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第44話「3人の黒魔術士」(2)

「へへ……俺に追いついたことは褒めてやる」


 追い詰められたベルだったが、彼はジェイクの言葉を思い出していた。いずれ強力な黒魔術士(グリゴリ)になれる可能性を秘めている。この言葉がベルを勇気付けていた。


「い⁉︎」


 ところが、大きくなったベルの気は急に萎縮する。何かがベルの右腕に巻きついて来たのだ。絡みつく何かはベルの右手はキツく締め上げ、自由を奪った。


「キャー!ヘビ‼︎」


 リリが大きな声を出す。そう、ベルの右腕に巻きついたのは蛇だった。


 リミア連邦軍の3人組の方へ視線を移すと、ベスの右腕に奇妙な変化が起きていることが分かった。彼女の右腕の付け根から、蛇が生えているではないか。右腕が蛇になったと言った方が正しいのかもしれない。人間の身体から、別種の生物が飛び出す。極めて気味の悪い光景だ。


「フフフ…獣化(キメラ)黒魔術(グリモア)よ。色んなモンスターになれる黒魔術(グリモア)だけど、私の場合は大好きな蛇なの」


 ベスが使ったのは、ベルたちが初めて見るタイプの黒魔術(グリモア)だった。黒魔術(グリモア)は、炎や水を出すようなものだけではないのだ。獣化(キメラ)は全身を獣化させることはもちろん、身体の一部を獣化させて文字通り合成獣(キメラ)になることが出来る。


「だから、どうしたってんだ……」


 先手を取られて一瞬頭が真っ白になったベルだったが、すぐに自信を取り戻した。

 それは根拠のない自信だったが、なりふり構わずベルは魔法陣を展開した。まだまだ外の世界に出たばかりのベル。自分の黒魔術(グリモア)が、どこまで黒魔術士(グリゴリ)に通用するかは分からない。


 赤い光の中から現れたのは、腐臭を伴ったベルゼバブの炎。アドフォードの町から消し去った炎だ。その強烈な臭いに、そこにいる全員が鼻をつまむ。


 それから、出現した腐炎はベスの蛇の腕を燃やし始めた。


「くっ……!」


 ベスは、急いで長く伸びた蛇の腕を引っ込めた。これにより、ベルの右腕は自由を取り戻す。


 そのまま、ベルはもう1度腐炎を目の前に放つ。燃え盛る炎は、ベルたちと追手の間を遮った。決して乗り越えることの出来ない壁が、そこに築かれたのだ。


「今だ!」


 ウィルドたちが怯んだ隙に、ベルたちはその場を一目散に立ち去った。遅れを取る可能性のあったアレンは、ベルが抱えて走る。ベルとリリは何も考えず、ただこの場を切り抜けるためだけに、全力で脚を動かして走った。


「何やってる!さっさとこの火を消して奴らを追うぞ‼︎」


 怯んでいた3人の兵士だったが、ウィルドはまだ諦めていなかった。ウィルドは、目前に広がる炎に両の掌を向ける。


 すると、そこには緑色に光る魔法陣が展開され、強風が巻き起こった。森の中の木々の葉が、大きく音を立てて揺れている。木の葉が全て吹き飛ばされてしまいそうなほど、いや木々までもが倒れてしまいそうなほどの強い風が、森の中に吹き荒れる。


 しかし、目の前の腐炎が消えることはなかった。むしろ、その勢いが増しているかのようにも見える。ウィルドが巻き起こした風により、腐炎はより多くの空気を飲み込んで、範囲を拡大していた。


「何やってるのよウィルド‼︎」


 かえって事態を悪化させたウィルドを、ベスとラミレスが睨みつける。このままでは、凶悪犯ファウストを易々と取り逃がしてしまう。結局は馬鹿な3人組なのだ。


  彼らの目の前にあるのは腐炎。もとはアローシャの業火である。全てを焼き尽くすアローシャの業火。それは、地獄の業火とも呼ばれており、普通の炎とはわけが違う。至って普通の炎であれば、強すぎる風によって炎は吹き消されていたかもしれない。


