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10発目 寺来薙心と薙ぎ払う心

「京魔くぅぅぅぅん!」


私は叫んだ。京魔くんの遠くなる背中に向かって。

──疾い。さよならと意を決した京魔くんは"水平移動"。背筋を伸ばして、腕を大きくふらず、お散歩の姿勢のまま、全開の闇の扉にむかって、かっとんでいる。まるで超速の水平型エレベーターを優雅に歩く超体幹の持主。彼は闇の扉の引力に屈したのではない。自らの意思でとびこむと決めたのだ。そうに違いない。格好いい!


──じゃなくて!


京魔くんとの私の距離は目測、18m。

厳密に言えば、体育祭で保健室で京魔くんが寝ていたベッド9台分! 当時、私が2mと実測したのだ。信憑性は非常に高い!

低空飛行する一反木綿の環さんに乗っている私は、片膝をついた姿勢で右手を準備。京魔くんの左手を狙う。

「環さん! "がんばって"!」ぐいっとバイクのアクセル吹かす勢いで環さんの肩かもしれない部位を前のめりに揉み込んだ。

お願いします環さん。私に力を貸して。グイッ。

──どうやらクリティカルにツボを刺激したようだ。だって聞いたことない声がしたから。


「あぁ〜」環さんの極楽の声。温泉に沈む中年な声。


──あぁ〜。


環さんの意識は"十年前"に飛んだ。



私は死んだ。


201X年。春の夕暮れ。

霊になって四年が経った。

私は、日の光も、雨音も、人の声も届かない、寺の"地下墓地"にいた。地上では春が終わりかけているのに、そこだけはずっと夜みたいに冷えていた。


あなたは、"ここ"で迷子になっていた。


「お母さぁ〜ん! お母さぁ〜ん!」


あなたは物心がついた時から、だだっ広い寺の墓地をあちこち一人で彷徨うろついていた。親の目を盗んで、言いつけを破り、迷宮のように続く、テレビ取材が来るほどのアトラクションな墓地を、一人で。

案内板の地図すら読めない幼きあなたは墓地の"地下五階"で泣き叫んでいた。


冷えた黒の大理石が、床、壁、天井にも広がっている格式高い造りだ。墓地とは思えないほど立派な大広間から、数多に分かれた幅の狭い通路が右へ左へ、直線と直角だけで延びていて、まあ、早い話が墓地迷路ね。


それだけじゃない。墓石は、檀家ランキング一位と名高い庵治石あじいしで規格統一。どこを見ても壮観、どこを曲がっても格式。大人が見れば「おお、ありがたい」と手を合わせたくなる造りだけれど、地図も読めない子供からすれば、全部同じ黒くて冷たい景色にしか見えない。

しかも、野暮ったい出口表記や道中の案内表記は、格式のために外されたとか。言い出した檀家

の一言はこう。

『外さないの? 檀家やめちゃおうかな〜? チラッ』

即、外された。墓石の陰から私は眺めていた。

寺の者が泣きながら『がんばって作ったのに!』と表記を外す姿は、気の毒で、滑稽であった。

大人には格式。檀家には満足。けれど、子供にはあまりにも非情な地下五階であった。


「お母さぁ〜ん! うわぁ〜ん!」


地図も持たない迷うべくして迷ったあなたは、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、右へかけても、左にかけても、出口へ続く非常階段すら見つけられない哀れな子。足音を鳴らせば大きく響く。だけど地上の人の耳には届くはずもない。腹をすかして、ぐぅ〜と大きな音をたてて、うずくまっていた。


「ぐす……ぐす……おかぁ……さん」


「たまきさん、あの子どうするたい? 消灯もうすぐたい?」

おっさんの地縛霊、ゴリラ顔のたけしさんがあの子を指差して野太い声で心配している。灯なしではいよいよお陀仏。あの子に私達が"見える"かしら? まぁ、ものは試しね?

