オタク
「なあ、聞いたか? 今日も桃花ちゃん、山田に『そのキーホルダーのアニメ、ウチも知ってるー!』って普通に話しかけてくれたらしいぞ!」
「マジかよ……! 天使、いや女神だろ。鳴上さんや生徒会長みたいな高嶺の花とは違う、俺たちのような底辺にも分け隔てなく光を与えてくれる……!」
放課後の図書室の隅で、俺たち日陰者のオタクグループは、熱っぽい吐息を漏らしていた。
岸辺 桃花
学校の美女ランキング第三位に君臨する、派手な金髪のギャル。
本来なら俺たちのような陰キャとは一生会話すら交わさない人種のはずだが、彼女は違った。廊下ですれ違えば「あ、おはよー!」とフラットに挨拶してくれ、落とした消しゴムを拾えば「ありがとー! 助かった!」と100点の笑顔を向けてくれる。
俺たちは彼女を『オタクに優しいギャル』と呼んで崇拝していた。
(あんなに良い子なんだ。見た目は派手だけど、中身は純粋に違いない)
(もしかして、チャラい男より俺たちみたいな誠実な男の
方が好きなんじゃ……ワンチャン、あるんじゃないか?)
そんな、都合の良い甘い幻想を抱いていた。
だが、桃花ちゃんからすれば、それはただの「誰にでも壁を作らないフラットな態度」でしかなかったのだ。俺たちに特別な好意があるわけでも、オタクに優しいわけでもない。
その残酷な真実を、俺たちは最悪の形で知ることになる。
⸻
その日の放課後。
俺は日直の仕事で、旧校舎の裏手にあるゴミ捨て場へ向かっていた。
「……ん、ちゅっ……れろ……っ」
夕暮れの静寂の中、人気のない備品倉庫の裏から、何やら奇妙な水音が聞こえてきた。
「……え?」
ぴちゃり、ちゅばっ、という、ひわいで生々しい音。
そして、甘ったるい女の鼻声。
「あきとぉ……んっ……どう……? きもち、いい……?」
「……おい、歯ぁ立てんなよ」
「ごめぇ……っ……んむ……じゅる……っ」
俺は心臓を跳ね上がらせながら、倉庫の陰からそっと覗き込んだ。
そして――俺の淡い青春の幻想は、音を立てて木っ端微塵に粉砕された。
壁に背を預け、気怠そうにポケットに手を突っ込んでいる男。
音村 暁人。学園の最底辺、関わってはいけないクズ不良だ。
そして、その暁人の股間に顔を埋め、地面に跪いているのは。
「と、桃花……ちゃん……っ!?」
声が出そうになり、俺は両手で必死に口を塞いだ。
俺たちの純潔な女神。オタクにも優しい、天使のようなギャル。
その彼女が今、ただの不良の前に四つん這いになり、恍惚とした表情で、彼の“モノ”を熱心にしゃぶっているのだ。
「んんっ……ちゅば……あきと……おいしい……っ♡」
「……マジで上手いわ、桃花」
「ありがっ…とっ♡ じゅる……じゅるる♡」
桃花ちゃんは、俺たちに向けたことのないような、とろけきった『発情した女』の顔をして、暁人の太ももに頬を擦り付けていた。
そこには「オタクに優しい純粋な女の子」の面影など微塵もない。
ただ一人のヤバい男の快感に溺れ、完全に服従することに悦びを見出している、狂った依存者の姿しかなかった。
「……ッ、あ……ぁぁ……」
俺の目から、ポロポロと惨めな涙がこぼれ落ちた。
俺たちがどれだけ彼女を神聖視し、SNSで語り合い、わずかな会話で一喜一憂していたか。
その裏で、彼女はこんなクズ男の足元に跪き、涎を垂らして奉仕していたのだ。
(ふざけんな……ふざけんなよ……ッ!)
俺たちに「ワンチャンあるかも」なんて勘違いさせたのは、お前じゃないか。
俺たちに笑顔を向けたその同じ口で、あんな男のモノを嬉しそうに咥えているなんて。
「……絶対に、許さない。あのビッチ……俺たちの純情を弄びやがって……ッ!」
俺は血の涙を流しながら、夕暮れの旧校舎を逃げるように走り去った。
この日、俺の中で「オタクに優しいギャル」という神話は死に絶え――代わりに、底知れない憎悪と、狂った逆恨みの炎が静かに燃え上がり始めたのだった。




