小鳥遊 悠里
「あーきと!」
「悠里……」
「ちょっと! 久しぶりのデートなのに、なによその顔は!」
待ち合わせ場所に現れた悠里が、不満げに頬を膨らませた。
「あ、ああ……ごめん」
「もーーー! 今日のデート、すっっごい楽しみにしてたのに! そんな顔じゃ台無しだよ!」
「そうか……そうだよな! わりぃ!」
「そうそう! 笑顔で楽しくデートしたいの!」
俺は無理やり頬を叩いて気合いを入れた。
「よし! 今日は全部俺が奢るぜ! ……できれば、一万円以内で……」
「もー、かっこつかないなぁー。暁人はお金無いんだし、いつも通り私が出すよー」
「それじゃ行こーー!」
前を歩く悠里の背中を見つめる。
……悠里、やっぱり可愛いな。前よりもずっと可愛く、そして綺麗になっている。
ダークブルーのハッシュカットで、毛先には緩いパーマがかかっている。メイクは最近彼女がハマっているという韓国風のスモーキーメイク。同世代の女と比べても、ハッとするほど大人っぽく色気がある。ぷるんとした唇に光るリップピアスが、彼女の顔立ちによく似合っていた。
服装も韓スト系で、カッコよさの中に絶妙なセクシーさを醸し出している。
「ねえ」
ふいに、悠里が振り返って俺の首元を指差した。
「その首にたくさんある赤い痣、どうしたの?」
――心臓が、ドクンと跳ね上がった。やばい、やばい、やばい。
「え! ……あ、あのー、あれだ! 昨日外のベンチで寝ちまってよ、起きたらめっちゃ蚊に刺されてたんだ」
「ふーん……」
悠里の瞳が、スッと細められた気がした。だが、彼女はすぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
「まあいいや……。あっ! あのお店、可愛くない?!」
あっぶねえ……。なんとか誤魔化せた。悠里がそういうのに鈍くて助かったぜ……。
「…」
⸻
「んーーー! 今日は楽しかったぁーー!」
「だな。悠里との久しぶりのデート、楽しかった」
「私もーー! ……で・も・! まだ楽しい事、あるよねー?」
悠里が俺の腕に身を寄せ、上目遣いで悪戯っぽく笑う。
「ははっ、そうだな……。宿泊にする?」
「うん! 久しぶりなんだから、いっぱい暁人を感じたい!」
「おっけー、タクシー呼ぶわ」
「はーい! でも、タクシーで行くの少し恥ずいカモ……」
「気にしなくていいって。前に空といっ……」
や、やべぇ! つい口が滑っちまった!
「あ、あの……」
「……」
一瞬、悠里の歩みが止まった。空気が凍りつく。
「大丈夫だよ鳴上と付き合ってた時の事、不意に口から出ちゃったんだよね?」
「そ、そうそう! マジでごめん! 元カノの名前出しちまって!」
悠里はしばらく無言で俺の顔を見つめていたが、やがてふわりと微笑んだ。
「うん、大丈夫だよ。……次からは気をつけてね?」
「お、おっけー! 気をつけるわ!」
⸻
ホテルの一室。
久しぶりの、愛する悠里との行為。嬉しくて、幸せなはずなのに。
(……全然、物足りない)
俺の脳内は、どうしようもなくバグり始めていた。
空のような、魂まで吸い尽くされるような異常なテクニックがない。
翼のような、理性を吹き飛ばす圧倒的で暴力的な肉体の魅力がない。
桃花や理衣の言いなりになっていた時の、あの屈辱と痛みに混じる異常な興奮がない。
前なら、悠里と身体を重ねるだけで最高に幸せで、興奮していたはずなのに。今回は途中からだるくなり、あやうく中折れしそうになった。
(クソッ……空に狂わされた日から、俺の頭も身体もグチャグチャだ……!)
前なら、こういう悩みも悠里に相談していた。だが、こればかりは絶対に言えない。
「お前じゃ興奮できない。他の女たちの異常なシチュエーションじゃないと満足できない身体にされた」なんて。
俺は、本当に大切なものすら真っ当に愛せなくなってしまったのか。
激しい自己嫌悪に、吐き気がした。
⸻
「今日はあそこ行こー! 荷物持ち、ヨロシクー!」
「おけー」
翌日。ショッピングモールで悠里の買い物に付き合っている最中だった。
向こうから歩いてくる派手な女に、俺は見覚えがあった。
「あれっ! 悠里!」
「わっ! とーか?!」
(……嘘だろ)
この状況で、一番会いたくない最悪の女がそこにいた。
「めっちゃ久しぶりじゃん! 中学の卒業式以来?」
「だね! てか悠里、今何してんの?」
「キャバだよー」
「そうなんだ! 身につけてるブランド物見る感じ、かなり稼いでるなー!」
「ふふーん! 先月はナンバー2でした!」
「マジ! やばー! 確かに悠里、昔から可愛かったもんねー。今はもっと可愛くなってるし!」
「ありがとー! 今度ご飯行こ? 奢るよ!」
「さっすがナンバー! 太っ腹〜。ウチめっちゃ食うからね」
「おう! なんでも来い!」
(クソッ……やべぇ……どうしよう……マジでどうしよう)
悠里と桃花が同中だったなんて。俺は背中に冷や汗が滝のように流れるのを感じていた。
「……んで、そっちの二人はどんな関係?」
桃花の視線が、ゆっくりと俺に向けられる。
「これ私の彼氏! 暁人! 格好いいっしょ!」
悠里が俺の腕に抱きつきながら宣言した瞬間――桃花の顔から、スッと表情が消えた。
だが、次の瞬間には、ゾッとするほど冷たい笑みが口元に張り付いた。
「へーーww そーーなんだww 彼氏、ねぇ……。いつから付き合ってんの?」
「半年とちょっと前くらいかな……暁人から告白してくれたの」
「ふふ……そうなんだ……。すごーい、お似合いだねーww」
桃花の目が、俺を射抜いている。「ウチをキープにしてたあの時期から付き合ってたんだね?」という明確な殺意が伝わってくる。
「でしょー! とーかは彼氏居るのー?」
悠里が無邪気に聞く
「いや、居ないよー。ちょっと前までは居たけど、盗られたー」
「え! そうなんだ……ごめん……」
「いやw 気にしないでー。そいつ実はさ、ウチとは別に彼女がいて、二股どころか三股掛けてたクズ男だったんだよ! だからマジで気にしないで!」
桃花の言葉のナイフが、俺の心臓をグサグサと刺しにくる。
「そーなんだ……ひどいね。こんなに美人なとーかに三股掛けたなんて……最低だね!」
「www……うんw。まっ、この話は終わり! インスタに後で連絡するねー」
「おけー、楽しみにしてるね!」
桃花が踵を返し、去り際にちらりと俺を見た。
「ウチも楽しみ! ……それじゃ……彼氏さん。カ・ノ・ジョを、大切にね……」
「あ、ああ……」
桃花の背中が見えなくなった後、悠里が俺の顔を覗き込んだ。
「とーか可愛かったでしょ?! 浮気しちゃ駄目だからね!」
「……もちろん」
俺は引きつった笑顔を返すことしかできなかった。
それからのデートは、生きた心地がしなかった。




