第45話「月の教え」(1)【挿絵あり】
飛び降りたベル、リリ、アレンの行き着く先は…⁉︎
改稿(2020/09/06)
ウィルド率いるリミア連邦軍の兵士は、手柄を取るのを諦めて、崖から離れ始めていた。
「お前のせいで、何もかも台無しじゃないか!」
「そんなこと言われても……崖に追い詰めたのは俺たち3人じゃないっスか」
ラミレスは理不尽なウィルドに抗議する。ただ、その声はか細かった。
「はぁ〜あ!手柄を失うどころか、私なんか火傷したんだからね‼︎」
ベスの怒りの矛先もまた、ラミレスに向けられている。この中で1番気の弱いラミレスは、いつも理不尽な怒りをぶつけられる役回り。
そんなやりとりをしている3人に、密かに近づく黒い影。3人はそんなものに気づきもしない。ただ単に3人が馬鹿なだけなのか、それとも近づく謎の人物が上手く気配を消しているのか。
「ギャーァッ‼︎」
突如として、ウィルドとベスの顔に赤い液体が飛び散る。顔についた液体を触り、その手を見たウィルドは絶句する。それとほぼ同時に、鈍い音を立てて、ラミレスが地面に倒れ込んだ。
「何なのよ!」
ベスは、衝撃のあまり開いたままになった口を右手で押さえている。
ウィルドとベスが目撃したもの。それは無惨にも首筋に深い傷を負ったラミレスの姿だった。力なく地面に倒れた彼はすでに虚ろな目をしており、助かる見込みは無い。大量の血を失ったラミレスは、今にも息絶えてしまいそうだ。
「キャー!」
続いてベスまでも、謎の影の餌食になってしまった。ラミレスと同じように、首筋を狙われたベスは倒れ込む。ラミレスよりも傷が深かったようで、彼女はすぐに動かなくなってしまった。
「何が起きてるんだ⁉︎」
ウィルドは恐怖のどん底にいた。仲間が次々と殺されているのに、敵の姿が全く見えない。為す術もないまま、2人の命が奪われてしまった。
得体の知れない何者かが、ウィルドに襲いかかろうとしている。彼の目からは涙が溢れていた。かつてないほどの恐怖。恐怖のあまり、ウィルドの涙は止まらなかった。死を目前にして、彼は自分の生存欲求の強さを感じていた。人は皆、死にたくないと思うものだ。
「うっ……」
そんな想いも虚しく、ウィルドは首筋を噛みちぎられてしまった。
この場にいた3人の人間。それも黒魔術士が、たった十数秒の間に皆殺しにされてしまった。
襲いかかる最中、襲撃者は一切その姿を見せなかった。
しかし、全ての命を奪った後、力なく倒れた3人の前にそれは姿を現した。
「やっぱり黒魔術士の血は格別だ」
3人の前に現れた吸血鬼は、口元にたっぷりとついた血を、手の甲で拭き取った。
そして、その手を入念に舐めている。人を襲い、血を奪っていくその様は、まさに吸血鬼。謎の吸血鬼は一瞬にして、3人の黒魔術士の命を奪った。
恐ろしい化け物が、ルナトの町には潜んでいる。
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その少し前。
リリは目を瞑って崖から落下していた。ベルを信じてはみたものの、もうこのまま死んでしまうのではないかと思っていたリリの頰に、涙が伝う。
「ベルなんか信じるんじゃなかったーっ!」
最後に、リリは後悔の念をぶちまけた。確かに探していた黒魔術士はベルだったが、彼について来ていなければ、こんな危険な目に合うこともなかった。
「これでも、まだ言うか?」
その直後、リリの身体は動きを止めた。ふと顔を上げると、ベルがリリの手を掴んでいるではないか。
「え…え?どうなってるの?」
リリには今の状況が把握出来ていなかった。崖から飛び降りてベルはとっくに死んだものと思っていたからだ。
「俺が何の考えもなしに飛び降りると思ったのか?」
未だに涙を流しているリリを、ベルは笑って見つめている。
ふとベルの上を見ると、そこにはアレンもいた。ベルとアレンは梯子に掴まっていて、ルナトの町に降りる最中だった。
「追い詰められたあの時、何か鉄の棒みたいなもんが崖から飛び出てるのに、気づいたんだ。それが梯子だって確証はなかったけど、あの状況ではああするしかなかった」
「でも、何の説明もなしに飛び降りるなんて!ヒドい‼︎」
リリは再び大粒の涙を流す。今度は安堵の涙だ。
「仕方ないだろ!追い詰められてたし、急に飛び降りた方がアイツらを騙せる」
「もう‼︎私の心配返してよ!」
リリの涙は止まらない。止まらないどころか、勢いを増していた。
「ほらほら、お前の手握ってると下に降りれねぇよ。さっさと梯子に掴まれ」
泣きわめくリリを、ベルは冷静にあしらった。まともに相手をしてくれないベルを、リリは頰を膨らませて睨みつける。