 しかし、これだけの強風も、アローシャの業火にとっては微風に過ぎなかった。火起こしをする時に吹きかける息。この業火にとって、ウィルドの風はそれに過ぎなかったのだ。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「ハァハァ………」


 2人は体力の限界まで走り続けていた。数十分もすればおのずと足取りも重くなる。踏み出す足の速度は段々遅くなり、今では2人とも歩いていた。


「まいたみたいだな……」


「まさかあの人たち、ここまでしつこいなんて……」


「でも、相変わらず馬鹿だったな」


 ウィルドたちは執念深かった。彼らにとってベルを捕まえることは大きな功績となるし、取り逃がすことは信頼を失うことに繋がるのだから。


「お兄ちゃん、僕自分で歩けるよ」


 お姫様抱っこのような形で抱えられていたアレンは、いつまでも自分を抱えているベルにそう言った。足手まといと思われていることを、少なからず感じ取っているのだろう。


 しばらく歩くと、3人は森を抜けた。そこには、これまでとは全く違った光景が広がっていた。目の前に広がるのは、広大に連なる背の低い山々。新しい土地に足を踏み入れた彼らは、この地を知るために、さらに歩みを進める。


 山々は何かを囲むように円形に連なっており、その中心に視線を落とすと、ベルたちがいる場所より数百メートルも低い場所に、町が存在した。まるで果てしなく巨大な穴が空いたかのように、町のある場所は全体が(くぼ)んでいる。盆地と言うより、巨大なクレーターと言った方がしっくり来る。水を注げばそのままダムとして使えそうだ。


 町の中心からは、不自然に突出した建造物があった。町は数百メートルも低い位置にあると言うのに、中心地から(そび)える塔は、周りを取り囲む山々より遥かに高かった。


 それは、ベルたちがかつて見たことのないほど高い塔だった。この町のシンボルなのだろう。離れているためその詳細を見ることは出来ないが、美しい彫刻が全体に施されているようだ。


「私この町知ってる……ルナトよ」


 目の前に現れた異質な町を、リリは知っていた。ベルたちはルナトの町の目前にいる。

 これまで歩いて来た道は、そこで行き止まりになっていた。


 彼らが行く先にあるのは、ルナトに繋がる数百メートル級の高い崖。


「何だか知らねえけど、得体の知れない町に関わってる暇はねえぞ」


 ベルは目の前に現れたルナトの町に興味を示さなかった。彼らには、遭遇する町に一々足を踏み入れる時間はない。それに、それはより多くの人の目に触れることにもなる。目の前にルナトに繋がる崖しかないとしても、周りの山を通ってでも先を急ぐべきだ。


「ハァハァ…捕まえた‼︎」


 しかしルナトの町を前にして、またしても聞きたくない声がベルたちの耳に届いた。


「はぁ〜……マジでしつこいな、お前」


 ベルは、大きな溜め息をつきながら後ろを振り返った。もちろんそこには、ウィルド、ラミレス、ベスの姿があった。


「あれで俺たちが諦めるとでも思ったら大間違いだぞ‼︎絶対にお前をラビトニー送りにしてやる!」


 ウィルドは自信に満ちた顔をしている。


「あなたを捕まえれば、私たちの株が上がるの。あなたには、踏み台になってもらうわ!」


 ベスは、蛇の舌を出しながら不気味に笑う。彼らにとっては、善悪よりも利益が優先。ベルが凶悪犯だから捕まえようとしているのではなく、ただ出世に利用したいだけらしい。


「何度やっても同じだ‼︎」


 前にはリミア軍、後ろには高い崖。ここは再び戦うしかない。ベルは再び魔法陣を展開し、腐炎で彼らの行く手を阻もうとする。


 その時だった。


「キャッ!」


「え?」


 リリとアレンの身体が、ベスのスネーク・アームにより拘束された。ベスは両腕を蛇に変化させたのだ。蛇と化した彼女の腕は、リリとアレンの身体に巻きついて離さない。


「卑怯だぞ!」


 ベルは焦りを隠せない。リリとアレンを連れて逃亡を続けるということは、こう言うことだ。いつ彼らを危険な目に巻き込むか分からない。たとえ相手が馬鹿な3人組だったとしても、少々油断し過ぎていたようだ。


