第71話「燃える赤眼」【挿絵あり】
ベルの前に立ちはだかる正体不明の女性。謎めいた彼女の正体とは!?
改稿(2020/06/05)
「しかし……」
「いいから私にやらせて」
ついにフードの中から、女性の顔が露わになる。
「⁉︎」
その顔を見たベルは言葉を失った。フードを浅く被り直し、その顔を露わにした女性。その顔はベルにとって、見覚えのあるものだった。白い髪と白い肌、真っ赤に燃えるようなその赤い瞳は、あの吸血鬼そのものだ。
「レイリー?」
ベルは自分の目を疑った。目の前にあのレイリーがいる。確かにあの時、ベルはレイリーの死体をその目で見たはず。動けなくなったレイリーは、ベンジャミンの手によってその命を奪われた。
死んだはずの人物が、今ここにいるわけがない。ベルは何度も目を擦った。
「ハハハハハ……ハハハハハハハハハハ‼︎」
ベルの戸惑う様子を見たその女性は、腹の底から笑い出す。この笑いは一体何を意味しているのだろうか。このレイリーそっくりの顔をした人物は、一体何者なのだろうか。
「何がおかしい…………?」
ベルには事態が全く呑み込めない。教皇の復讐をしに来た月衛隊の中に、レイリーと同じ顔をした人物がいる。それはベルにあるデジャヴを思い起こさせる。そう、白い少年だ。
この世界では、同じ顔をした人物が複数人いるのが当たり前なのだろうか。ベルは混乱していた。
「あんな奴と一緒にしないでくれる?」
顔だけでなく、声までもがレイリーに似ている。
「じゃあお前は誰なんだ?」
「私はライリー。あの役立たずの双子の姉よ」
ついにレイリーとそっくりな顔をした人物の正体が明らかになった。
「レイリーは1人じゃなかったのか……」
レイリーは両親に捨てられ、孤独な生活を送っていたはず。ベルは彼女に双子の姉がいたとは知らなかった。
「あの子はそう言ったの?全く被害妄想なんだから。あの子より、私の方がずっと苦しんで来たって言うのに」
「どういうことだ?」
レイリーの顔をした人物の正体を知っても、ベルの心は晴れない。彼女があの時感情を曝け出して語ってくれた過去は嘘だったのか。屈折した偽の記憶だったのだろうか。
ベルは全てを疑い始めていた。今まで信じて来たものが、全く別の、もうひとつの顔をして現れる。そんなことが続いているような気がする。
「お前があの子からどう聞いているかは知らないけど、小さい頃私たちは一緒に暮らしていた」
ライリーは自身の過去を語り始めるが、初っ端からレイリーから聞いたものとは食い違っている。
「でもある日、ルナトでの生活が苦しくなった両親は私を売り払った。まるで道具みたいにね。本当にクズな親だった。見た目がそっくりな私たちは2人もいらない。アイツらはそう言って、私を売り飛ばした」
ライリーの瞳は憂いを含んでいた。今でも彼女はその過去を引きずっているのだろう。
「ちょっと待てよ。レイリーは親から捨てられたって聞いた。それは嘘だって言うのか?」
「いいえ、嘘じゃない。私を売り飛ばしてからしばらくは、アイツらあの子と一緒に暮らしてたけど、育てきれなくなって、捨てたの。アイツらにとって、子どもは所詮その程度の存在だったってことよ。都合のいい時だけ傍において、簡単に捨てる。まるでお気に入りのおもちゃ」
レイリーの語った過去は、まるっきり嘘と言うわけではなかった。では、なぜ彼女は姉の存在を隠していたのだろうか。
「私を買ったのは、そこにいるベンジャミンだった。お布施の代わりに私は連れ去られた。それから月衛隊の存在を知った。
毎日たくさんの仲間と一緒にいられて、同じ目的と気持ちを、愛を共有する。そんな月衛隊に私は入りたいと思った。
だから力を身につけた。黒魔術を。黒魔術のおかげで、私は月衛隊に入ることが出来た。
月衛隊は教皇様の存在に支えられていた。教皇様あっての月衛隊。月衛隊は教皇様を護るためだけに存在する。あの人は、私たちにとって神様だった」
ライリーの話す内容は、段々教皇に関するものへとシフトしている。ベルは、ライリーが何を言いたいのか理解し始めていた。
「なのに、教皇様の命は奪われた。ファウストと言う名の悪魔に。私たち月衛隊が近くにいたのに、護ることが出来なかった」
語り続けるライリーの息はどんどん荒くなり、肩で呼吸をするようにまでなっていた。
「それでも、支え合う家族がお前にはいたはずだ。血の繋がった本当の家族を殺したのはベンジャミンだ。恨む相手を間違えてるんじゃないか?」
「……本当の家族?笑わせないで。あんなのは家族でも何でもない。私から幸せを奪った悪魔よ。私から家族を奪っただけじゃなく、性懲りも無く月衛隊にまで入り込んで来た。あの子は、私の幸せを奪うために生まれて来たのよ。しかもあの子は私より目立つ黒魔術を身につけて、教皇様からの愛まで奪おうとした。大きな呪いを抱えていたようだけど、自業自得だわ」
