第64話「偽神暗鬼」(1)
ベルたちは無事にルナトの町を出ることが出来るのか!?
改稿(2020/09/24)
その頃バーバラの食堂では、エミリアの口から一部始終が語られていた。
エミリアはベルと教皇との戦いを知る唯一の人間。彼女は自身が吸血鬼であることも包み隠さず明かした。それを機に、バートも自身が吸血鬼となったことを明かすのだった。
「アイツ殺しやがったか……」
またしても、悪魔がベルの身体を使って1人の人間の命を奪ってしまった。それも、彼の知らないうちに。
「アイツ?どういうことだい?アンタが教皇を殺したんだろう?」
車椅子に座ったバーバラはベルの発言に疑問を抱いた。
「あぁ、ええと、それは………」
まだ自分の抱える爆弾の話をしていなかったことを、ベルは忘れていた。当然真実は知られない方が良いが、エミリアに目撃されている以上、言い訳することは出来ない。
「レイリーとバートだけじゃなく、アンタまで嘘ついてたって言うのかい?」
バーバラはベルの顔を睨みつける。月衛隊との戦いの中で、バーバラは多くの裏切りを経験した。その上、救世主のように現れたベルまでもが裏切り者だったと言うのか。
「そうだ。嘘をついてた。俺はブラック・サーティーンだ。ただの黒魔術士なんかじゃない」
観念したベルは真実を告げる。戸惑うことなく本当のことを口にしたベルを見て、リリは驚愕する。隠すべき真実をこう易々と口にしてしまうのならば、この先が思いやられる。
「ブラック・サーティーンだって?」
「あの有名な事件の?」
それを聞いたバーバラとランバートは驚きを隠せない。
「よく身体に悪魔入れられて無事でいられるな」
バートは、ベルの身体を舐め回すように見ている。
「なんつーの……上手く共存出来てるって言ったらいいのかな?俺の意思に反して勝手に教皇殺しちゃったり、たまにこういうことあるけど普段は引っ込んでるんだ」
アローシャがベルの意識を奪って勝手に暴れまわる。それはベルが最も恐ること。
だが、ベルは自身の恐怖心をひた隠すため、冗談めいた言い方をした。
「何でそんな大事なこと黙ってたんだい‼︎」
バーバラはベルを怒鳴りつける。信頼していた仲間に嘘をつかれて、気分を害さない者はいない。
「仕方ないんです。ベルの悪魔が勝手に脱獄しちゃったから、私たちは逃げなきゃいけないんです。人に知られると色々と不都合だし」
リリはベルを擁護する。どれだけ信頼出来る協力者が存在しようと、ベルの正体は隠すべきもの。真実を知らせても、その人に迷惑をかけることにしかならない。
「それでも!それでもアタシは言って欲しかったね。こっちだって無理なお願いを押し付けたんだ。協力しないとでも思ったのかい⁉︎」
バーバラの真っ直ぐな眼差しは、ベルを捉えていた。ベルたちはバーバラの立派な仲間だった。仲間を信頼し合うことを何より大切にして来たバーバラの強い思いが、ベルにぶつけられる。本当の意味で同志たちが信頼し合えたのが戦いの後だったことは、皮肉以外の何物でもない。
「へへ………ありがとう」
ベルの瞳の奥には、熱いものが込み上げていた。逃走、裏切りの果てに、自分を心から信頼してくれる仲間を見つけた。バーバラ率いる同志たちは、ベルを理解し、手を差し伸べてくれる。
そんなベルの様子を見つめながら、リリは微笑んでいた。ベルのこんな表情は初めて見たかもしれない。
気づけば、そこにいる全員の顔が笑っていた。まだ戦いが全て終わったわけではないのに、温かい雰囲気が食堂を包んでいた。
「あのぉ〜……」
会話がひと段落したところで、エミリアが気まずそうに口を開く。
「何だい?」
「私、レイリーちゃんを………………レイリーちゃんをお迎えに行きたいですっ!」
エミリアは一旦言葉を呑み込んだものの、一気にそれを吐き出した。レイリーは仲間の仮面を被った裏切り者。バーバラが彼女を許すわけがない。そんなことは、エミリアにも分かっていた。
「何言ってんだい‼︎アイツは仲間でも何でも無いんだよ‼︎最初から敵だったんだ!全部嘘だったんだよ!」
バーバラにとって、仲間のフリをして偽りの時間を過ごしてきたレイリーの罪は重い。
「私たちと過ごしたレイリーちゃんの全てが嘘だったなんて、私は思えない……あの笑顔は嘘なんかじゃない。私はそう信じてますわ」
