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第32話「忍び寄る影」【挿絵あり】

燃え尽きてしまったアドフォード。これからベルの逃亡の旅はどうなってしまうのか……

 風の中を、真っ黒な煤が舞っている。アドフォードの町は、腐臭と焦げ臭さに包まれていた。昨日までの景色が嘘のように、辺り一面真っ黒だ。見渡す限りの建物は燃やされ、黒焦げになっていた。幸い、ベルとジェイクの迅速な消火活動により、死人は出なかった。無事に皆退避出来たのだ。


 退避した町民は、町の外れにいた。その中に、セドナとリリとアレンの姿もある。


「そろそろ炎は消えてると思うわ。ここにいると色々と不都合になると思うの。先に戻りましょう」


 セドナはベルとジェイクが消火にどれだけ時間が掛かるか分かっていた。


 そして町民は、ベルに嫌悪感を抱いている。そんなベルと接触しているところを目撃されれば、不必要な心配を増やしてしまう。


「分かりました」


 リリはアレンの手を握って、セドナの後をついて行った。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 その頃、鎮火したばかりのハウゼント医院の応接室にベルとジェイクの姿はあった。ハウゼント医院はすでに黒焦げになっていたが、屋内の被害は外観ほど酷いものではなかった。ベルとジェイクの消火活動が幸いして、奇跡的に中はほとんど無事だったのだ。


 焦げ臭さと腐臭が立ち込めてはいるものの、何とか中で過ごすことは出来る。人は環境に順応する力を持っている。不思議なことに、2人はきつい臭いが気にならなくなり始めていた。


 2人は話し込んでいた。すっかりジェイクに心を許したベルは、あまり人に知られたくない秘密までジェイクに打ち明けていた。


「そうだったんですね……合点がいきました。まさかベル君がブラック・サーティーンの1人だったなんて…」


「それにしても不思議ですね。アローシャほど強力な悪魔が身体の中にいても、意識を奪われずにいるなんて」


「それが、俺にもよく分からないんです。自分を保っていられるって言っても、たまにアローシャに意識を奪われることもあって……」


「なるほど……ベル君はリミア連邦軍に追われているんでしたよね……だとしたら、黒魔術士(グリゴリ)騎士団に入るのがいいかもしれません」


 ジェイクはベルに助言した。


 ちょうどその時、セドナとリリ、そしてアレンがハウゼント医院に帰って来た。


「確かに、黒魔術士(グリゴリ)騎士団に入るのが得策かもしれないわね」


挿絵(By みてみん)


 聞き耳を立てていたセドナは、応接室に入ってきた瞬間にそう言った。


「何でアンタにそんなことが分かるんだよ。大体 黒魔術士(グリゴリ)騎士団って何なんだよ」


黒魔術士(グリゴリ)騎士団は、世界中に支部を持つ巨大な黒魔術士(グリゴリ)組織よ。手練れの黒魔術士(グリゴリ)が数多く在籍してるの。その本部は、セルトリア王国首都エリクセスにあるわ」


「でも、何で俺がそこに入った方がいいってことになるんだ?」


黒魔術士(グリゴリ)騎士団は、世界中に散らばった黒魔術書(グリモワール)、そして黒魔術(グリモア)の契約に必要なオーブを集めたり、人々の安全を守るために活動しています」


 ジェイクが騎士団について情報を加える。


「そして、騎士団は手練れの黒魔術士(グリゴリ)を集めているの。腕の立つ黒魔術士(グリゴリ)は、人には言えない事情を抱えていることも多いわ。だから、騎士団はワケありの黒魔術士(グリゴリ)でも、強ければ受け入れるのよ。


 特に、ブラック・サーティーンなんて存在は、騎士団は喉から手が出るほど欲しているはず。騎士団はかなりの権力を持ってるから、入団すればリミア連邦も迂闊に手を出せなくなるわ」


 セドナはベルが騎士団に入るべき理由を説明した。


「でも俺は全然強くないぜ?」


 ベルは自分が強いとは、これっぽっちも思っていなかった。悪魔に圧倒的な力を見せつけられた今、より一層そんな考えが彼の頭を支配するようになっていた。


「ベル君。ブラック・サーティーンという肩書きは、これも皮肉なことですが、黒魔術士(グリゴリ)にとってかなりのアドバンテージです。悪魔との契約にも色々ありますが、ブラック・サーティーンはその最上位にあたる方法で悪魔と契約しているんですから」


「それは一体どういうことですか?」


「ブラック・サーティーンは、悪魔に身体を明け渡す手段である、憑依(ポゼッション)と言う契約を行っています。


 憑依(ポゼッション)は、最も危険な契約であるが故に、そこから得られる力は他の契約とは比べものになりません。今は力を自由に使えないのかもしれませんが、あなたはいずれ強力な黒魔術士(グリゴリ)になれる可能性を秘めているんですよ」


