第69話「眠らない王都」【挿絵あり】
王都エリクセス。それは、ベルたちが訪れる初めての大都会。
改稿(2020/06/03)
Episode 9: Sins In Unconsciousness/無意識の罪
幻惑の森の暗闇を抜け出した3人の逃走者は、真っ直ぐに続く道をただひたすら歩き続けていた。森を出た頃はまだまだ太陽は高い位置にあり、辺りも明るかったが、3人の進む道はオレンジ色に照らされ始めていた。
もう日が暮れる。昼と夜がアンバランスだったルナトの町で長いこと生活していたため、ベルたちの体内時計は完全に狂っていた。
「あ〜……ねえ、本当にこの道で合ってるの?」
まともな睡眠も取らずに1日以上活動しているリリは、弱音を吐く。
「知らねえよ……」
ベルの身体にもかなり疲れが蓄積されていた。ルナトでの戦いの後も色んなことが起き過ぎている。幻惑の森に入ってから、3人はもともと車で進むはずだった道のりを歩いている。溜まった疲労は計り知れない。
やがて3人は、緩やかな上り坂に差し掛かった。ただでさえ疲れが溜まっている3人の足取りは、さらに重くなった。当然のことながら、上り坂の先には何も見えない。坂を登るリリは、不安を募らせるばかり。
「ね〜え〜っ!もう無理!もうさすがに無理よ。休憩しましょう!」
体力の限界を迎えたリリは、全身の力を抜いて後ろからベルにもたれ掛かる。
「おぉぉぉいっ!」
気を抜いていたベルは、前のめりになった。リリに全体重をかけられて、思わず倒れそうになったのだ。
「こんな、どこかも分からない所で休めるわけないだろ!とにかくエリクセスまで歩くぞ!」
「そんなこと言ったって、私たちエリクセスに向かって歩いているかどうかも分からないんだよ?」
リリは無責任なベルに呆れ果てていた。リミア連邦に追われているだけでなく、月衛隊からも追われていると言うのに。もしこの道がルナトへ続いているとしたら、大問題だ。
「だから、とにかく歩くしかねえだろ?」
そこそこ危機的状況に陥っているはずなのに、ベルは能天気だ。
「もお〜ぉ〜っ!」
「おっ」
再び呆れ果てたリリが言葉にならない声をあげると、ベルが突然声を発する。
「何?」
「何か見えたぞ」
「え、嘘?」
それを聞いたリリは急に元気を取り戻し、ベルの前に駆け出して前方を確認する。
「エリクセス‼︎ベル!間違ってなかったのよ!」
リリはその先に広がる景色を見て、思わず大きな声を出した。ベルと違って、彼女は写真でエリクセスの街並みを見たことがあった。
「え、マジか!」
リリのその言葉を聞いたベルは、目を見開いた。正直なところ、ベルはこんなにすぐエリクセスにたどり着けるとは思っていなかったのだ。
「僕にも見せて〜っ!」
テンションが上がっている2人を見て、アレンも2人がどんな景色を見ているのか気になった。背の低いアレンには、エリクセスの街並みがまだ見えないのだ。
「ほらよっ」
「わーい!きれ〜い!」
ベルに抱きかかえられたアレンは、エリクセスの街をついに視界に捉える。
セルトリア王国の中枢部であるエリクセス。この街は今までベルたちが訪れたどの街よりも大きく、輝いている。
この時すでに日は暮れていて、3人はエリクセスの街明かりを頼りに進んでいた。
「ホントだな……」
ベルは歩きながら、エリクセスの夜景に目を奪われた。いわゆる夜景を目にするのはこれが初めてだったのだ。リオルグの港町も、アドフォードも、ルナトも都会ではない。
エリクセスはベルが初めて見た都会。まるで星空が目下に降りて来たように見えるその美しい光景は、長い間ベルの心を掴んで離さなかった。エリクセスの夜景に目を奪われていると、3人は間もなくその景色を見渡せる丘に到達する。