ライリーが、レイリーに対して抱いている感情。それは負の感情のみだった。妬み、嫉み、恨み、憎しみ。レイリーのことを家族だとは、微塵も思っていない。
「正直ベンジャミンが殺してくれて、せいせいしたわ。もう私から幸せを奪う者はいない。アンタを消せばね」
レイリーの死を悼む気持ちは、彼女には一切なかった。悪いのは彼女たちの両親とルナト教だ。レイリーとライリーがそんなルナト教に仕えているのは皮肉以外の何ものでもないが、少なくともライリーはそれを変だとは思っていない。彼女にルナト教を疑う心は一切なかった。
「それでも姉妹かよ……レイリーはお前のことを一切話してくれなかった。アイツにとって、お前はいないのと同じだったんだ。お前なんか姉ちゃんじゃない。きっとレイリーはそう思ってたんだ」
レイリーは、実の姉から心底嫌われていた。彼女には、きっとその理由が分からなかったはずだ。ライリーは、レイリーを逆恨みしている。
「何が言いたい?」
「2人とも同じ苦しみを味わって離れ離れになったのに、再会出来た。でも、お前が再会を喜ぶことはなかった」
わけも分からず自分を避け続ける姉を、レイリーは次第に嫌いになっていったのだろう。感動の再会を果たすはずだった姉妹は、きっと月衛隊ではほとんど口を利いていなかったはずだ。再会した姉妹がお互いの孤独を補い合っていれば、レイリーが多くの命を奪うことはなかったかもしれない。
「お前に何が分かる?親から売り飛ばされる気持ちが、顔が同じだからと切り捨てられる気持ちが……お前に分かるはずがない‼︎」
ライリーはついに感情を爆発させた。その姿は、まるであの時のレイリーのようだった。
「分かるわけないだろ。そう言うのは逆恨みって言うんだよ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい‼︎お前だけは許さない!」
ライリーは、さらに怒りを爆発させる。もう白い復讐者を止めることは、誰にも出来ない。その能力が未知数な分、彼女はベンジャミンよりも厄介な存在だ。
「死ね……」
狂気的な笑みを浮かべるライリーは、ついにフードを完全に外す。そこに現れたのはレイリーのようでいて、レイリーとは違う顔だった。顔こそ瓜二つだが、決定的に違う点があった。
ライリーには、頭頂部から跳ねる特徴的な1本の毛があった。だが、それはレイリーと少し違っている。 レイリーの毛は三日月のような形をしていたが、ライリーの毛は波のように畝っていた。
根本的に違うのはその髪型。レイリーの髪型は無造作に跳ねたショートヘアーだが、ライリーは長髪だった。まるでライオンの鬣のように野性味溢れるその髪の毛は、彼女の攻撃的な性格を表しているようだった。
それでも、髪型以外は瓜二つ。レイリーを嫌うライリーは、わざと髪型で差別化を図っているのだろう。
「どうした?かかってこいよ」
殺意を剥き出しにするライリーを見て、ベルも臨戦態勢に入った。その右手に真っ赤な魔法陣を展開して、ベルはライリーの出方を伺っている。初対面の敵にいきなり飛び込むのは頭の良い作戦ではない。
「……………」
ところが、ライリーが攻撃を仕掛けてくる様子は一切見られない。彼女は殺意に満ちた眼差しでベルを睨みつけるのみ。その他に、彼女が何か特別な動作を取ることはなかった。
「…………そういうつもりなら、こっちから行かせてもらうぜ?」
一向に動かないライリーを不思議に思ったベルは、違和感を抱きながらも先制攻撃を仕掛けることを決めた。このまま睨み合っていても埒が明かない。
「⁉︎」
ところが、ベルが先制攻撃を仕掛けることは出来なかった。今にも飛び出してライリーに炎を浴びせようとしていても、なぜだか身体がピクリとも動かない。
それどころか、彼の右手に開かれていた魔法陣さえもすっかり消えてなくなってしまった。
“身体が動かない……⁉︎”
ベルは戸惑いを隠せなかった。不思議なことに、身体を動かすことが一切出来ないのだ。どれだけ力を入れても、ピクリともしない。全力を込めて手を動かそうとしても、指1本動くことすらなかった。
そしてベルはもう1つの事実に気づく。
彼の瞳は、ライリーの瞳を捉えて離さない。さっきからずっとライリーを見つめているのだ。同じように、ライリーもベルを見つめている。身体と同じように、目線を動かそうとしても眼球が動かない。視線までもが、なぜだか固定されてしまっている。
貫くようなライリーの眼差しに、ベルは射抜かれてしまっていた。ライリーがベルの動きを封じたのは、明白だった。
ベルの身体が完全に動きを止めたことを確認したライリーは、ゆっくりと笑みを浮かべた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
なんと、ベルの前に現れた謎の女性の正体はレイリー…ではなくライリーでした。なんと、彼女には双子の姉がいたのです。
次回、悲しい過去を持つライリーとベルが激突⁉︎




