エピローグ 百年後のカルテ
【エピローグ】――ここから先は、剣崎アラタのいない世界の話である。
──百年後。
大陸で最も古い医学校の資料室に、一冊の色褪せた記録簿が保存されている。
表紙には、こう記されている。
〈有害事象記録簿──ここに記された全ての名は、未来の誰かを救うために記される〉
その第一頁には、三人の名前。
そして、その後ろには、数百人の名前が、途切れることなく続いている。誤診された者、薬を間違えられた者、耐性菌で死んだ者、そして──それによって変えられた仕組みの記録が。
医学生たちは、入学の日に、必ずこの部屋に連れてこられる。
そして、最後の頁を見せられる。
そこには、一人の医師自身の名前が、書かれている。
〈剣崎アラタ。──自らを患者リストに書き忘れ、心疾患の発見を三年遅らせた。教訓:医師は、自分自身の主治医にはなれない。必ず、誰かに診てもらうこと〉
そして、その下に、三代目の学長トトの筆で、こう添えられている。
〈この記録は、先生ご自身の希望により、本人が記入した。──"俺の失敗を、消すな"と〉
案内役の教官は、必ずこう締めくくる。
「──さあ、諸君。ここから先は、君たちが書く番だ」
その年の新入生の一人が、最初の実習で薬の量を読み違えた。患者に害はなかったが、少年は泣きながら記録簿を開いた。
教官は叱らず、隠さず書けたことを褒めた。そして同じ間違いを防ぐ新しい目盛りが、翌週には全診療所へ配られた。
医神の奇跡ではない。失敗を未来へ渡す、名もない人々の仕組み。それこそが、剣崎アラタの残した医療だった。
――【完】――
聖女様、その回復魔法では患者が死にます |
――ちなみに。
その資料室の隅には、もう一冊、薄い記録簿が置かれている。
表紙には、こう記されている。
〈聖女エリス手記 ── 医神と呼ばれた男の、主治医であった者の記録〉
中身は、まだ誰にも公開されていない。
【後書き】
【完結にあたって】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語で書きたかったのは、「天才が世界を救う話」ではありません。
「天才がいなくても回る仕組みを、遺す話」です。
もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークと評価をいただけると、次の物語を書く力になります。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
「防げた死を、仕組みごと消し去る」――個人の腕には限界があると悟った一人の医師が、二度目の人生で、自分がいなくても回る医療を遺すまでの物語でした。
彼が最後に遺した言葉を、もう一度だけ。
――医師の第一の患者は、患者である。そして第二の患者は、医師自身である。
どうか、あなたご自身も、大切な患者として。
ご感想・評価をいただけましたら、これ以上の励みはありません。




