俺は別に」
「いいよ。恥ずかしいもんね、その年頃だと。
でもね、一応この子は素直でいい子だから僕のお気に入りなんだ。
だから――適当に扱ったり放置したら……命はないと思え」
そのあと“薬が効きすぎたかな、ははは”と笑っていたが、あの瞬間のあのヒーローの目は本気だった。
なあ、みんなはなんでヤンデレって奴が好きなんだ?
むしろなんで保健室にヤンデレを設置したがるんだ?
そして、あれで保険医ルートに一欠片も入っていない主人公って何者?
俺は死にたくない。死にたくないから主人公のお手伝いと自身のパワーアップを最優先にしている。
それなのに物語のヒーローにわけのわからない理不尽で殺されるのなんて論外である。
あは☆何この板挟み。バファリンを通販で買いたい。
結局、主人公の生活の面倒を見る羽目になっているのだ。
「ほら、掴まれ」
女子寮まで主人公を運び、ごはんを持っていき、勉強を教えるだけの簡単なお仕事である。
前世の俺だったら羨ましい、と思った後“俺も絶対美少女見つけてやるからなぁ!!”と言い残し美少女を探しに廃墟に突撃していくレベルである。
「うん、でも……」
イラッ。
優柔不断なのはギャルゲの主人公だけで十分だってーの。残念ながら俺は乙ゲーのヒーローほど、気は長くないんだぞ。
脇の下から手を挟み込んで強引にヒロインを持ち上げる。
「ひゅー、ひゅー。あついね、お二人さん」
「ちょ……ミラ!!これは、そういう場面じゃないでしょ?!」
「いいじゃない。結局……」
「行くぞ!」
泣きそう。なにこれ。俺、泣きそう。その涙は、喜びのものなのか悲しみのものなのかわからないけど。
まだ主人公に対して何かを言い募ろうとするミラを背に俺は教室を出る。
その時ふと、ミハネが視界の端に映った。席に座ってこちらを向いているのだが、何やらそわそわとした感じで落ち着き無く身体を揺らしている。
少し気になりはしたが、構っている暇もない。俺は主人公を支えながらなるべく早く女子寮への道を急いだ。
Side ミハネ
ムー、と私は頬を膨らます。そして顎を自分の机の上に置く。
何故って?
それはなんだかわからないけど不満だからだ。
「ミハネちゃん……」
「なに、ミラさん」
「くふふ、可愛いのう、可愛いのう」
放課後、今日もリラを支えて帰るゴーマンを見た後そうしてむくれていたらミラさんが私の席の近くにやってきた。
私はそのことを気にせず、ムク、とあえて膨らました頬をミラさんの前に差し出す。すると、人差し指でその頬袋をツンツンしてきた。
やめて欲しいな、とも思ったけど、何となくされていたい気もしたので、その格好のまま彼女に尋ねる。
「何が?」
「ふふふふふ……お主、不機嫌じゃの?」
「ん、そうかな?」
「くふふ、気づいているくせに。
茨の道を選んだくせに、男に相手にされないのはつらいのかぁ。
勉強になるねぇ、青春だねぇ」
「そんなんじゃないし」
ぷい、とそっぽを向く。ついでに目に付いた机の穴に指を入れてグルグル弄ぶ。
私は別にゴーマンのことを心から愛しているからとかじゃなくて、利益と趣味を兼ねて彼を選んだ面もあるのだ。もっとも、一番の理由はなんとなくだが。
だから、きっとこの気持ちはいじけとかじゃないはずだ。
「くしし、ミハネちゃんは可愛いなぁ。いじけちゃって
それを全開にだして甘えてきたら~?」
「やだ。せっかく猫かぶっているのに。大体甘えたくもない」
子供だなぁ~と笑うミラさん。あれ?ちょっと苦笑も混じっている?
でも、私には関係のないことだ。ミラさんがなんと思おうと、私は私だ。
大体、私が誰に嫉妬すると言うんだ。リラちゃんとはちゃんと話し合って納得もしている。
う~~~~~~。うが~~~。
もう、なんでかわからないけど苦しいなぁ!
私は帰る、と言うとカバンを持って教室の扉を乱暴に……今のは手が滑っただけだけど……開けて教室から出ていく。
なぜだか胸はモヤモヤとして気分がすっきりしない。私はそのまま寮の自分の部屋に帰る。
部活動……?とかゴーマンが呼んでいた校庭でのランニングもリラが怪我をしたことで、今週はお休みになっている。
だから、部屋に荷物を置いてベッドの上で横になれば今日の仕事は全部終わり。
一瞬、4週間後に迫った期末テストの文字が頭によぎったが……知るもんか。
あいつはいい成績を取るようにノートを貸してくれていたりするけど…………知らないったら知らないっ!
