第70話「無意識の罪」【挿絵あり】
エリクセスの街に降り立ったベルたちに迫る3つの影があった。
改稿(2020/06/04)
夜を照らす地上の星。天まで届くような摩天楼。ベルは全く新鮮な景色の中で戸惑いながら、胸をときめかせている。
実際に街の中に来てみると、見える景色も全然違って来る。ベルはまるで異世界に迷い込んだかのような感覚に陥っていた。
夜が更けても、人々の行き交う量は昼と何ら変わりない。エリクセスはまさに、夜も眠らぬ街だった。
「おいおい、マジでこの街凄くねえか?」
ベルの気分は、ここ最近で1番高ぶっていた。遊園地に遊びに来た子どものようにはしゃぐベルは、満面の笑みでリリに語りかけている。
「ちょっとベル〜私たちは逃亡犯なんだから、少しは周りの目を気にしなきゃ」
周りの目も気にせず小さな子どものようにはしゃぐベルを見て、リリは心配になった。この街に黒魔術士騎士団の本部があることは分かっているが、そこにたどり着く前に追手に捕まってしまっては、意味がない。
「わ、分かってるって!俺だってバカじゃねえんだよ」
ベルは恥ずかしそうに頰を赤らめた。逃亡犯ファウストは、はしゃぎ盛りの幼少期をずっと牢屋で過ごして来た。彼は失われた青春の時間の埋め合わせをしているのだ。
「面倒なことになる前に、早く黒魔術士騎士団本部を探すわよ!」
「おい、リーダーは俺だぞ!」
「リーダー?何言ってるの?リーダーなんていないわ!」
無責任なくせにこの場を取り仕切ろうとするベルを見て、リリは思わず大きな声を出す。
「?」
そこでベルはリリに言い返すことなく、唐突に黙り込んだ。
「………………どうしたの?」
リリはつい強い口調で責めてしまったことに責任を感じ、ベルを心配して顔を覗き込んだ。
「何か怪しい奴らがいる……」
「え?」
真剣な口調で発せられたその言葉を聞いて、リリはすぐさま後ろを振り返った。
フードで顔を隠した怪しい3人組が、こちらの様子を伺っている。どうやら、後をつけられているようだ。
「何なの、あの人たち……」
「知らねえよ……リミア連邦かもしんねえし、月衛隊かもしんねえ。もしかしたら悪魔かもな……」
ベルは自分の立場を改めて実感した。 ベル・クイール・ファウストは多くの存在から狙われている逃亡犯。片時も心を休める暇はないのだ。ブラック・ムーン事件の濡れ衣を晴らすか、黒魔術士騎士団に入らない限り。
「お兄ちゃん?」
その直後、アレンはいつもと違うベルの表情に気づいた。ベルは何やら真剣な表情で、目をキョロキョロさせている。ベルの視線は怪しい3人組だけでなく、エリクセスの街の様々な所に向けられていた。
「リリ、アレンをしっかり見てろよ。あとで絶対迎えに行くから、待ってろ」
「え?ちょっと何言って……」
ベルは突然走り出し、人混みの中に消えていった。それを見逃さなかった謎の3人組は、慌ててベルを追って走り出す。
「もう!自分勝手なんだからっ!」
その様子を見たリリはすぐさまアレンを抱えると、ベルと同じく人混みの中に潜り込んだ。ただ、彼女が潜り込んだのは、ベルが進んだのとは違う方向だった。
「ハァハァ…………」
思いついた作戦を一切仲間に伝えることなく走り出したベルは、すでに人混みの先を走っていた。経験したこともない人混みに揉まれたベルは、もうくたくただった。
先ほどの場所からある程度離れたベルは、ふと後ろを振り返った。
すると、少し離れたところに怪しい3人の姿を確認することが出来た。謎の追手の正体が何であろうと、リリとアレンを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
取り敢えず、怪しい追手をリリたちから引き離すことには成功した。黒魔術も使えない、武器も持っていないリリとアレンは、強力な追手に到底太刀打ち出来ない。
ただでさえ面倒なことに巻き込んでいるのに、彼らを生命の危険に晒すことは出来ない。危険を被るのは自分だけで良い。それがベルの考えだった。彼はたった1人で、謎の追手を誘き寄せて相手するつもりだ。
「くっそ〜、アイツら誰なんだ……」
ベルは休まず走り続ける。謎の3人組は速度を落とすことなく、執拗に迫って来る。見当はついているが、顔を隠されていては、正体が分からない。
体力を消耗して徐々に走るスピードを落とすベルと、ずっと同じ速度で迫って来る謎の3人組。確実にその間の距離は狭まり始めていた。
「………………」
ベルは走りながら、何度も後ろを振り返っていた。このままではいずれ追いつかれてしまう。ベルはこの状況を打破する策を必死に考える。
だが、ここはベルが初めて訪れる大都会。策を立てようにも、土地勘がなければ何も出来ない。
そこで、ベルは行き当たりばったりの作戦に打って出ることにした。細い路地を見つけたベルは、咄嗟にそこに飛び込んだ。それを見逃さなかった3人組は、当然後をつけてくる。
これでは何も状況は変わらない。3人組がまだついて来ていることを確認したベルは、手当たり次第に差し掛かった角を全て曲がり始めた。追手を錯乱するつもりなのだろう。
この作戦が上手く行くかどうかは分からないが、ベルは敵の目を欺こうと必死だった。やむ終えない場合は戦うしかないが、戦わなくて済むならそれが1番だ。
「⁉︎………ダメか」
必死に逃走を続けるベルだったが、ついに行き止まりに突き当たってしまう。
