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小話:フィリップの観察日記

こんにちは。あっしはフィリップ、というまあ、貴族様の付き人という名の護衛です。

ここタンポポ学園では貴族様の子弟のため、2人まで付き人(要学費)を認めています。


とは言っても、多少同年代より強い程度の実力しかありませんが。ないよりマシ、とつけられた存在と覚えていただいて構いません。

実際、独断行動を好む主につけられてしまったので、護衛として怠慢と謗られないか、日々恐々としています。

今日はそんなあっしの1日を記録しようか、と思います。


ゴーマン様、つまりあっしの主の朝は早いです。あっしは決して寝起きが悪い方ではないのですが、ほとんどの場合ゴーマン様の方が早く起きます。

そして、あっしが起こされて1日が始まります。

「フィリップ……フィリップ、起きろ」

「ふぁ……おはようございます、ゴーマン様」


朝、起きると顔に真っ赤な足跡をつけたゴーマン様が大抵います。どんな寝相をしたらそんな風になるのか、不思議でなりません。

「……毎朝、毎朝、蹴られに行くなんて俺も学習しないな」

「…………?何か呟きましたか、ゴーマン様」

「いや、言っても無駄だからいい」

「そうですか」


気になりますが、いい従者程沈黙に強いものです。あっしは支度をして、朝の仕事をします。


ゴーマン様はとてもストイックです。食堂へ行くのも、朝の日課が終わってから。

大体、登校時間の三十分前に慌てて朝食をとってから学校へ向かいます。

ですので、あっしは大体その時間に合わせて自分の分とゴーマン様の分とを取っておきます。

そんなあっしの様子を見て、貴族様だから寝坊して従者にとらせているんだ、との陰口もありますが、決してそんなことはありません。


今日は少々戻りが遅く、平民と貴族の両方が利用する食堂も閑散としてきました。

あっしは既に自分の分を食べ終え(本当は主を待つべきなのですが、ゴーマン様が構わないとおっしゃっているので好意に甘えています)、手持ちぶさたになってしまいました。

「……そうだ」


実は、あっしにはまだ一つやり終えていない仕事がございます。俗にいう、毒見、というものです。

普段、ゴーマン様はあっしという付き人を見せびらかせたいのか、もしくは毒の対策をしてあると主張したいのか、目の前でやらせたがります。

しかし、今日は見せる相手もいない程、食堂は空いてしまっています。これでしたら、もう済ませてしまっても問題はないでしょう。


あっしと同じランチセットをとった、ゴーマン様のプレートには短粒米と漬物、ほうれん草のお浸しがあります。

まずは、漬物から。萎びた緑色をしているキュウリを糠でつけた一品です。

それを、これまた、箸の裏で自分のお膳に移したご飯とともに頂く。


これが非常に美味なのです。


……はっ。いけません。


異物の味がしないか感じなければならないのに、美味しさに気をとられて忘れていました!

もう一口…………もうちょっと……


パク……ゴーマン……様……遅い……なあ……

「ふぅー。フィリップ、御苦労様」


そんな事をしていると、ゴーマン様がかえって来ました。

あっしは最後のお浸しを飲み込み…………何事もなかったかのように申します。

「毒見はすませておきやした」

「……そうか、で毒見のすんだ物は?」


あっしは空になったお膳を指すか、自分のお腹を指すか迷って空になったお膳を指します。

「おばあちゃーん!なんかないー?!」

「貴族様のおきに召すようなものはないよっ!」

「じゃあ、おきに召さないような物はっ?!」

「食用蛙なら。まあ、好みが異常な貴族様にはぴったりかもね?」


それを聞いてゴーマン様の頬が引きつります。

あっしは申し上げます。

「ゴーマン様。あっしもお付き合いしやす」

「フィリップ……って、元々原因はお前だっ!」


拳を頂戴いたしました。



蛙を食堂のおばあちゃんから受け取り、校庭で火を起こします。

ゴーマン様は、せっかく運動した後だから栄養を摂取しておかないと、とか先程からブツブツおっしゃっていますが、何のことかはさっぱりわかりません。

ただ、ものの五分で尻から串刺しにされた蛙の姿焼きを取り上げ“上手にやけました~”とおっしゃられたので、復唱したら怒られました。


それにしても、懸案事項が2つあります。

1つは登校時間が差し迫っていることです。今日はゴーマン様がいつもより遅かったことが連鎖してこうなっています。


では、もう一つは、というと。


あっしはゴーマン様が目を瞑り大口をあけて、蛙をかぶり付こうという様を眺めます。

余程お腹が空いていたのか、一気に半分程を噛みきろうとして……弾力に押し返され口の中から蛙をだしました。皮を剥がれ、血抜きをされた後のそれに歯形がついて、少々バッチいです。


そう。あの蛙、まだ中まで火が通ってないのに食中毒を起こさないかなぁ、ということです。たった五分たきぎで炙ったくらいじゃ、それだけの質量の物体を熱しきれませんよ?

