第30話「終わらない悪夢」【挿絵あり】
ついにベルゼバブに打ち勝ったベル。仲間と合流し、ゴーファー邸を後にするが……
改稿(2020/07/15)
呪いの椅子のたたずむ部屋は、静寂に包まれていた。この屋敷に棲みつく悪魔を退けた今もなお、何やら不気味な静けさが辺りを包んでいる。大きな脅威は排除した。その喜びに浸るべきなのだろうが、ベルにはそれが出来なかった。
呪いの椅子に座るまではビクともしなかったあの部屋の扉は、今となってはいとも簡単に開いた。長らく彼らを悩ませてきた一連の不可解な出来事は、ようわく終わりを迎えたのだ。
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「一体ベルはどこにいるの?」
リリは不安になって、屋敷中を駆け回っている。ベルが呪いの椅子に座ってから、かなり時間が経過しているように思われたが、それは違うらしい。
実際は、爆発が起きてからほとんど時間は経っていなかった。悪魔の世界と、オズの世界では時の流れが違うということなのだろう。
「無事だといいんですが……」
ジェイクは自分が発見した証拠のことすら忘れて、ベルを心配している。
「そうでないと困るわ……」
セドナもまた、ベルを心配している。知り合いだから無事でいて欲しいのか。それとも、まだ晴らされていない容疑が掛かっているからなのか。
「お兄ちゃん‼︎」
突然、アレンが笑顔になる。アレンの声に、そこにいる全員が反応した。
エントランス左の階段に視線を上げると、そこにはベルの姿があった。シャツが破けていたり、裾が解れていたり。その見た目からは、彼が何か大変な目に合ったことが伺える。
「ベル‼︎大丈夫なの?」
階段を下りて来たベルに、リリが駆け寄った。
「あぁ、何とかな!」
「ベル君。一体何があったんです?」
「実は……」
ベルはこれまでに起こった事を全て伝えた。説明することがあまりにも多かったが、ここにいる全員がベルの話を真剣に聞いていた。それはとても衝撃的な内容だった。
「呪いの椅子……僕たちが思っていた以上に危険な代物でしたね」
「それよりも、この町にベルゼバブが潜んでいた事の方が驚きよ。まさかレイヴン・ゴーファーがブラック・サーティーンの1人だったとはね。それに、この町で起きた全ての事件にレイヴン・ゴーファーとベルゼバブが関わっていたのよ」
セドナは深刻な表情だ。レイヴン・ゴーファーとベルゼバブこそが、この町の悪の根源だった。
「確かにそうですね……それにしても、ベルゼバブを相手にしてよくベル君は無事でしたね」
「ゴホゴホ!それは……運が良かったのよ」
突然、セドナがジェイクの話を遮るように、大袈裟に咳き込んだ。セドナも、ジェイクがベルの正体を知らない事を知っていた。やっと問題が解決した今、さらなる心配の種を増やす必要はない。
「運が良いだけで、かの有名なベルゼバブに勝つことは出来ないと思いますが……」
ジェイクの探究心は止められない。なぜベルがベルゼバブに勝つことが出来たのか、ジェイクはこの答えを追い求めずにはいられなかった。
「ホントにたまたま、運が良かっただけですよ!」
セドナが誤魔化そうとしてくれているのを感じ取ったベルは、それに乗っかった。
「そうですか……」
ジェイクは納得していない様子だが、これ以上は彼らを追求しないことにした。セドナとベルから、これ以上は追求して欲しくないという無言の圧力がひしひしと伝わってきたからだ。
「とにかくこんな危険な屋敷、さっさと出るわよ」
セドナがそう言うと、全員が頷いた。
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「思ったより早かったな。あのゴーストはどこ行った?」
正門で待っていたハメルは、ベル、セドナ、リリ、アレン、ジェイクの帰還を確認する。そして、そこに炭鉱長がいないことに気づくのだった。
「死んだわ……」
「そうか…………」
神妙な面持ちのセドナを見て、ハメルは静かに相槌を打った。ゴーストが”死んだ”と言う現象をハメルはいまいち理解出来なかったが、それを聞くほど彼は野暮ではなかった。炭鉱長の身に起きたこと以外にも、ハメルには知りたいことが山ほどあった。
「何だかモヤモヤが残りますが、ようやく全て解決したんですね……」