「たけしさん。かけ声かけて。景気良くね?」

「おぉ……? よし! いくど! たまきさん!」

融通がきくたけしさん。無茶振りにも景気良く答えてくれる。私も景気良くいっときますか?

「はぁ〜い」

ぽんと湯煙を立たせて私は人型に変化。

白浴衣に蒼白い帯。手足はあるけど、ちょっと薄く透けてるわ。最近、心地よいことがないからかしら?

不安気に浴衣をひらひらさせているとでかい後押しの声が飛んできた。

「あとはまがせた! たまきさん!」

あら?景気のいい声だこと。

「はぁ〜い」パッ。うん。ちょっと明るくなった。人に見えるくらいには。たけしさんどうも。


「……ぐすっ! ……ぐす!」


薙心なこ薙心なこ」  


子供の成長は早い。頬を触るだけで分かる。

地下一階から地下四階を抜けてきたんだもの。

立派な寺の娘、いや冒険者なのだ。ジャンプ、うんてい、幅一足分の平均台、あらゆるアクションを乗り越えてきた証なのだ。誇りなさい?

「おぉ!? たまきさん? なんでこの子の名前しっとると?」

「お盆の時、この墓地で家族が呼んでたじゃない?」

「なるほどぉ〜」

私は、うつむいたあなたの頬をぺたぺたと、触り続けた。大きくなった。


──ほんと、大きくなった。


餅のような頬がこちらに振り返った。

お母さんにでも結ってもらったハーフツインがほんの少し跳ねた。


「……?」


くりっとした瞳が私の視線とぶつかった。まつ毛が長くて、目尻だけ少し狐みたいに上がっている。怯えることもなくジッと見つめて。

縮こまった、丸っこい小さな手をそっと繋いだ。大丈夫。怖くない。


「出口はこっち」


よいしょと、あなたを引っ張った。コロコロとした足で立ち上がるあなた。まだ軽くて風が吹いたら転がってしまいそうな体。

四歳になった。泣き止んだ。強い子。

お腹のことも、迷子で泣いてたことも気にもせず、私から目を離さず、あなたはゆっくりとお手手を離さず歩き出した。

こつぅん、こつぅん、とこの子の足音が大理石の床に壁に天井に、ちょっぴり景気良く、響いていたかもしれない。


そう、景気良く。


あれから十年。あなたは中二になった。ケツバットした。好きな人と同じクラスになった。背が伸びた。街路樹に毎日突っ込んでも、次の朝にはこともなげに墓地掃除。大したものだ。


薙心なこ。あなたは大きくなった。強くなった。

薙心なこ。あなたはお父さんにそっくりよ?


バカで、一途で、喧しくて、少し気が利かなくて。

忘れ物をして慌てたり、時刻表を読み間違えて終電を逃したり、寒い夜に二人で寄り添うしかなくなったり。

それでも、何も言わずに私を温めてくれた。

寂しさも、悲しさも、独りぼっちだったことさえ忘れてしまうくらい、


この世から離れられないくらい、


嬉しい毎日をくれた。


そんなお父さんにそっくりなあなた。

だって、脈絡もなく、こともなげに、毎日言うじゃない?


『今日も可愛いね?』って。

本当に、そっくり。


薙心なこ





────私に似なくて、本当によかった。

 




ごめんなさいね。

お母さん、身体も心も弱かったから、すぐ死んじゃった。あなたを置いていってしまった。


それなのに、あなたは、丈夫で、逞しく、温かく育ってくれた。お父さんに似てくれた。

それが、堪らなく嬉しい。


私に似なくて、本当によかった。


薙心なこ。薙ぎ払いなさい。どんな試練も理不尽も。

あの人の涙だって薙ぎ払える。

悲しみも、苦しみも、迷いも、なんだって。


薙ぎ払える心。

それが、私があなたに授けた名前よ。


あなた風に言えば、ぶっとばす心?


ふふ。物騒な子。



───『環さん! "がんばって"!』



薙心なこ



お母さん、もうちょっとがんばるからね?



薙心なこ


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