その時、鐘の音が響き渡りました。授業が始まる五分前の合図です。

「ゴーマン様、時間が……」

「ああ、わかってる」

「これ以上もたつくと遅刻しやす」

「覚悟を決めろ……俺……。

遅刻間際に生焼けの蛙を走り食いしながら、学校に行くだけじゃないか。


……って、どこぞの男子高校生でもやらんわっ!」

「でも、“遅刻、遅刻”と走って登校すれば素敵な出会いがある、っていう噂はありやすよ」

「出会った相手が蛙の姿焼きを食っていたら、間違えなくそれは厄日だ!」


想像してみると、確かに。あっしもそんな方に出会ったら、お祓いに行くに違いないです。

そもそも、ゴーマン様にはお付き合いしている方が二人いらっしゃいます。


でも、それなら――

「あっしに今日、素敵な出会いがあるかも知れない、ってことっすね!」

「ポジティブでいいねっ!」

「さあ、可愛い天使を捕まえに行きやしょう、ゴーマン様!」

「あー、もう。遅刻、遅刻!」

「遅刻、遅刻~!」


結局、遅刻はしませんでしたが、出会いもありませんでした。

学校の放課中、あっしは様々な事をしています。“ゴーマン様を影で支える会”――元は“ゴーマン様ファンクラブ”との名だったのですが、ゴーマン様が恥ずかしがるのでこう改名しました――のメンバー同士で情報を交換し合ったり、ゴーマン様のノートを写したり。


学校の授業も、最近では少しずつ起きていられるようになりました。

というより、少しでもウトウトすると指でつつかれるようになったからです。最近の席替えで近くの席になった奥様達も、同様の事をされるとおっしゃっておりました。

ただ、ゴーマン様がお二人をつつかれる時、“スキンシップ……したくないが……いや……でも……”と葛藤されるのは気になります。

二人の寝顔を見つめていたいのでしょうか?


あっしにはまだわからないやりとりですね。

「とあるように、その古代契約魔法――通称 ギアスレターは失われた……。その失われた魔法の効果はわかるかね、ゴーマン」

「人に約束を絶対に守らせる魔法です」

「その通りだ。かつて、この学園も……」


それにしても、授業、ってなんでこんなにも眠いんでしょうか。意識が――


さて、放課後にうつります。ゴーマン様はよく校庭を走っています。他にも最近は道場で受け身の訓練をされています。

あっしはその横で勉強することにしています。始めは身体を動かすゴーマン様につられて、運動しておりましたが、最近は専ら学校の授業用ノートを写させていただいております。


というのには二つ理由があります。

一つは、小さい頃からゴーマン様の盾となり、相討ちにしても敵を排除せよ、と育てられたあっしには、失礼ながら訓練が軽すぎること。


もう一つは、あっしは馬鹿ですので1月半後のテストで追試を課されてしまうのではないか、ということです。

前者はともかく、後者はゴーマン様の名誉にも関わることです。だから、せめて平均点をと日々努力をつんでいます。


自分の分を写し終えて、校庭に設置していると、緑茶が差し出されました。あっしはありがたく頂いて、それを差し出してくれた人物を見ます。

「ありがとうございやす」

「いえいえ。フィリップ様」


ネネ様です。本来末端とはいえ、貴族なのだからあっしに様付けする必要はないのですが、彼女はゴーマン様の実家を尊敬しているのか、こう呼びます。

分厚い陶磁器に淹れられた熱いお茶を啜ると、晩春の陽気に丁度よい温さで、彼女のセンスのよさがうかがえます。

「でも、これゴーマン様達にとっては熱すぎやせんか?」


元々、彼女はゴーマン様達の運動後の飲み物を用意する係なのです。

「ふふっ。そう思って井戸水で冷やしています」

「お見事!さすがっす!」


そんな風に会話をしていると、グラウンドからも声がしてきました。

「ゴーマン~。早いよー!」

「…………」

「待ってー」

「………………」

「“幻影夢音”様!おいてかないでくださいっ!」

「……………………」

「リフラ・ルーイ、ブロッコ・ルーイ!

まだまだ今日のノルマには全然足りないぞっ!足を止めるなっ!」

「…………………………なんだ、この青春ドラマ。

いや、ジャンル的には合っているのかもしれないが、なんで主人公と一緒に行動の連鎖から抜けられないんだよ、俺。

でも、下手に言って平日の練習を辞められても困るし……」


一見、ゴーマン様は目を虚ろにして、何も知らない風に走っています。

でも、みんなで走っていることは、きっと嫌がっていないんだと思います。ほら、辞められても困る、とおっしゃっています。

「ふっ、副会長。嘗めてもらっては困りますな。さあ、みんな後27周気張っていくぞっ!」

「これ、落とし神でなきゃ解けない……」

「「「「「押すッ!」」」」」

「……ような難解な……

お、押すッ!…………って、しまったぁぁぁああああ!」


ほら、掛け声も出しています。

昔から、ただ一生懸命なお方なのです。



夜、あっしは寝た後もゴーマン様は起きています。そして、夜な夜な何処かへ出掛けていきます。

そして、あっしはそんなゴーマン様に気付かれないように護衛をしております。


え?寝てたんじゃないですかって?


くくっ。

あっしはゴーマン様が努力している姿を見られたくないことを、知っているのです。

どうやら、今日は校舎内で練習をするようですね。

「いいね、いいね、最高だねぇ!愉快に……いや、この方向は間違っているだろ」

「知るかってーんだよ。俺はお前らと……これも、多分違う……」

「そうだ、あんたらはそれでいいんだ。あたしが見本を……女か、俺は」

「というか、俺の中の悪役へのイメージって……」


Orz。

まさにそんな感じのポーズを繰り返し、試行錯誤をを重ねていきます。

何の訓練でしょうか?腹芸とかその類いかもしれません。


そんな姿を見ていたら、あっしもなんだかじっとしていられなくなり、この主を守るためにあっしができることをしよう。そんな風に思えてきました。

恐らく、あと二時間はあの校舎から出てくることはないでしょう。


さて、あっしも訓練しますか。

校舎の横に立て掛けておいた木刀を持とうとすると、手に刺が刺さります。


――この木刀も変え時かもしれないっす。


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