第48話「白の黒魔術士」(2)
「じゃあまず俺から……腰抜かすなよ!」
すでに上を向いているベルの右掌から、真っ赤な魔法陣が展開される。その様子を、エミリアもレイリーも、ランバートも興味深そうに見守っている。
ボッ…
そこから現れたのは、真っ赤な炎。アレンの家を燃やした炎だ。炎のストックは、腐炎の方が圧倒的に豊富だが、ここであれを出すのは得策ではないと彼は考えた。
腐炎を出すだけなら、この家に危害を加えることはないが、その臭いは確実に悪影響をお及ぼす。
「なるほど、炎の黒魔術か。役に立ちそうだ」
ベルの右掌で赤々と燃える炎を見て、ランバートは感心した。実際、自在に炎を出せる黒魔術というのはとても便利で強力なもの。戦闘の際には大きな戦力になる。
「さて、次はお前の番だ。レイリー」
ベルは炎をすぐに消すと、レイリーに視線を向けた。ベルの言葉を聞いた彼女は、先ほどと同じように頷いた。
その直後、レイリーが右手を床に触れる。
すると、そこに赤紫色に輝く魔法陣が出現し、彼女の身体を包みながら、頭上に上昇して行く。魔法陣はレイリーの頭の上まで昇ると、ゆっくりと姿を消した。
「それで終わりか?」
何か黒魔術が発動したようだが、レイリーに外見的な変化は一切見られない。
ベルの反応を微塵も気にしていないレイリー。
それまで目をつぶっていた彼女は、力強く目を開いた。彼女の虹彩はもともと赤いが、それがさらに赤い輝きをまとったようにも見える。
そして、レイリーはすぐにベルとの距離を詰める。一瞬呆気に取られるベルだったが、別にその動きが人間離れしているわけではなかった。彼女が何をしようとしているのか、ベルには全く分からない。
「ゴホッ!」
次の瞬間、ベルを強烈な痛みが襲った。強い衝撃を受けたベルは、唾を吐き出す。
視線を落として見ると、ベルの腹部にレイリーの拳が叩き込まれている。それは、とても重い一撃だった。まるで鈍器で思い切り殴られたかのような重み。
その直後、ベルは気を失って床に倒れてしまった。
「凄い……」
「レイリーちゃん、ちょっとやりすぎですわ」
レイリーの黒魔術に感心するランバートをよそに、エミリアはベルのことを心配していた。
ベルはただレイリーの黒魔術が見たかっただけ。まさか自分が技をかけられるとは一切思っていなかったはず。
突然襲われたベルは、完全に気を失っていた。どうやら、レイリーは黒魔術で腕力を強化したようだ。家の中を破壊せず、強化された腕力を証明するには、ベルが犠牲になるしかなかった。
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しばらくして、ベルが目覚める。
「一体何が起こったんだ…?」
ベルは虚ろな目で、辺りを見回す。あまりに突然の出来事に、自分の身に起きたことが理解出来ていないようだ。
「………ごめんなさい」
ベルの目の前に現れたレイリーは、申し訳なさそうに視線を落としている。
「………あ。ひどいぞ!俺がお前の黒魔術受けるなんて、ひと言も言ってないぞ!」
ベルは自分が気絶した理由を忘れていたが、すぐにそれを思い出した。気絶する直前、確かにベルは自分の腹にめり込んだレイリーの拳を目撃していた。
「本当に……ごめんなさい。でも……………………私が強いってことは分かったでしょ?」
申し訳なさそうに俯いているその態度とは裏腹に、彼女の言葉からは謝罪の意が伝わって来ない。
「ホントに悪いと思ってんのか?…………まぁいい。で、その黒魔術は何なんだ?」
しばらくレイリーの顔を見つめていたベルだったが、彼女は一向に顔を上げない。レイリーは対面のコミュニケーションを得意としていない。そんな彼女に強く当たるのは、頭の良い方法ではない。目の前にいるのは、底抜けに明るいリリではないのだ。
「………さっきのは…超化の黒魔術」
「超化?この前から獣化とか色々聞くけど、一体それって何なんだ?」
またベルの知らない単語が出てきた。脱獄してから1年。閉ざされた世界で過ごして来たベルは、つい最近まで情報を遮断された世界で生きてきた。彼にとっては、毎日が新しいことを発見する冒険の日々。
「知らないの?………………黒魔術には大別出来る種類がある。
1番簡単なのは、魔物を呼び寄せる召喚。リスクが低くて簡単だから、たくさんの人が使ってる。
獣化はその次に難易度の低い黒魔術。身体の一部を獣化したり、全身が獣になれる魔法。
そして私が使った超化。獣化の次に難易度が低い。人間に元々備わっている身体能力を強化する魔法。私の場合は“力”。あなたには、10倍の力を体験してもらった。
その次は、習得の難しい自然。自然は、炎、水、雷、風……自然に存在するものを自由に操る魔法。
他にも、精神魔法の幻想。傷を癒す治癒がある」
レイリーは、淡々と黒魔術の種類を説明した。その口からは、スラスラと言葉が飛び出していた。あまり他人に何かを説明するのは慣れていないようだが、黒魔術のことになると、洪水ように彼女の口から言葉が溢れた。黒魔術が好きなのだろう。
「ほへぇ〜……」
普段あまり喋らないレイリーが、次々と黒魔術について説明する様子を見て、ベルは呆気に取られていた。
「ってことは、俺のは自然の黒魔術ってことか」
ベルは自分の両手を見つめながら呟いた。自然は習得の難しい黒魔術。ベルはそれを聞き逃さなかった。最上位の契約方法 憑依で手に入れた、高難度の黒魔術自然。
これにより、ベルはさらに自信を持つのだった。ただ、ロックやウィルド、ラミレスも自然の使い手だったが、彼らは強力な黒魔術士と呼ぶにはほど遠い。自然が使えるからと言って、強いとは限らない。
「あの………………」
ベルが自分自身の力に感心していたその時、それを遮るようにレイリーが再び口を開いた。その声は、黒魔術について語っていた時とは打って変わって、小さくなっていた。
「バーバラさんにパトロールの報告をしなくちゃ……」
レイリーは同志たちの安全のために、夜の町をパトロールする黒魔術士。当然、その結果をバーバラに報告する責任があった。
「そうでしたわね。あなたは私が心配で様子を見に来てくれたんですものね」
エミリアはチャーミングな笑顔をレイリーに見せた。それを見たベルは、そんな笑顔を自分にも向けて欲しいと思うのだった。
「じゃ、じゃあまた」
レイリーは気恥ずかしそうにエミリアに手を振る。彼女はそれさえも控えめで、腰元で左手を軽く振る程度だった。
それから、レイリーは無言のままランバート家を後にした。
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白髪の黒魔術士レイリーが初登場!彼女はこれからどんな形でベルたちと関わっていくのでしょうか!?