「犯罪者を捕まえるのに卑怯も何もないだろ?大人しく捕まってよ」


 ベスは口許を弛める。彼女の言うことは正しかった。彼らにとって、ベルはあくまで犯罪者なのだ。


「そう簡単に捕まってたまるかよ!」


 ベルは両手を左右に広げた。両手から展開された魔法陣からは、さっきと同じように腐炎が放出され、スネーク・アームを燃やす。ベスは最初と同じように腕を引っ込めた。やはり炎には敵わないらしい。


「それやめてくれないかしら!火傷しちゃうじゃない!」


 ベスは声を荒らげて抗議する。女性にとってお肌はとても大事なのだ。


「‼︎」


 リリとアレンの拘束を解いたのも束の間、突如として大量の水がベルの全身を濡らす。まるでホースで水を掛けられたかのようだ。ベルはびしょ濡れになってしまった。突然の出来事に驚いたベルは、魔法陣を消してしまう。


「水の黒魔術(グリモア)を使えるのを今まで忘れてたよ。俺の専門は水じゃないんでね……」


「馬鹿かお前は!何で早くそれを言わなかった‼︎」


 ベルに水を掛けたのはラミレスだった。彼の手元には青い魔法陣が光っている。自身が使える黒魔術(グリモア)を忘れて今まで何もしていなかったラミレスは、本当の馬鹿なのかもしれない。


 それを聞いたウィルドは、ラミレスの頭を強く叩いた。


「ねえベル、どうするの?」


 リリは不安に駆られていた。こちらには、悪魔の力を秘めた黒魔術士(グリゴリ)がいるとは言え、相手は3人の黒魔術士(グリゴリ)だ。


「…………」


 ベルは必死に考えている。どうするのが、この状況で1番良い手段なのか。目の前には3人の黒魔術士(グリゴリ)が迫り、すぐ後ろには崖。かなり不利な状況だ。


「どうする脱獄犯?お前は終わりだ!」


 ウィルドはジリジリとベルとの間合いを詰めている。彼らを崖に追い詰めるつもりだ。


「飛ぶぞ!」


 追い詰められたベルはある行動に出る。なんと、咄嗟にアレンのシャツを掴んだベルは、崖を飛び降りたのだ。


「ちょっと何してるの⁉︎」


 アレンを連れて飛び降りたベルを見て、リリは息を呑んだ。追い詰められたからと言って、自ら命を断つ道を選ぶとは。どうかしてしまったのだろうか。


「もう‼︎」


 リリは目の前の崖と、迫り来る黒魔術士(グリゴリ)を交互に見ると、意を決して崖を飛び降りた。崖に飛ぼうが、リミア軍に捕まろうが一貫の終わり。それでも、何の考えもなくベルが幼い命と共に、自分の命を投げ捨てるようなことをするはずがない。そう思ったリリは、ベルを信じて飛び降りたのだった。


「馬鹿だぜアイツら。まさか自分で死を選ぶなんてな!」


「馬鹿はお前だよ!俺たちはアイツを捕まえてリミアに帰るはずだったのに、死なせてどうする!」


 再びウィルドはラミレスを叩く。彼らにとって、ベルを捕まえることは出世の足がかり。捕まえることもなく自殺されてしまえば、彼らの功績ではなくなってしまう。


「ホント馬鹿ね!また振り出しに戻ったわ!せっかく惜しいところまで来たのに!」


 今度は、ベスまでラミレスを叩いた。彼らはこれまでで1番出世への道に近づいていたのだが、それもまた無かったことになってしまった。


「痛い!そんなに怒らないで下さいよ……」


 ラミレスは涙目で2人を見つめている。ウィルドとベスの怒りに満ちた視線が、ラミレスに注がれ続けている。


 そんな3人に、1つの影が近づいていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


崖を飛び降りたベルたち。その運命や如何に⁉︎

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