しかし、ベルが何の反応も示さないことを知ったリリは、大人しく梯子に掴まった。彼女が掴んだのは、長い梯子の、ベルが掴んでいるよりも下の部分。
「なあ、お前この町知ってるとか言ってたよな。たしかルナトとか言って……」
「は、はははは話しかけないでよ‼︎私高いの苦手なの!怖いよぉーっ‼︎」
ベルが話しかけていると、突然リリが叫び出した。リリの涙は、まだまだ止まりそうにない。梯子を掴む時に下を見てしまったリリは、その高さに恐怖を覚えてしまった。
「ったく、どんだけめんどくせーんだよ」
ベルはそんなリリに呆れていた。少し前からベルが思っていたことだが、リリには苦手なものが多すぎる気がする。
「この町知ってるとか言ってたよな。今すぐ地上に戻るわけにもいかないし、しばらくはこの町に隠れようと思ってるんだけど」
しばらくして、リリが喚かないようになったのを確認すると、ベルは話を続けた。ウィルドたちが無惨な死を遂げていることは、彼らには知る由もなかった。ベルたちは、まだウィルドたちが地上にいると思っている。
「………」
話しかけたのに、リリから返事が返って来る気配がない。ベルは不審に思って下を覗き込む。
すると、リリは顔を真っ青にして真上を向いていた。今にも嘔吐しそうなリリは、苦しそうな顔をして懸命に下を見ないようにしている。
「はぁ〜…」
ベルは会話をすることを諦めた。少なくとも梯子を降りている間は、リリとまともな会話をすることは出来ない。それに比べて、アレンはけろっとしていて平気なようだ。
ゆっくりと時間を掛けて、3人は数百メートル下のルナトの町へとたどり着いた。
早朝にアドフォードを出発したベルたち。ルナトの町に降り立つ頃には、すでに日が暮れていた。地上ではまだ日が暮れていないのかもしれないが、ルナトの町には、すでに夜の帳が降りていた。
梯子を降り切ってからもなお、リリは無口だった。梯子を降りている時に襲いかかった恐怖が、後遺症のように残っているのだ。
ルナトの町をひと通り見渡したベルは、あることに気づく。もう夜だと言うのに、どの家も明かりを灯していない。町には、無数の住宅が建ち並んでいる。誰も住んでいないはずはない。
もしかして、この町の住人は皆、早寝なのだろうか。日が暮れたタイミングで寝てしまうのだろうか。そんなことをベルは考えていた。
「なあ、この町って一体何なんだ?」
いい加減そろそろ会話が出来るだろうと思ったベルは、リリに話しかける。町全体が暗闇に包まれ、何だか不気味な印象を受ける。一体この町は何なのだろうか。
「………う………この町はルナト……ルナト教発祥の地よ」
リリは苦しそうに答えた。ようやく、言葉を交わせるほど回復してきたようだ。
「ルナト教ってなんだ?」
「ルナト教は……世界中に信者を持つ宗教よ。世界各地にルナトの教えは根付いていて、その教えは一般常識みたいなものなの」
ルナト教は、もはや常識と言っても過言ではない。この世界の人間の思想の根底にあるものだ。そんなルナト教発祥の地“ルナト”。この町は、聖地としても有名だった。
「何で皆そんなの信じてるんだ?」
「ルナト教は、夜の闇を明るく照らしてくれる月を信仰する“月の教え”なの。ほら、“ブラック・ムーン”だってルナト教の思想から生まれたんだから」
月の教え。それはこの世界の人々が信じて疑わないもの。月に神が宿っている。もしくは、月そのものが神だとする考え。絶対的な存在として信じられている月が姿を消す夜“ブラック・ムーン”は、ルナト教の信者が最も恐れる現象だった。
「なるほどね〜」
ベルは興味がなさそうに、その話を聞いていた。神を信仰することで、心の安らぎを得る人間も多いと言うことをベルは知らないのだろう。
「この町はそんなルナト教の発祥の地なの。あの高〜い“月の塔”、またの名を“セント・ルナト・タワー”に、ルナト教の教皇コーネリア・マグダス・ジョカルトが住んでるらしいわ」
「へ〜大層なお名前だな」
「500年以上も歴史があるんだからね?」
リリは月の教えの偉大さを強調する。と言うのも、ベルがいまいちルナト教の偉大さを理解していないことを感じ取っていたからだ。
「ルナト教がなんかスゲーことは分かった。それより、隠れ場所探すぞ」
ぐぅ〜…
ベルが喋り終えた時、誰かの腹の虫が泣いた。
しばらくは沈黙がその場を制し、お腹が空いているという事実を、誰も認めようとはしなかった。ベルは平然としていて、アレンはいつも通り笑顔を振りまいている。と言うことは…
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
不思議な町ルナトに忍び込んだベルたちが向かう先は……