 ジェイクは黒魔術(グリモア)についての知識が豊富だ。質問すれば、何でも答えてくれそうな気もする。


「俺にそんな力が…………あるようには思えないけどな…」


 秘められた力があると言われても、ベルはそれを実感することが出来なかった。


「帰って来て早々なんだけど、私はもう行くわ」


 セドナは突然そう切り出した。


「え?どこに行かれるんですか?」


 真っ先に驚いたのは、ジェイクだった。


「レッド・ウォール炭鉱よ。全ての真相を、ゴーストたちに伝えて来る。そしてそのままこの町を去るわ」


 セドナには大切な役目があった。炭鉱長が消滅してしまった今、真実を知る炭鉱夫は1人もいない。彼らに真実を伝えなければ、報われるものも報われない。


「ちょっと待てよ。俺が凶悪犯だって話、アンタが調べるんじゃなかったのか?」


 ベルは気になっていた疑問をぶつけた。


「あんなのは出まかせよ。あぁでも言っておかないと、あの時保安官さんを納得させることは出来なかったから。知り合いなら当然のことをしたまでよ」


「いつも引っかかるんだよな〜、その言葉」


 ベルはセドナのことを知らないし、彼女自身に真相を聞いても、答えてくれない。


「まあいいじゃないの。せいぜい上手くやってちょうだい」


 セドナはそんな言葉を残して、ハウゼント医院を後にした。もう彼女と会うことはないのだろうか。


 ふと耳を澄ましてみると、医院の外がさっきより騒がしくなって来ているようだ。どうやら、鎮火を確認した町民たちが戻って来ている様子。


 この時すでに、日は落ちていた。


「皆さん戻って来たみたいですね…レイモンドさんはきっと対応に追われて大変でしょう。今や手伝ってくれるセドナさんもいませんし……」


 ジェイクは外の様子を窓から確認し、カーテンを閉めた。


「ジェイクさん。私たち、そろそろこの町を出た方がいいと思うんです。事件は解決したし、あまり同じ場所に留まらない方がいいと思うので。迷惑かけちゃうし……」


「僕は迷惑だとは思っていませんが、あなたたちにとってこの町に残るのは得策とは言えないですね……ですが、今外に出るのはオススメしません。町の皆さんはベル君のことを嫌っています。今出ていけば、トラブルに巻き込まれる可能性が高いです」


 ジェイクはベルたちのことを心配していた。アドフォードの町民は、かつてないほどベルへの関心が高く、そして嫌っている。


「ですよね……」


 ベルは自分が非難の的になっていることを実感し、落胆した。それも自分に落ち度があることは否定出来ない。


「とにかく、僕は一旦町の様子を確認して来ます。皆さんは、どうかこの部屋で静かにしていてください」


 ジェイクはそう言って、足早に医院を出て行った。


「まさか、こんなに周りに迷惑かけることになるなんてな……俺は本当に疫病神なのかもしれないな」


 西の町アドフォードに棲む悪魔は、ずっとベルをつけ狙っていた。ベルは、餌に誘われたネズミだった。餌に釣られてまんまと誘き出されたネズミは、見事に仕掛けられた罠に引っ掛かったのだ。


「ベル……クヨクヨしてる場合じゃないよ。これからは、こんなことばっかり起きるかもしれない。君はブラック・サーティーンなんだから」


「俺だって、好きでブラック・サーティーンになったわけじゃねえんだよ!」


 リリのひと言で、ベルは感情を剥き出しにした。運命は自分の思い通りにはなってくれない。ブラック・サーティーンとして、悪魔を抱える人間として生きて行かなければならない。それがベルの背負った宿命だ。


 ガチャリ…


 その時だった。何者かによって、ハウゼント医院の扉が開かれた。入って来たのがジェイクなら、すぐにこの応接室に入ってくるはずだ。

 だが、そうじゃない。きっと不法侵入者だ。リリは咄嗟にベルとアレンの口を、両手を使って押さえた。


 2人とも、すぐにこの異変を察知する。


「ファウストはここの医者と一緒にいたんだよな……」


「あぁ。目撃情報によると、確かにそうだ。これまで見つけることが出来なかったが、ようやく有力な手がかりを見つけたんだ」


「少々時間が掛かりすぎてるから、そろそろ見つけないとヤバいですよ」


 ハウゼント医院に侵入したのは、3人組の見知らぬ男女だった。どうやらベルの名前を知っている様子。


「さっきの火事もファウストが起こしたものなんじゃないか?」


「混乱に乗じて逃げるつもりだったんですよ……」


 そう言いながら、彼らは医院の中を動き回っている。


 ハウゼント医院に侵入したのが怪しい人物だと確信したベルたちは、急いでソファーの裏に隠れた。


「あの人たちベルの名前知ってるみたい」


「もごもごもご……」


 リリは小声でそう囁いた。ベルがそれに返事をしようとするが、リリが口を塞いでいるため、喋れなかった。


「俺たちは通報があったその時に、この町にいたんだ。ファウストが侵入した、まさにその時に」


「あぁ。ファウストの身柄を拘束してリミアに連れ帰らないと、俺たち降格させられちまう……」


 そんな会話から、彼らの正体が明らかになった。彼らは、ベルがアドフォードに侵入した時からこの町に潜伏していた、リミア連邦軍の兵士たちだった。3人とも、ヘルズ少佐と同じように青い軍服を着ている。


 ベルがアドフォードに潜入して、早1週間。一体彼らはこれまで何をしていたのだろうか。とんだ無能3人組なのかもしれない。


 ガチャ…


 そして、ついに応接室の扉が開かれる。この部屋を隈なく探されると、一貫の終わりだ。


「⁉︎」


 ここで、リミア連邦軍兵士の1人が異変に気づいた。


「火事だ!」


「この医院はまだ燃えてるぞ!」


 驚いた兵士たちは、慌ててハウゼント医院を飛び出して行った。機転を利かせたベルが、さっき吸収しておいた腐炎を瞬時に出現させたのだ。

 兵士たちが逃げて行ったのを確認したベルは、火事になってしまわないように、すぐに火を消した。


「アイツら馬鹿すぎるだろ!」


 ベルは笑いを堪えられなかった。揃いも揃って3人とも馬鹿だったようだ。声を押し殺して、ベルは笑い続けた。


「ベルはずっとこの町にいたのにね‼︎」


 リリもベルにつられて笑い出す。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


アドフォードに居られなくなったベルの次の目的地は、グリゴリ騎士団本部のある王都。


次回、ベルたちはどうやってこの町を抜け出すのか!?

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