その小高い丘からはエリクセスの街が手に取るように分かった。普段見慣れない背の高い建造物が建ち並ぶ都会の街並みが詳細に見て取れた。その中には教会があったり、規格外に大きい建物が幾つもあるのが確認出来る。この中に、黒魔術士騎士団の本部もあるのだろうか。
街の中心部には、連なった尖った屋根の目立つ荘厳な建物があった。セルトリア王国と言うくらいだから、それはおそらく王の住む城なのだろう。ベルたちが立つ丘はまだ少し街から離れた位置にあるが、そこからでも城の周辺に人が集まっていることが確認出来た。
「何かあったのか?夜なのに皆外に出てる……」
都会を訪れたことのないベルはそんな言葉を発した。
「そりゃあ都会だもん。う〜ん……何かお城でやってるのかもね」
「夜なのに何かやるのか?」
「セルトリア国王のエノク・ソロモンⅢ世はちょっと変わってるって有名なの。理由は分からないけど、王様は夜しか皆の前に出て来ないのよ」
ベルの素朴な疑問の答えは、リリが知っていた。エノク・ソロモンⅢ世は夜の間にしか公務を行わないことで有名だった。ソロモン王が昼間に公に顔を見せることはない。
「何だそれ?」
「知らないわよ。何か夜しか動けない呪いが掛けられてるーなんて噂があるらしいよ。だから、何かお城でやってるんじゃないの?」
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
エリクセス中心部ソロモン城では、リリの言う通りある式典が行われていた。
城の周囲は背の高い要塞が聳え、外から中の様子を伺うことは出来ない。城を囲む要塞の中には数えきれないほどの市民が駆けつけていて、城の中央階段に国王が姿を現わすのを待っている。
要塞の中に入ることが出来たのは、数少ない幸運な市民だけ。惜しくも中に入れなかった市民たちは、中の様子が気になって要塞の外に集まっている。中から漏れる音を聞こうとでもしているのだろう。
かつてないほど人の集まった城内では、ものものしい雰囲気が漂っていた。人が増えれば警備も増える。城内では、緑の軍服に身を包んだセルトリア王軍の警備部隊が目を光らせている。
エノク・ソロモンⅢ世は国民から慕われる絵に描いたような国王だが、その影にはいかがわしい噂も少なからずあった。それに有名人ともなれば、常時その命は危険に晒されている。セルトリア一有名な人間の出席する式典の中、関係者は息苦しくなるほどの張り詰めた緊張感に苛まれていた。
バタン!
ここに集まった全国民が王の登場をまだかまだかと待っていたその時、階段の行き着く先にある巨大な扉が勢い良く開かれた。
それを合図にファンファーレが王都に鳴り響く。国民が待ち望んだ王の登場だ。
扉の奥から現れた一国の主は、セルトリア王軍のボディーガードに囲まれていた。その数ざっと10名と言ったところだろうか。遥か下で見守る国民たちの視線は、緑色の軍服によって遮られる。
やがて、階段の最上部に設置された式典用の玉座に国王が到達すると、ボディーガードは一斉にその場を離れた。
緑の壁の中から姿を現したエノク・ソロモンⅢ世は、黄金の装飾が施された白い玉座に腰を下ろした。
国王の姿が露わになると、群衆から張り裂けんばかりの歓声が上がる。セルトリア国民にとって国王ソロモンⅢ世をその目で見ることは、この上ない幸せだった。
群衆の前に姿を現したソロモンⅢ世の顔には、深いしわが刻まれている。見たところ60代の男性だろうか。国王は、長い金髪と髭が印象的だった。年を取っているように見えるが、髪も髭も全て金色に染まっていて、若々しさを感じられる。真っ白な衣服に身を包むその姿からは、神々しさまで感じられた。
「よく来てくれた皆の者。我がセルトリア王国は長きに渡って栄え、今もなお世界一の王国として名を馳せている」
ソロモンⅢ世が一言挨拶をするだけで、集まった群衆は湧き上がる。それによって話を遮られた国王は、右手をスッと挙げて、群衆に静寂を求めた。