「……でも、勉強に罪はないよね」
仕方ない。どうせやることもないから、勉強を……決してあいつによく思われるためでなく自分のためにやろう。
その時の勉強はどういうわけか、いつもよりはかどった。
ぬかった。このストーリーが始まってから俺はこの言葉を一体何回思ったことだろう。
ちゃぶ台(寮には机とともに個人用に備えられている)の上で主人公と夕食を囲みながら、俺はそう現実逃避をする。
既に主人公と二人っきり部屋でご飯、という時点で色々と詰んでいるが、それを遥かに凌駕する事態が今現在進行形で起こっている。
前述したように、この学園は寮制であり食堂が各寮についている。そして、普通の生徒はそこと学校に設置されている学食で三食を食べている。
もう中世の世界観とかぶち壊しだが、“タンポポとクローバー”では世界観よりも学園でイチャイチャすることを優先的に作られた物語なので気にしては負けだ。
実際問題レビューでは“全体としてはいいが、中世の世界観をたまにぶち壊すシーンがちょっと……”という意見も多々見られた。
いや、これは蛇足だ。問題はそちらにはあまりない。
精々、それ以外にも一日の糧を得るのに自炊という手段も取れる、という情報さえあれば。
そう、ゲーム中ヒロインや主人公が料理を作るシーンは多々ある。
そして。今目の前に配膳されたこれらは手作りの料理なのである。
「ん~!!これ美味しいね、ゴーマン!」
「そ、そうか……」
「うん。トマトとナス、そしてひき肉にしそをまぶしてチーズをのせただけなんだよね?!
それでここまで美味しくなるなら、私も今度挑戦してみようかな?」
「……ああ」
Q.この料理の誰の手作りでしょうか
A.俺ですが、なにか?
主人公が作った料理です、なんてちゃちな答えではない。そもそも彼女は怪我をしていて、少し寮から離れている炊事場までも行けない。
今、俺が一番この解答に驚いている。
うん。わかってる。いや、わかっていたさ。
でも、俺を非難する前に俺の言い訳も聞いてくれ。
周囲の認識から人間関係って作り出されるものだと俺は思う。例えばライトノベルだって男友達の一人も出てこない、あるいは主人公とヒロインの関係性を尋ねるポジションの人物がなければ主人公の妄想という悲しい可能性まである。
だから周囲の目を気に……
すみません。ただ、気恥ずかしかっただけです!!
いや、もう半分諦めかけている、というのもあるんだけどさ。
少なくとも自然な流れで自分の知っている原作に戻すのはもう無理だ、ということくらいは理解しているさ。完全に諦めたわけではないけどな。
けれど、無理に流れを変えようとすればするほど、深みにはまっていくような気がしてならないんだ……
人間無心に無欲に動いたほうがいいことがあるかもしれない。と思う。
だからって、この状況はほんとに酷いけどな?!
何故生前考えた黒歴史“異世界に行ったら~現地で美少女を落とすための最強料理集”のレシピを使って主人公に手作り料理を作っているんだよ、俺?!
落としたいけど、落としたいけど……!下手したら主人公だけではなく命まで落とすことになりそうだから、それは遠慮したい。
恋は短期間だから燃え上がるものかもしれないが、俺は物語が終わったその後も幸せに暮らしたいのだ。
とりあえず、“貴族は食事中に喋らない”というデタラメを信じ込ませ、これ以上の会話での好感度アップの阻止を図る。そして、全力で食べて皿を洗って所定の場所に返し主人公の部屋を後にしようとした。
「ゴーマン。帰るの?」
「……まあ、あとは寝るだけだろ?それとも添い寝でもして欲しいのか?」
早く帰りたいがために、軽口を叩いておく。ゲームでは別れ際にこういう言葉が出てきた場合、大抵問題なくその人物と別れられるからな。
「な、何言っているの?!そ〜いうのは、もうちょっと大……
とにかく!!今日私沐浴できてないの!」
だが、この主人公はどこまでも俺の上を……え?ご褒美イベントですか?
……………………………………………………とりあえず、思ったことはただ一つ。
この流れは乙ゲーじゃなくてギャルゲのイベントだよねぇ?!少なくともCG回収できるシーンだよね?!
主人公の好感度と俺ルートイベントは、もうフラグ折れないところまで来ているのかもしれない。そう考えて俺は戦慄した。
あれ?ゴーマンが主人公にたいして丸くなっている?
でも、主人公に丸いゴーマンはつまらない、と作者は考えます( ̄ー ̄)
やっぱり演技でも辛く当たらなきゃ笑