ジェイクは改めて全ての事件が解決したことを確認した。しかし、ベルはまだ何も終わっていないような気がしていた。得体の知れない何かが、この先に待ち構えている。そんな気がしてならなかったのだ。
「ありゃ何だ⁉︎」
その時、ハメルが声を上げた。彼はベルたちの背後、屋敷を囲む石塀の上を見ていた。そこに何かを発見したようだ。
ハメルの声をきっかけに、そこにいた全員が後ろを振り返った。
「次会った時殺されるはずがないとか言っていたな……」
ベルは聞き覚えのある声を耳にする。 聞き覚えのある声に、ついさっきベルの口から出たセリフ。ベルの嫌な予感が当たったのか。アドフォードに降りかかる災難は、まだ終わっていないとでも言うのか。
ベルたちが同時に目線を上げると、石塀の上には、その声の主がたしかに存在していた。
「……ベルゼバブ⁉︎」
ベルは自分の目を疑った。ベルゼバブはついさっき、ベルの手により瀕死の状態に追いやられたはず。それなのに、傷ひとつない状態で緑色の悪魔は笑っている。まるで、 何事もなかったかのように元気だ。
「悪魔はしぶとい。まさか、あれで俺に勝ったつもりでいたのか?お前を油断させるために、わざと逃してやったのさ!」
結局ベルは、最後までベルゼバブの手の平の上で踊らされていたに過ぎなかった。
「ベルゼバブ……ってあの有名な悪魔か⁉︎」
黒魔術の知識を持たないハメルでさえ、ベルゼバブの名は知っていた。
「あれがベルゼバブ……ベル、倒したんじゃなかったの?」
リリは初めて見る悪魔を前にして、立ちすくむ。
そして、ベルゼバブの顔を見たアレンも恐怖に震えていた。悪魔の顔が、どこかで見た恐ろしい顔にそっくりだったのだ。
「何にせよ、このままアレを放っておくわけにはいかないわ!」
セドナはこんな危機的状況の中でも至って冷静だった。普段ゴースト退治をしている彼女は、今まで悪魔に遭遇したことがなかった。悪魔はゴーストよりもはるかに恐ろしい存在。それでも、セドナがベルゼバブに恐れをなすことはなかった。
ベルゼバブは、ベルたちから離れた石塀の上に座り込んでいる。
バーニング・ショットはそう容易く出せる技ではないし、ベルが得意なのは近距離の攻撃。離れていては、上手く攻撃することが出来ない。ベルは最善の攻撃手段を考え出すことが出来ず、その場で何もすることが出来ない。
パン‼︎
そんな中、ハメルが腰に携えた拳銃を握り、素早く発砲した。
「小癪な……」
その弾丸は、正確にベルゼバブを正確に捉えていた。
ところが、それが悪魔にダメージを与えることはなかった。弾丸は、いとも簡単にベルゼバブに呑み込まれてしまった。
しばらく経って、セドナは背中に背負っている2丁ライフルの片方を引き抜いた。
それからベルゼバブに狙いを定めると、そのまま引き金を引いた。
「お前のことは知っているぞ、霊猟家!お前の弾丸は、俺の腹を満たすだけだ。何の脅威にもならん!」
セドナの撃った霊弾は、確実にベルゼバブを捉えていた。その弾丸がベルゼバブに届いても、呑み込まれるだけ。彼女にはそれが分かっていたはずなのに、無意味な攻撃を繰り返している。
セドナの使う弾丸は霊弾。その原料はオーブだ。悪魔はオーブを糧とする。相性は最悪だ。
バン!バン!バン!
それでもセドナは霊弾を撃ち続ける。相変わらずその狙いは正確で、全てベルゼバブの口に届いていた。
「無駄だ、無駄だぁ!無駄だと分かっていても攻撃を続ける……実に愚かだ!」
ベルゼバブは、次々に飛んでくる霊弾を、全て呑み込んでしまった。セドナは、ベルゼバブに霊弾は効かないと最初から分かっていたはず。彼女の行動には、何か意味があるのだろうか。
「ぐっ……‼︎」
ここで、セドナの考えていたことが明らかになった。ベルゼバブの方を見やると、なぜだか苦しそうに腹を押さえて、俯いている。
セドナが撃ち続けた弾丸。ずっと口元を狙って放たれていた弾丸のうち、ひとつだけ彼の腹部に届いていた。
「“銀の弾丸”か……やってくれるじゃないか…」
「そう、“銀の弾丸”。古くから、化け物や悪魔退治に使われて来た魔を退ける武器」
ベルゼバブの腹に届いたひとつだけが、実弾だった。それは、美しく磨き上げられた”銀の弾丸”。セドナの攻撃は無意味ではなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ベルはベルゼバブを倒せていなかった。続く悪夢。果たしてベルは、この悪夢を終わらせることが出来るのか!?