ベルがたどり着いたのは、街灯が少ない路地。周りの景色が見えないほど高い壁に囲まれていて、街の光も入って来ない。
近くには街灯がたった1本しかなく、辺りは薄暗かった。
ここから抜け出すには、元来た道を戻る他ない。戻ればきっとあの3人組に捕まってしまう。そう思ったベルは諦めて呼吸を整え始めた。もはや逃げることは出来ない。
「……………」
後ろを振り返ったベルは、あの3人組が来るのを静かに待っている。彼らがベルの前に姿を見せるのには、それほど時間は掛からなかった。
夜の闇の中から、顔を隠した謎の人物たちが近づいて来る。不気味な雰囲気を漂わせながら近づいて来る彼らを見て、ベルは固唾を飲んだ。
やがて、3人組はベルの逃げ道を塞ぎ、立ち止まった。
「…………お前ら、誰だ」
ベルは逸る鼓動を抑えつつ、ひと言そう発した。
「お前に復讐する者だ」
重々しく鋭い声が行き止まりに響く。並ぶ3人の中で真ん中に立っていた男は、被っていたフードを外す。
そこにはベルの知った顔があった。ベンジャミンだ。エリクセスまでベルを追いかけて来たのは、月衛隊だった。ベンジャミンに続いてフードの中から現れた顔は、ジム・コリーのものだった。もう1人そこにいるが、その顔はまだ隠されたまま。
「?」
1人だけ顔を見せない人物を見て、ベルは首を傾げる。一体この人物は誰なのだろうか。ベルには皆目見当がつかなかった。ベルが月衛隊の中で顔を覚えているのはベンジャミン・カシリとジム・コリーのみ。他の人物との面識はない。
「よくここまで逃げられたものだ。だが、今日がお前の命日となる」
復讐に燃えるベンジャミンは、怒りに満ちた瞳でベルを睨みつけている。ようやく教皇を殺した犯人の目前に立ったベンジャミンの身体は、怒りで震えていた。
月衛隊は全てを知っていてベルを泳がせていたはずだったが、ベルの抱えたアローシャの力は、彼らの想像を遥かに超えるものだった。
「あの町を離れて良かったのか?教皇が死んだって知られたら、あの町は大騒ぎになるはずだぜ?」
ベルは余計な心配をしていた。教皇を殺した記憶を一切持っていないベルに、罪の意識はない。教皇を殺したのはベルではないのだから。
「その通りだ。町民に知られれば、大変な事態になる。だから教皇様の死は伏せてある。知っているのは我々 月衛隊だけだ」
「じゃあ今頃あの町では、居もしない教皇を想って祈りを捧げてるって言うのか?」
ベルはベンジャミンをあざ笑う。ルナト教は最初から嘘で塗り固められていた宗教だったが、今ではその虚しさを増していた。
「誰のせいでそうなったと思っている?」
「俺は殺してない。お前らは、無実の人間の命を狙うのか?」
ベルはすぐに身の潔白を主張した。それはアムニス砂漠での出来事が思い返されるかのようでもあった。確かに見た目がベルと全く同じ者が教皇を殺したが、それは決してベルがやった事ではない。
「しらばっくれるのか。教皇様は焼け死んでいた。黒魔術士の少ないあの町で、炎の黒魔術を使うのはお前しかいない」
「ちょっと待てよ。俺がやったんじゃない。俺の中にいるアローシャがやったんだ。俺を責めるのは間違ってる。悔しけりゃ俺の中の悪魔を殺してくれよ‼︎」
やってもいない罪のせいで責められる事が、ベルは耐えられなかった。今度は逆にベルが感情的になっていた。
目の前に立ちはだかっているのは、ベルの身体の中のアローシャに恨みを持つ人間たち。出来ることならば、彼らにアローシャを殺して欲しい。ベルは強くそう願った。
「あぁ殺してやるとも。お前を消せば、お前の中の悪魔も消えるはずだ。そうすれば全て解決する」
ベンジャミンにとって、ベルとアローシャはもはや別の存在ではなかった。ベルとアローシャは表裏一体。復讐の修羅は、ベルを消せばアローシャを消すことが出来ると信じ込んでいる。
「分かったよ。俺を殺せばいい。けどな、俺が黙って殺されると思ったら大間違いだぞ」
「その罪を、魂で償え」
ベンジャミンは、背中に携えた巨大な剣を構える。
「うおぉぉぉぉー!」
その直後、ベンジャミンよりも先にベルに襲いかかる人物がいた。ジムだ。
今まで一切戦って来なかったジムだが、今日は違った。彼も敬虔なルナト教信者であり、慕っていた教皇を殺された恨みを少なからず持っていた。
ジムの勇敢な姿を見て、ベルは一瞬怯んでしまう。
ジムは短剣を突き出してベルに飛び掛かるが、その動きはあまりに直線的だった。突き出された短剣は、ベルの手刀で叩きととされた。
「ひぃぃぃっ!」
それにより恐怖に支配されたジムは、声を上げて逃げてしまう。ジムは復讐心よりも恐怖心が勝ってしまうような男だった。ベルに到底敵わないことを察したジムは、他の2人の後ろに下がってしまう。
「コリー、お前には失望したぞ」
ベンジャミンは冷たく言い放った。共通の意思を持つ同志であろうと、役立たずは必要ない。それがベンジャミンの考えだ。
大剣を構えたベンジャミンは、今にもベルに斬りかかろうとしている。
その時だった。
「私がやる」
未だにフードで顔を隠した人物が、ベンジャミンの視界を塞ぐ。その冷たい声は、女性のもののように聞こえる。
立ちはだかるその“女性”に、ベルは異様な雰囲気を感じ取るのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
1人になったベルを行き止まりに追い詰めたのはルナ・ガードのベンジャミン、ジム、そして謎の人物だった。




