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第53話「霧の中に見るもの」(1)

ビースト・ロードの道中、ミノタウロスの群を突破したベルは、突如として霧に包まれるのだった…


改稿(2020/09/14)

 ミノタウロスの群れの先にベルを待っていたのは、見渡す限りの霧。少なくとも、ベルがミノタウロスと遭遇した時には霧はなかった。

 それは向こうにいる月衛隊(ルナ・ガード)の姿が見えないほど、濃い霧だった。


 前方から迫って来る魔獣だけではなく、他の受験者の姿を確認することすら出来ない。この霧もまた、召喚士(サモナー)により呼び出されたものなのか。


「…………」


 しばらく呆然としていたベルだったが、意を決して足を進める。進めば進むほど、視界は悪くなって行く。

 ベルを取り囲むのは、ひたすらに真っ白な世界。霧は完全にベルの視界を奪った。360度どの角度から魔獣が現れても不思議はない。どこから魔獣が現れるか分からない緊張感に苛まれ、ベルは不安を隠せなかった。その先に何が待っていようと、進むしかない。


「…ル…………」


 何かの気配と音を感じ取ったベルは反射的に振り返る。そこに何か影のようなものが見えた気がするが、それはすぐに霧の中へ溶け込んで行った。


 霧の中には何かが隠れている。それは明白だった。周りを警戒し、感覚を可能なまで研ぎ澄ませて歩みを進める。霧の中に入る前から歩く向きは変えていないが、どこを見回しても景色は変わらない。もはや自分がどこに向かって進んでいるのかさえ、ベルは分からなくなり始めていた。


「隠れてないで出て来い!」


 ベルは苛立っていた。姿を見せない何者かが彼の身に迫っている。敵が霧の中を見通すことが出来るのだとすれば、ベルは非常に不利な状況下にいる。この霧は突然発生したもの。何か特殊な力を持った魔獣が意図的に霧を発生させたのかもしれない。


「出て来いよ!出て来ないんなら、霧ごと焼いてやる!」


 この状況と不安に耐えられなかったベルは、ついに魔法陣を出現させた。このまま無防備な状態で霧の中を進むのは危険極まりない。アローシャの業火がもとになっている腐炎ならば、この霧を焼き払うことが出来るだろう。


「ベル……………」


 今にもベルが魔法陣から腐炎を出そうとしたその時、何者かがベルの名前を呼ぶ。


「⁉︎」


 ベルは驚きを隠せない。それは確かに女性の声だった。レイリーが霧の中でベルを探しているのだろか。

 焼き払おうとしている霧の中に仲間がいるかもしれないという思いが、ベルの手を止めた。彼の右手の魔法陣は消えている。まさに八方塞がり。無防備なまま進めば死角から攻撃を受けるかもしれない。

 かと言って炎で霧を焼き払ってしまえば、霧の中にいるレイリーを傷つけてしまうかもしれない。


 仲間を傷つけること。それはベルが1番避けていること。自分の意識を奪って目醒める悪魔は、時に仲間を傷つけてしまうかもしれない。身体が自由な間に、望まずに仲間を傷つけるのは、ベル自身が許せなかった。


「………ベル」


 進む先に目を凝らして見ると、確かにそこに何かがいた。立ち込める霧の奥から、何かがこちらに近づいて来る。


 やがてそのシルエットがはっきりとして来た。それは人だった。どこからどう見ても魔獣ではない。


 しかし、それはサイクロプスのようなヒューマノイドかもしれないし、ケンタウロスがたまたま人に見えただけなのかもしれない。それでも、ベルはただその“人物”を待った。


「………………っ⁉︎」


 その人物の正体が明らかになった時、ベルは言葉を失った。それは、現れた人物がレイリーではなかったことを示していた。

 目の前に現れたのは、絶対にここにいるはずのない人物。絶対にここに存在しないはずの人物だった。


「ベル」


「…………………………母さん?」


 ベルは自分の目が信じられなかった。目の前に、ベルの母親ヘレン・クイールがいる。ヘレンは優しく微笑んでいる。

 そこにいるのは、記憶の中に生きるヘレンそのもの。ベルが幼い頃、ヘレンは死んでしまった。そんな彼女がここに存在することは出来ないはずだった。


「……………………お前は母さんじゃない」


 しばらく愛おしいものを見る瞳でヘレンを見つめていたベルだったが、やがてその表情は冷たく凍りついた。


「何を言ってるの?」


 ヘレンは笑顔を絶やさない。


「俺はもう騙されない。こんなところに母さんがいるはずない!」


 目の前に幸せを取り戻すチャンスが立っている。だが、ベルはそれを突き放そうとする。ベルには忘れられない悲劇があった。

 運命の夜、ブラック・ムーン。あの日、ヘレンの姿をした悪魔がベルの前に現れた。そして母親の形をしたものに近づいた結果、ベルは呪われてしまった。


 ブラック・ムーンがベルから幸せを奪い、ベルを変えてしまった。だが、そのおかげでベルは賢くもなった。教養さえ無いが、本能的な直感だけは人一倍あった。


「お母さんはここにいるじゃない」


 ヘレンは両手を広げてベルを待っている。目の前にいるのは本物のヘレンではない。ベルはそれを理解していたが、あまりにもリアルに再現されたヘレンの笑顔が、ベルを惑わせる。


「……………」


 ベルは思わず目を背けた。

 そして目を閉じた。頭で、身体で分かっていても心が母親を求めている。目を開けば、そこにはヘレンの姿をしたものがいる。そして目を閉じても、(まぶた)の裏にヘレンがいる。


 幼い時に亡くした母親は、ずっと彼の心の奥底に存在していた。その記憶が鮮明に呼び起こされ、片時も脳裏を離れない。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


突如現れた母ヘレンの姿をした何か。ベルは心を大きく揺さぶられ、葛藤する。ビースト・ロード最後の試練。ベルは突破することが出来るのか!?

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