普段なら威圧感の強いバーバラの前に萎縮してしまうエミリアだが、今回は違った。彼女は自分の意見をハッキリと主張し、全力でレイリーを擁護しようとしている。
「同じ吸血鬼だから、変な情が湧いてるんじゃないのか?」
自身も吸血鬼であるバートが口を挟んだ。レイリーは誰の目から見ても明らかな裏切り者。助ける義理などどこにもない。
「わ、私もレイリーちゃんの笑顔は……あの笑顔だけは嘘じゃないと思います。何があったのか知らないけど、あの子は私たちとの生活を楽しんでた!……私はそう思います」
リリも、レイリーの心からの笑顔を目の当たりにした1人。黒魔術について楽しそうに話す彼女のあの笑顔が嘘だとは、到底思えなかった。
「………………」
エミリアとリリの、レイリーを擁護する意見を聞いてバーバラはしばらく黙り込んだ。彼女は何やら不機嫌そうに、2人の少女を交互に見ている。
「………………認めてくれなくてもいいですわ。私が1人でレイリーちゃんを連れ帰ります!」
バーバラは一向に口を開く様子を見せない。その様子を見ていたエミリアは、痺れを切らした。叫んだ彼女は強く目を瞑っている。バーバラの表情を見るのが怖いのだ。
「俺も行く。あんな危ない場所に、お前1人行かせらんねーよ」
その声を聞いたエミリアは思わず目を開く。エミリアの心からの叫びに応えたのは、ベルだった。
「…………勝手にしな」
再び月の塔へ向かおうとする2人を、バーバラが止めることはなかった。レイリーを許すことは出来ない。それがバーバラの強い意思だが、心のどこかで彼女を許したいと言う気持ちも存在しているのかもしれない。
「やっぱり貴方は騎士様ですわ!」
エミリアは嬉しそうにベルの左腕に抱きつく。そして、ベルは頬を赤く染めた。
一方バートはその様子を、怪訝な表情で見つめている。本当のところはバートもエミリアに付き添いたかったが、怪我をした状態ではただ足手まといになるだけ。今は無傷のベルがエミリアの騎士となるのが1番だった。
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すでにルナトの町には月衛隊の捜索隊が放たれている頃だが、ベルとエミリアは問題なく礼拝堂前の扉までたどり着いていた。
「レイリーちゃん!」
扉を開いてすぐにエミリアはレイリーの姿を確認した。離れた所からでも、彼女の身体はさっきより血塗れになっていることが見て取れる。一抹の心配をよそに、エミリアはレイリーに向かって駆けて行く。
傷ましいレイリーの姿を見て心を痛めるベルだが、その脳裏に浮かび上がるのは、本性を露わにして目の前に立ちはだかったレイリーの姿。彼女は自分が呪いを被ることも、命を削ることも気にせずに教皇のために戦い抜いた。レイリーは教皇のために命を賭す忠実なる駒。ベルはそう思っていた。
「レイリーちゃん……レイリーちゃんっ!」
力なく横たわるレイリーの身体にたどり着いたエミリアは、力一杯彼女の肩を揺さぶる。
しかし、揺れるレイリーの身体には全く力が入っておらず、その目が開くこともなかった。
「…レイリー……ちゃん…」
エミリアは何度も首を横に振りながら、レイリーの身体を揺さぶった。どれだけ揺さぶっても彼女に変化が起きることはない。視界が狭まっていたエミリアは、この時初めてレイリーの腹部に大きな切り傷があることに気づく。
それは、彼女の腹部を両断してしまうほど大きな傷。そこからだけでなく、口からも大量の血液が流れていた。
「嘘…………ねえ起きて、レイリーちゃん……」
冷たい身体と大量に失われた血を感じるほど、レイリーの死が現実味を帯びてくる。エミリアは心のどこかで彼女がすでに死んでいることを理解していたが、それを認めたくなくて、声を掛け続ける。
「またその素敵な笑顔を私に見せて……?」
エミリアは、血塗れのレイリーの胸に耳を当てた。彼女の鼓動を聴こうとしているのだ。エミリアは顔を血塗れにしながら、必死にレイリーの鼓動を聴き取ろうとする。どんな小さな鼓動でも良い。レイリーが生きていることが確認出来ればそれで良い。エミリアは10分近く、レイリーの胸に耳を当て続けた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
レイリーの死を受け入れられないエミリア。その姿を見守るベルはやるせない想いと、大きな悲しみを抱えていた。