「だが、振り返ってみればこの国は幾度となく危機に晒されてきた。その度に我が国を救ってくれたのは他でもない。セルトリア王軍と黒魔術士騎士団だ。この2つの組織の存在なくして、今のセルトリアはない!」
「今日これだけ多くの国民に集まってもらったのは他でもない。今宵、素晴らしき騎士たちの活躍を称え、勲章を授与する」
しばらく沈黙を守っていた群衆だったが、これを聞いた途端に再び湧き上がる。国王だけでなく、王軍と騎士団も国民にとって重要な存在であるようだ。
「セルトリア王軍を代表してシド・ウェスカーマン中将、黒魔術士騎士団を代表してナイト・ディッセンバー隊長、前へ」
ここで、玉座の近くに立つボディーガード兼召使いが声を発する。2つの組織の代表者が、それぞれ勲章を授けられるようだ。
間もなく、セルトリア王軍の列の先頭に立っていた人物が玉座の前へと移動すした。
ウェーブの掛かった真っ白な髪と、重いまぶたが眠そうな印象を与えるこの軍人がシド・ウェスカーマンなのだろうか。彼は緊張で固まる身体を動かしながら、ソロモンⅢ世の前で立ち止まる。
続いて、黒い制服に身を包む黒魔術士騎士団の列の先頭から動いた人物がいた。彼もウェーブの掛かった黒髪を持っていて、その瞳は青く輝いていた。おそらく彼がナイト・ディッセンバーと言う人物だろう。
黒魔術士騎士団の制服は、膝下まである丈の長い魔法使いのようなもの。それでいて肩や肘には装甲が付いていて騎士の装いを思わせる。まさに黒魔術士騎士と言った風貌だった。
ウェスカーマン中将に遅れて、ディッセンバー隊長が国王の目前に立ち止まる。そして国王が頷くと、ウェスカーマン中将が最敬礼して1歩前に出た。
「セルトリア王軍の活躍を称え、ここに勲章を授与する。ウェスカーマン中将、これからも王国のためにその力を貸して欲しい」
ソロモンⅢ世は、腕に掛けていたメダルの1つを手に取って立ち上がった。
「もちろんです」
目前に立ったウェスカーマン中将が頭を下げると、国王はその首に勲章をかける。
「ありがたき幸せ」
勲章を授かったウェスカーマン中将は、再び最敬礼した。彼は感謝を全身で表現していた。ウェスカーマン中将が勲章を受け取ると、群衆から拍手と歓声が巻き起こる。
次は黒魔術士騎士団の番。
「黒魔術士騎士団の活躍を称え、ここに勲章を授与する。ディッセンバーM-12隊長、これからも王国のためにその力を貸して欲しい」
「ありがとうございます」
黒魔術士騎士団のディッセンバー隊長は、ウェスカーマン中将と同じように名誉勲章を受け取り、国王に最敬礼した。
群衆が再び沸いた。ディッセンバー隊長はウェスカーマン中将よりも落ち着き払った様子で、すぐにその場を立ち去った。
「これにて名誉勲章授与式を終了します」
閉会宣言を以って、名誉勲章授与式は幕を閉じた。
その後すぐに国王は玉座から立ち上がり、再び軍服のボディーガードに囲まれた。再び姿を隠された国王は、出てきた扉に向かって進んでいく。国王が立ち去ってもなお、群衆の拍手と歓声が収まることはなかった。
この事態を収集するのは、セルトリア王軍の役目。栄光の余韻に浸っていたウェスカーマン中将は、すぐに頭の中を切り替えて階段を駆け下りた。彼には、やらなければならないことが数えきれないほど残されている。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
同じ頃、ベルたちの姿は丘の上にはなかった。セルトリア王国で1番大きなエリクセスの景色を一望したベルたちは、丘を下って夜の街に足を踏み入れていた。
夜に輝く街の明かりは、地上に星空が舞い降りたかのよう。多くの人々が行き交うこの街に、ベルは戸惑いを隠せずにいた。




