副会長
一条 翼は、この学園における絶対的な女王だ。
容姿端麗、成績は常にトップ。理事長の令嬢という圧倒的な権力を持ちながらも、誰に対しても分け隔てなく、凛とした態度で接する。
そんな完璧な彼女を支える生徒会副会長である僕、真田は、密かな誇りと自負を抱いていた。
(いずれ、僕が彼女の隣に立つ。彼女に相応しいのは、僕のような選ばれた人間だけだ)
最近の翼は、以前にも増して美しさに磨きがかかっていた。時折見せる艶っぽさや、ふとした瞬間に漂う甘い香りに、僕は胸を高鳴らせていた。きっと、僕との未来を無意識に意識してくれているのだと、本気でそう信じて疑わなかった。
あの日、放課後の生徒会室に忘れ物を取りに戻るまでは。
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「……んっ、はぁっ……あきと……っ」
誰もいないはずの薄暗い廊下。
少しだけ隙間の開いた生徒会室のドアから、信じられない声が漏れ聞こえてきた。
「……おい、声出すな、誰か来たらどうすんだよ」
「ふふっ、誰も来ないよ。それに……誰かに見せつけてやりたいくらいだもの」
低い男の声と、甘く、とろけるような女の声。
僕は全身の血が凍りつくのを感じながら、震える手でドアの隙間から中を覗き込んだ。
「嘘だろ……?」
声が、出なかった。
執務用の大きなマホガニーの机の上。
そこで、シャツのボタンを乱れたままにしている男の太ももの上に――僕が崇拝してやまない、あの気高き生徒会長が跨っていた。
音村 暁人
学園の底辺。教師からも目をつけられている、どうしようもない不良のゴミだ。
なんで、アイツが。なんで、翼が。
パニックになる頭をよそに、目の前の現実はあまりにも残酷だった。
「はぁっ……あきと、好き……大好き……。ねぇ、私だけのモノになって? もう、私以外見ないで……?」
「……うるせぇよ、お前は俺のオナホ…生意気言うんじゃねえ」
暁人は、翼の美しい髪を乱暴に掴み、気怠げに息を吐き出した。
僕なら、触れることすら躊躇うような白鳥の髪を。
だが、あろうことか翼は、その乱暴な扱いにゾクッとするような悦びの表情を浮かべたのだ。
「うう♡しゅきい♡暁人しゅきい♡もっと罵って!♡」
「きもっ」
「ッッ♡♡」
普段の、凛とした生徒会長の面影はどこにもなかった。
瞳は熱に浮かされ、頬は紅潮し、口元からはだらしない笑みが漏れている。それは完全に、一人の男に発情し、狂わされた「メス」の顔だった。
「……っ!!」
僕の積み上げてきたプライドが、エリートとしての自負が、音を立てて粉々に砕け散った。
(なんだよ、あれ……。僕の前では、あんな顔、一度だって……!!)
「ねぇ、暁人……。私、暁人の子供が欲しいの。お願い♡
中でビュッてして?」
「……勝手な事言ってんじゃねぇよ。俺は……」
「言わせない……っ。んむ……ちゅっ……」
翼が、暁人の首筋にすがりつき、貪るようにキスを落としていく。
そのあまりにも生々しい水音に、僕は胃液がせり上がってくるのを感じて、口を押さえたまま後ずさった。
「う、あ……ぁぁ……」
逃げるように廊下を走り出しながら、僕の目からポロポロと惨めな涙がこぼれ落ちた。
あんなゴミみたいなヤンキーに、僕の女神が汚されている。
いや、違う。一番絶望的なのは……翼自身が、その「泥の中」に喜んで身を投げ出し、狂ったように彼を求めているという事実だ。
僕がどれだけ努力してトップの成績を保とうと。
どれだけ献身的に彼女を支えようと。
彼女の目は、ただ一人の「どうしようもないクズ」にしか向けられていない。
「……音村……シネ……ッ。マジで……シネェェェ……ッ!!」
誰もいない階段の踊り場で、僕は声を殺して泣き崩れた。
僕の完璧な青春は、あの日、生徒会室の机の上で、最も残酷な形で終わりを告げたのだった。




